第37話 前回大会ベスト4
アイザックと対峙しながら、琉斗は改めてアリーナを見回す。
広い空間だ。直径四十メートルほどの円形のアリーナにはやや固めに茶色い土が敷き詰められ、その外周を高さ二メートルほどの壁が囲んでいる。
その壁の向こうは急勾配のスタンド席となっており、ぎっしりと埋まった観客席からは、無数の視線が二人へと向かっている。
琉斗から見てやや右側、南東エリアの席にはレラとセレナの姿が見える。琉斗の視線に気付いたのか、レラが笑顔で小さく手を振ってくる。
まったく、こんな時だというのに緊張感のない奴だ。琉斗の口元が少しだけ綻ぶ。
と、審判役の男が二人の横へと近づいてくる。いよいよ試合が始まるのだ。抜き放った剣を構えると、琉斗は真っ直ぐに目の前の巨人を見つめる。
「始め!」
審判のかけ声と共に、第六試合が始まった。
それと同時に、目の前の男が吼える。
「ウオオオォォォオオオッ!」
かと思うと、巨大な戦斧を振り上げて琉斗へと突進してくる。
もの凄い形相だ。先ほどまでの温厚そうな人物と同一人物とはとても思えない。目尻はつり上がり、歯茎を剥き出しにしてぎりぎりと歯を噛みしめ、額やこめかみ、首筋には太い血管が浮かび上がっていた。
そのままアイザックは琉斗目がけて力まかせに斧を振り下ろす。
横っ飛びに避けた琉斗のすぐ脇を斧が通過し、地面を穿つ。大量の土が吹き上がり、地面にぽっかりと穴が開く。
「おおーっと、何という威力でしょう! アイザック選手の一撃が、グラウンドに風穴を開けたぁ――ッ! あんな攻撃を食らってはひとたまりもありません!」
実況のミルチェが大げさに叫ぶ。だが、その声はどこか楽しげだ。その調子でもっと試合を盛り上げてくれ、とでも思っているのだろう。
もっとも、彼女の言うこと自体は決して誇張ではなかった。あの斧の一撃に耐えられる人間など、そう多くはないだろう。
攻撃をかわした琉斗に、アイザックは狂ったように斧を振るって襲いかかる。それを避けるたびに、グラウンドには大きな穴が開いていく。
アリーナ内は全て試合会場となっており場外のようなものはないので、別にいくら逃げ回っても問題はない。だが、この調子で穴が増えると次の試合に影響が出るのではないかと、琉斗はついそんなどうでもいいことを気にしてしまう。
「アイザック選手、怒涛の猛攻――ッ! これはリュート選手、かわすので精一杯か!? せめて一矢報いたいところ!」
どうやら今、自分は劣勢どころか、ほぼ敗北必至に見えているらしい。思わず琉斗は苦笑する。
だが、琉斗の目にはアイザックの攻撃は正直それほど脅威には映っていなかった。斧の威力にはなかなか目を瞠るものがあるが、それもあくまで今まで観戦してきた選手たちと比べれば、と言うだけの話だ。
斧の扱いも、大振りで軌道が丸わかりだ。確かに命中すればダメージにはなるだろうが、速度自体もさほどのものではない。
比較対象としてふさわしいかどうかはわからないが、目の前の男よりは、以前戦った熊の魔物の方が遥かに強敵であると言えた。あの魔物が斧を振るう速度は、アイザックとは比べるべくもない。技術や威力についても同様だ。
相手の力をはかるべく様子を見ていたが、これでもう十分だろう。観客からも、いつまでも逃げ回るな、と次第に野次が飛んでくる。ミルチェもすでに琉斗の敗北を待ち構えているかのような顔になっている。そろそろ彼らに話題の材料を与えてもいいだろう。
右に左にとアイザックの斧を避けていた琉斗は、その場で足を止めると、両手で剣を構えた。
「ヌゴオオオォォォッ!」
人間とは思えぬ雄叫びを上げて、アイザックが両手で握りしめた大斧を大きく振りかぶる。
「おおっと、リュート選手、もう動けないのか、その場で立ち止まってしまったァー! アイザック選手、とどめとばかりに斧を振り上げる――!」
ミルチェが言い終わると同時に、アイザックが渾身の力で斧を振り下ろした。
場内に、大きな金属音が響き渡る。
直後、観客からどよめきが起こった。
「な、何とォ――ッ! リュ、リュート選手、アイザック選手の一撃を、正面から受け止めたァ――――ッ!」
ミルチェの絶叫が会場にこだまする。
琉斗は剣を水平に構え、アイザックの致命的な一撃を眼前で平然と受け止めていた。獣じみた呻き声を上げるアイザックの背中の筋肉が、一段と膨れ上がる。
一つ息を吐くと、琉斗は巨大な斧を一気に弾き飛ばす。その勢いにアイザックの巨躯が浮き上がり、地面から足がわずかに離れる。
がら空きになったアイザックの胸に、琉斗は剣を突き出した。剣先に若干の闘気をこめる。
分厚い胸当てが音を立てて凹み、宙へと浮かんだ身体がそのまま水平に吹き飛ばされた。
「ゴアアアァァッ!」
絶叫と共に、アイザックの巨体が十メートルほども跳ね飛ばされ、轟音を立てて地面へと落下する。砂煙がもうもうと立ち込める。
それが収まると、仰向けに倒れるアイザックの姿が見えてくる。立ち上がる気配は感じられない。
審判が彼に駆け寄るが、どうやら気絶しているらしい。立ち上がると、審判は琉斗に向けて腕を横に突き出した。
「そこまで! 勝者、リュート!」
「ま、またしても番狂わせだァ――! リュート選手、優勝候補の一角、アイザック選手を、い、一撃の下に葬り去ったァ――ッ!」
興奮を隠せない様子で、ミルチェが絶叫する。それに続くように、観客席からは怒号にも似た歓声が巻き起こった。
「い、いったい誰がこのような結末を予想したでしょうか!? 第五試合に続き、この第六試合でもノーマークのダークホースが現れたァ――!」
場内では、ミルチェの興奮気味の実況が続く。
この世界にもダークホースなどという表現があるのだな、などとどうでもいいことを思いながら、場内に鳴り響く拍手の中、琉斗はアリーナを後にした。
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