第42話 準決勝



 会場に、甲高い音が鳴り響いた。


 一振りの剣が高々と跳ね上げられ、放物線を描いて地面へと突き刺さる。


「しょ、勝者、リュート選手――!」


 実況のミルチェが叫ぶと同時に、会場が揺れた。


「強い、強すぎる! 王国騎士団長にして前回大会覇者、ヘルムート選手を問題にしない――!」


 対戦を終え、琉斗が対戦相手と握手を交わす中、ミルチェは興奮気味に声を張り上げた。


「決勝進出を決めたのはリュート選手! 予選会から勝ち上がってきたリュート選手ですが、ついに前回覇者のヘルムート選手をも撃破! この強さ、運やまぐれなどではありません! もう大穴だなんて言わせない――ッ!」


 客席が拍手で応える中、琉斗は会場を後にする。




 ふと顔を上げると、貴賓席が彼の目に留まった。


 そこには、琉斗も見覚えのある少女の姿がある。


 マレイア王国の第一王女、エルファシア。聖龍剣闘祭の最終日、彼女はこの準決勝から観戦にやってきていた。彼女の周囲は護衛兵によって囲まれている。その中にはあのシュネルゲンの姿もあった。


 こうして見ていると、エルファシアにはレラとはまた違った美しさがある。レラを大人の美しさとすれば、エルファシアは少女の可憐さだ。

 慎ましく、儚ささえ感じさせるその様も、快活で生命力に溢れたレラとは対照的だ。


 琉斗の視線に気付いたのか、エルファシアは微笑を浮かべながら琉斗に小さく手を振ってくる。琉斗は軽く会釈してそれに応えた。






 琉斗の試合が終わってからしばらくして、準決勝の第二試合が始まった。レラと、一級冒険者のナスルとの対戦だ。



 観客席へと戻った琉斗は、セレナと共にその試合を観戦していた。


「さて、どちらが勝つのかしらね」


「それはもちろんレラですよ」


「あら、随分な自信ね。でも、ナスルも相当強いわよ?」


「大丈夫です。レラは俺と約束していますから」


「凄い信頼感ね。ちょっと妬けちゃうわ」


 いたずらっぽい笑みで、琉斗をからかうようにセレナが言う。


「それより、もう試合が始まってますよ」


「はいはい」


 会場では、すでにレラの槍とナスルの剣とがぶつかり合っていた。

 ナスルが間合いを詰めようとレラに迫っていくが、彼女はそれを巧みな槍さばきで阻止する。


 逆に、レラはリーチの長さを生かして反転攻勢に出る。苛烈な攻めに、ナスルは防戦一方となる。


「さすがはレラ選手、ナスル選手を寄せつけません! 逆に十分な間合いを取り、一方的に攻撃を加えていく! ナスル選手、これは苦しいか――!」


 ミルチェの実況を気にしたわけでもないのだろうが、ナスルが一旦大きく後ろに下がり、レラから距離を取る。


「さすがだね、槍姫。僕もこの大会に出た甲斐があるというものだよ」


 意外にも、余裕のある口調でナスルが言う。


 それから、剣を両手で握ると、その切っ先をレラへと向ける。


「では、これで決めさせてもらうとしよう」


 そう言うと、ナスルの剣を赤い炎が包み込む。


「な、何と、ナスル選手の剣が炎に包まれた! これはもしや、ナスル選手の闘技かー!?」


「その通り、これが僕の奥義だ。レラ君、とくと味わうがいい!」


 ミルチェの実況に続けたナスルが剣を振り上げると、絶叫と共にそれを振り下ろす。


「食らえ! 『烈破炎殺剣』!」


 剣から放たれた炎は、赤い帯となってレラへと襲いかかる。炎は彼女の身体を囲み込むように渦を巻き、激しく光を放った。


「おお――っと、ナスル選手、必殺の闘技ー! レラ選手、かわす間もなく炎に飲み込まれたぁ――!」


 レラを取り囲んだ炎は、唸りを上げながらぐるぐると渦を巻く。


 そして――一気に弾け飛んだ。散り散りになった火の粉が空に消えていく。


 レラは、槍を両手で目の前に立て、平然と立っていた。彼女の周りを、つむじ風が抜けていく。


「なっ、何とぉ――! レラ選手、無傷! 何ごともなかったかのように涼しい顔をしている――ッ!」


 ミルチェが、観客が、そしてナスルが、その光景に驚きの声を上げる。


 動揺を隠せないナスルに向かい、レラが槍を構える。


「さすがです。あれほどの炎、並みの人間では耐えられないでしょうね。それでは、私も奥義をもって応えましょう」


 すると、彼女の槍の周辺が渦巻き始める。前髪が風にあおられ、形のいい額が露わになる。


 今や竜巻のごとく槍にまとわりつく風の刃をナスルへと突きつけ、レラは叫んだ。


「奥義――旋風烈破!」


 突き出した槍から、解放された風の渦が一気にナスルへと襲いかかる。

 ナスルも闘気を全身にみなぎらせて防御しようとするが、あっと言う間に竜巻に飲み込まれる。


「う、うわあぁぁぁあ!」


 絶叫も束の間、竜巻に飲まれたナスルの身体はそのまま会場の端まで吹き飛ばされ、壁に激突して力なく落下した。


 しばしの沈黙の後、ミルチェの声が会場に響く。


「つ、つつ、強すぎる――! 何とレラ選手、渾身の奥義でナスル選手を一蹴してのけた――ッ!」


 一拍遅れて、観衆からは大歓声が湧き起こる。




 聖龍剣闘祭、琉斗の決勝の相手はレラに決まった。


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