第45話 八極将魔



 上空に現れた人型の魔物に、琉斗だけではなく冒険者の視線も釘付けになる。レラたち一部の冒険者は、あの魔物が大物であることを感じ取っているようであった。


 魔物は、腕組みをしたままゆっくりと降下してくる。そして、上空十メートル少しのところで停止した。


「ほう、どうやら活きのいい者がいるようだな。この魔法障壁、なかなかのものだ」


 そう言うと、魔物は名乗り始めた。


「卑小で脆弱な人間諸君! 我が名はエメイザー! 魔王軍最強の将、魔王軍八極将魔が一極! 今日は諸君らの祭りだと聞いて、どんな強者がいるのかと楽しみにしていたのだが……」


 魔物――エメイザーは会場の中央へと視線を向ける。


「どうやらお前たちがその強者のようだな。察するに、この障壁はそこの小僧の仕業か? どれ、少し遊んでやるとしようか」


 笑みを浮かべるエメイザーに、レラが叫んだ。


「そうはさせない!」


 魔物に向かい槍を構えるや、彼女の周囲を風が取り巻いていく。槍には風の渦がまとわりつき、その勢いが増していく。


 上空のエメイザーを睨みつけると、レラは叫んだ。


「消えなさい、化物! 奥義――旋風烈破!」


 突き出した槍から激しい竜巻が放たれたかと思うと、真っ直ぐにエメイザーへと襲いかかる。その竜巻は、準決勝でレラがナスルに放ったものよりもさらに一段激しさを増していた。


 ほう、と感心したような表情を浮かべながら、エメイザーはしかし腕組みを解くことなく迫りくる竜巻を見下している。


 直後、彼の身体を竜巻が直撃し、風の刃がその身体を包み込む。

 刃がエメイザーの巨体を切り刻み、細切れになるのも時間の問題だ。


 そのはずであったが、竜巻が消えた後に現れたのは、腕組みをしたまま悠然と笑みを浮かべるエメイザーの姿であった。驚くべきことに、一見してどこか外傷があるようにも見えない。


 驚きに目を見開くレラに、エメイザーが笑いかけた。


「ふっ、悪くなかったぞ、女。その力、烈級の上位と言ったところか。だが、お前程度の者が一人で私を倒せるなどと思うのはとんだ思い上がりだな。その報いは受けてもらうとしよう」


 そう言うと、エメイザーの周囲にいくつもの火球が出現する。そのどれもが、以前琉斗が魔物に放った火球と同程度の威力を秘めているようだった。


「どうかね? これほどの火球を立て続けに浴びて、果たしてお前の身体はその場に残るかな?」


「あ、う……」


 レラにも相手の力がわかったのだろう。身体は震え、歯がカチカチと鳴るのが琉斗の耳にまで聞こえてくる。


「さあ、いい声で鳴いてくれたまえ!」


 実に楽しそうに笑うと、エメイザーは周囲の火球をレラへと向けて放った。


 確実な死を前に立ちすくみ、レラの身体はその場から動かない。


 絶望の表情を浮かべる彼女を、火球が次々と襲う。レラの身体はあっという間に炎に飲まれ、周囲からは悲鳴が上がる。


「はははは! いい声だ! もっとも、当の本人は声を上げることさえままならなかったようだがな!」


 エメイザーの哄笑が、場内に響き渡る。


 その声は、だが、目の前の炎の中から現れた影を前にぴたりと止まった。


 そこには、レラの前に立つ琉斗の姿があった。突き出した左手の前方には、円形の魔法障壁が張られている。

 その障壁は、会場に張られているものとは違い、びっしりと文字や数字が書き込まれていた。強い光を放つその障壁に守られ、二人には傷一つない。


 それを見たエメイザーは、嬉しそうに口の端を吊り上げた。


「ほう……破滅級ではないか。そうか、お前が報告にあった禁呪使いか」


「禁呪かどうかは知らないがな。これ以上お前の好きなようにはさせない」


 そう言うと、琉斗はレラへと振り返る。


「レラ、怪我はないか?」


「だ、大丈夫です。すみませんリュート、私が不甲斐ないばかりに……」


「気にするな。レラは他の魔物や観客……王女殿下を頼む」


「で、ですが……」


「頼む」


 自分も琉斗と戦う、といいたげな表情だったが、琉斗の頼みに、レラは一つうなずいた。おそらく、エメイザーとの戦いで自分にできることはないと判断したのだろう。

 それは彼女にとっては到底受け入れがたいことであったはずだが、聞き入れてくれたことに琉斗は感謝する。


「ありがとう、レラ」


「リュート……絶対に、勝ってくださいね」


「ああ、もちろんだ」


 互いに笑い合うと、レラは護衛に守られながら出口へと移動するエルファシア王女の方に向かい走り出す。


 そんな二人の様子を興味深げに見つめていたエメイザーが、琉斗に問いかけてきた。


「恋人との別れは終えたかね?」


「ああ、さっさと済ませるから化粧を変える暇はないぞと言っておいた」


「くくっ、いつまでそんな減らず口を言っていられるかな?」


 笑いながら、エメイザーは言った。


「ここからが本番だ。数分後にはお前は私に懇願することだろう、もうやめてくれ、とな。私を失望させてくれるなよ? 禁呪使い」


 琉斗は、黙ってエメイザーを見上げていた。




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