【完結】純白の抒情詩《リューリカ》
黒井ここあ
〈神話〉ヴィスタ地方に伝わる神話
まだ、神さまと人間が同じ地上で暮らしていたころの話です。あるところに二人の神さまが居りました。二人は兄弟で、仲良く畑を耕しながら暮らしていました。
二人の耕した畑は必ず豊かな実りになるという噂が人間のあいだに広まると、人間たちはそろって二人の神様のところにお願いをしに来ました。
「豊かな土をください。水が絶えないようにしてください」
弟の神さまが、人間たちに肥沃な土地とそこに流れる川を与えると、彼らは喜んでその土地を耕し、そこでできた作物を二人の神様に差し上げるようになりました。
しかし、いくら肥沃な土地でも、何年も使っているとだんだんと痩せてきて、作物が育たないようになってきました。
そんななかでも、二人の神さまの耕した畑はいつも青々と茂るのです。
人間たちはまた、二人の神さまにお願いをしに来ました。
「痩せない土地をください。枯れない水をください」
すると、兄の神さまはこう言いました。
「痩せない土地は無い。枯れない水は無い」
人間たちはその言葉を聞いて困ってしまいました。
「では、どうしたらよいのですか。畑が無ければ生きては行けません」
神さまは言いました。
「自分で探しには行けぬのか」
人間たちは口をそろえて言いました。
「どの土が肥えているか、どの水が良い水か、わたしたちにはわからないのです」
その言葉を受けて、神さまは少し考えたあと、言いました。
「お前たちが、わたしたちに頼らずに生きていけるように、能力を与えよう」
兄の神さまが人間たちに与えたのは、それぞれの長所たる
こうして、人間たちに〈魔法〉〈力〉〈知恵〉のギフトが与えられるようになったのです。
人間たちがすっかり自分たちで生きていけるようになってから、二人の神さまは相変わらず自分たちの分の畑を耕し、夜は音楽を奏でて暮らしていました。
ある雨の夜のこと、二人の家のドアを叩く音が聞こえました。
弟の神さまが扉をあけると、そこには一人の女性がずぶぬれで立っていました。
「すみません、ひと晩だけ泊めていただけませんか」
その人間の女性があまりに美しかったので、弟の神さまは彼女を家の中に招き入れました。
彼女は二人の神さまに丁寧にお礼を言って、薪のくべられた暖炉で暖まりました。暖まっている間、弟の神さまと女性はお互いに惹かれあいながら遅くまで語り合いました。そして、彼女に、兄の神さまからゆずりうけた自慢の竪琴を爪弾きながら歌を歌ってやりました。
女性は嵐が去った翌朝に神さまの家から出て行きました。
弟の神さまは、彼女のことが忘れられなくなって、いろんなことに手がつかなくなってしまいました。畑を耕す鍬を振り上げるのを忘れてしまったり、竪琴を弾く絃を間違えたりするようになりました。そして、あまり食が進まないようになってしまいました。
兄の神さまはそれを見て、たいそう心配しました。
ある日、二人の神さまは机を囲んで腹の内を話し合いました。
弟が心配な兄の神さまは、このまま時間が過ぎれば、神といえども消えてしまうだろうと心配な気持ちを伝えました。
弟の神さまは、その兄の気持ちを受けて、こう言いました。
「ぼくにとって兄さんは大切な人だ。でも、ぼくはあの人のそばでないと生きていけないのだ。どうか、ぼくの旅立ちを祝ってくれないかい」
兄の神さまは、弟の神さまの決心を聞き入れました。なぜなら、自身の寂しさよりも弟の幸せのほうが大切だったからです。
「では、わたしから贈り物をさせてくれ、弟よ。お前の愛する者は短命だから、お間より早く死んでしまうだろう。そうすればお前は、死ぬほど悲しむだろう。だからわたしは、お前を人間にしよう。そして、お前の白い髪と森の瞳が必ず受け継がれるようにさせてくれ。お前がいなくなった後も、お前のことが思い出せるように」
二人は、固く抱きしめ合うと、そこで別れました。弟の神さまは、自分の竪琴だけを持って旅立ちました。そして兄の神様は、弟の神さまが人間としての命を終えたとき、その悲しみから天に上ってしまいました。
弟の神さまが、人間の女性と再び出会えたかはわかりません。
あなたのまわりに、翠の瞳の人間がいたら、それは魔法のギフトの持ち主です。
もしその人の髪が白かったならば、弟の神さまの子孫かもしれませんね。
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