第八話 デジャブ
ついに、バレンタインがやって来た。
しかし、バレンタインとは言っても、今日は二月十五日。日はとっくに過ぎている。
実は、今年の二月十四日は日曜日だったのだ。そのため、チョコを上げる日が土曜日と月曜日(この学校は土曜日にも授業がある)に分かれた。
おかげで、一日に貰えるチョコの量が少なくなり、精神的負荷が軽くなった。また、彼女がいることを知っている女子たちが俺に気を使って、チョコを渡しに来ないといううれしい誤算や、初めて本命チョコが貰えるということから、俺は天にも昇る気分になった。
そのはずだった。
「おい、今度はどうしたんだ。顔が壁に陥没してるぞ。どうなってんだそれ」
「放っておいてよ…俺は壁と融合するんだ…」
耳慣れた千堂の呆れ声を聞きながら、俺は顔面から壁にもたれかかっていた。始めてから五分は経つかもしれない。
「ほら、眼鏡が歪むぞ」
千堂に体を起こされ、俺はようやく壁から離れた。
「聞いてくれよ千堂!」
「嫌だ」
「そこをなんとか!」
「ジュース一本」
「金取るの!?」
「冗談だ」
他愛もない茶番を終え、俺は愚痴を溢した。
「それでな、千堂。俺、まだチョコ貰ってないんだよ!」
「いや、たくさん貰ってただろ」
「義理じゃなくて本命!」
「ああ…」
千堂は全くの無表情でそう相槌を打った。おそらく、俺の話の内容をどうでもいいことだと判断したのだろう。
「もう放課後だよ!?」
「…確か、前にもこんなことなかったか?」
「あったな」
誕生日の時にもこんな風に嘆いていた気がする。言われるまで気づかなかった。
「じゃあ、今日もたまたま放課後まで渡せなかっただけだろ」
冷静にそういう千堂にも一理ある。前のパターンで考えれば、この後俺はチョコを無事に貰うことはできるだろう。
だが、俺にはある一つの仮説があった。
「甘いな、千堂」
「なんだよ、腹立つな」
「俺端、見ちまったんだよ…」
そして、俺は余韻をたっぷりつけて言った。千堂が「早く言えよ」とイラついた顔をしていたが、それでも余韻をつけて言った。
「おととい、杉下がチョコを配ってるところをな!」
俺の決定的な証言に、果たして千堂は眉一つ動かさなかった。
そんな千堂に対して、俺はドヤ顔を浮かべながら続けた。
「杉下の面倒臭がりで適当な性格から考えて、彼女が二日に分けてチョコを配るなんて考えられない!」
「…」
「つまり、今年杉下からの本命チョコはない! どうだ、見事な
謎のテンションになっている俺は、どこぞの弁護士みたいにズビシッと人差し指を千堂に向けた。チョコが貰えずおかしくなっているのか、俺は徹夜明けのような高揚感に包まれていた。
しかし、千堂は微動だにせず、淡々と言う。
「あのさ、武野」
「なんだ?」
「じゃあなんで、杉下はお前にチョコを渡さないんだ?」
「え、えーと?」
そう聞かれ、俺は言葉に詰まった。思えば、なぜ渡してくれないのかを考えていなかった…。
返事に窮したが、俺は思いつく限りの理由を言ってみた。
「忘れたから?」
「お前のことを好きなのに、忘れるわけないだろ」
「作り忘れたから?」
「同じだろ」
「じゃあまさか、もう俺のこと好きじゃないとか…!」
「飛躍しすぎだろ。お前の理論が間違ってるんだよ」
はい、論破。
千堂の神経を逆なでするような台詞と共に、俺の理論は音を立てて崩れ去っていた。それと同時に俺も膝から崩れ落ちた。
「そんな…馬鹿な…!」
「…」
ふざけているのがわかっているのか、呆れ返っているのかはわからないが、千堂はそれ以上なにも言ってこなかった。
なんの反応もないとこちらとしてもやりにくいので、俺はゆっくりと立ち上がった。
「冗談はともかく、貰えんのかな、俺」
「貰えるだろ。彼女を信じろよ…ほら、噂をすれば」
言われて振り向いてみると、そこにはこちらへと歩いてくる彼女の姿が見えた。
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