第57話 接近
ボロッフ奪還から数日後、それはやってきた。
西の空から飛んできた鳥が、琉斗の肩へと止まる。
鳥は、人の言葉で琉斗の耳元へと何かをささやきかける。琉斗の力によって眷属化した鳥だ。
「どうしたのですか、リュート」
レラの問いに、琉斗が答える。
「どうやら、奴らが動き始めたようだ」
「ついに、ですか」
レラの表情に緊張が走る。
うなずくと、琉斗は西の空を見上げた。
「この町へ向かって、魔王軍が動き始めている。しかも相当な規模だ」
琉斗はレラに説明する。
「この鳥を偵察に出して視覚共有していたんだけど、敵はざっと数千はいるようだった。まだだいぶ遠くだけど、真っ直ぐにこの町に向かっている」
部屋のテーブルを地図に見立て、琉斗が位置関係を示してみせる。
「今はこのあたりの山を越えているところだ。おそらくこのままいけば、明後日にはこの森を抜けて田園地帯に侵入してくるだろう」
「ということは、その前に迎え撃つのですね」
「その通りだ。明日、この平原で連中を撃退する」
琉斗は町に見立てたコップから少し離れた地点を指で示した。
「敵の構成だが、この町の城を守っていたのと同種の魔物が多い印象だった。きっと魔物たちの中でも選りすぐりの連中なんだろう」
「敵も本気ということですね」
「そうだな。何せ八極将魔の居城が落とされたんだ。連中としては、なめられっぱなしというわけにはいかないんだろう。ひょっとしたら、このあたりの人間は見せしめに全員殺すつもりなのかもな」
「滅多なことを言わないでください、リュート」
「すまんすまん。まあ、とにかくそれを俺たちは阻止しなければならない。そうそう、龍も何匹かいたな。一匹はとびきり大きかった。名のある龍なのかもしれないな」
「龍までいるのですか。一般に龍族は魔王と敵対関係にあるはずなのですが、魔王側に下る者もいるのですね」
「まあ、人間にも魔王につく奴がごろごろいるわけだしな。不思議なことでもないのかもしれない」
「ですが、それは強敵ですね。いえ、この場合、やはり数が問題になるでしょうか……」
レラの言葉に、琉斗がうなずく。
「そうだな、俺がやられることはないだろうが、それだけの数がいるとなると、討ち漏らしてしまう可能性がある。だから、レラには俺の後ろの方にいてもらって、通り抜けていく奴を確実に仕留めてほしい」
「わかりました、責任重大ですね」
「俺もなるべく通さないようにがんばるけどな。念のため、この森と田園地帯には眷属化した動物を潜ませておく」
大役を任されたとばかりに、レラが生真面目な表情をする。
その様子に笑顔を見せると、琉斗はやや声の調子を落として言った。
「それから、特に大きな魔力の反応が三つほどある」
「それは、あのエメイザーと同等の反応なのですか?」
「ああ。奴ら、八極将魔を三匹もぶつけて一気に勝負を決めるつもりらしいな」
「それは……大丈夫なのですか?」
不安そうな顔でレラが聞いてくる。その声は、琉斗が心配でたまらないといった調子であった。
その不安を払拭するかのように、琉斗は力強く答える。
「もちろん大丈夫だ。レラが心配するようなことは何一つない」
「そうなのですか。では、私はリュートの言葉を信じます」
「ひょっとしたら、巨大な龍が八極将魔のうちの一人なのかもな」
「むしろそうであってほしいところですね。もし違うのであれば、リュートは八極将魔三体に加えてその龍とも戦わなければならなくなるのですから」
「そうか、確かにそれは嫌だな」
そう言って琉斗が笑う。
「そんなわけで、明日は魔王軍の精鋭部隊との戦いだ。今まで以上にがんばらないとな」
「リュートが言うと、それほど大したことには聞こえないですね」
「そうか? 俺は結構本気なつもりなんだが」
「いえ、本来魔王軍の主力との戦いというのはもっと悲壮感が漂ってしかるべきはずなのに、リュートが言うと、ちょっと裏山で獣を狩ってくるくらいの気軽さに聞こえるものですから」
なるほど、と琉斗は手を叩く。
「確かに悲壮感とは無縁だろうな。何しろ、俺はそもそもそんな悲しい結末を迎えるつもりなんて毛頭ないんだから」
「リュートらしいですね」
レラが笑顔を見せる。
「さて、それじゃ明日に備えて、今日はゆっくり休むことにしよう。その前に、何かうまいものが食いたいな」
「わかりました、それでは今夜は腕によりをかけますね」
そんな緊張感のない会話を交わす。
魔王軍の精鋭部隊は、山を越えてボロッフへと迫っていた。
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