第35話 開会式



 薄暗い廊下の向こうに光が差し込んでいるのが見えてきた。その光の向こう側に、試合会場が見えてくる。


 廊下を抜けると、目の前には円形のアリーナが広がっていた。それを、やや傾斜の急なスタンドがぐるりと囲んでいる。反対側の壁まではざっと四十メートルくらいありそうだ。


 そのアリーナに、すでに何人もの選手が集まっている。そろそろ開会式も近いということもあり、二人の後ろからも続々と選手たちが続いている。


 と、会場に現れた二人に観客から大きな声援が送られる。

 いや、「二人」ではなかった。観客は、前回準優勝、今大会優勝候補筆頭のレラの登場に声を上げているのだった。


「凄い人気だな」


「少々気恥ずかしいですが、これも力ある者の務めです」


 至って穏やかな口調ながら、芥子粒ほども謙遜しないところが小気味いい。


「それにしても、凄い数の観客だ。少し緊張してきた」


「まだまだこれからですよ。あの席、試合が始まる頃には全部埋まりますから」


「本当か? いったい何千人入るんだ?」


「王都だけではなく、国中、さらには他国からも観戦に多くの人が詰めかけますからね。実際、今の時期はどこの宿も一杯なんですよ」


「ああ、だから王都もあんなに人ごみが凄いのか」


「もっとも、王都はいつも人が多いんですけどね。今は特に地方や他国の方が増えている印象ですね」




 そんな話をしながら、二人はアリーナの中央へとやって来る。


「あら、レラと坊やじゃない」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには以前実地研修で世話になった二級魔術師、セレナの姿があった。


「坊やも出るとは思わなかったわよ。でも大丈夫、あなたは強いから」


「ありがとうございます」


「レラ、あなたはもちろん優勝目指しているんでしょう?」


「はい。リュートもそうですけどね」


「へえ、坊やも?」


 セレナが驚きに目を丸くする。


「まあ、俺はレラと対戦しないといけないので。どうしても決勝まで勝ち進まないといけないんです」


「ははあ、さてはレラに無理やり誘われたクチね? それなら仕方ないわ、諦めて決勝まで勝ち進みなさい」


「はあ」


 琉斗は苦笑を返すよりない。


 そのレラはと言えば、挨拶にやってきた選手たちに囲まれていた。さすがは前回準優勝にして王国唯一の一級冒険者。顔の広さが違う。


 そんなレラの背中を、大変そうだな、と見つめていると、セレナが琉斗とレラの関係についてあれこれと聞いてくる。少し戸惑いながら、琉斗は彼女の相手をすることにした。






 やがて知り合いへの挨拶を終えたレラが戻り、セレナと三人で他愛もない話をしていると、突然元気な女の子の声が場内に鳴り響いた。


「お待たせしましたー! これから、第三十六回聖龍剣闘祭の開会式を始めまーす!」


 声と共に、アリーナに一人の少女が入ってきた。琉斗と同じくらいの年だろうか。


 美少女と言っていい容姿だ。やや短めの髪に整った顔立ち。小柄な身体からはすらりとした手足が伸びる。胸元はまだ成長の余地がありそうであったが、腰回りなどは女性らしさを帯び始めている。


 スタンドの観客に向かい、少女が叫ぶ。


「今年の司会進行と実況はこの私、ミルチェが担当します、どうぞよろしくお願いしまーす!」


 その声に観客が歓声を上げると、ミルチェもスタンドへと手を振って応える。どうやらかなりの人気者であるようだ。


「あの子は有名なのか?」


「ええ。琉斗はご存知ないかもしれませんが、ミルチェは最近はいろいろなイベントで司会やゲストに引っぱりだこの売れっ子なんですよ」


「ああ見えて、もうすぐ二級冒険者への昇級も近い若手のホープだしね」


「へえ、大したもんだな」


 琉斗は感心して、アリーナで司会を進行する少女を見つめる。



 それにしても。琉斗は疑問を口にした。


「あの子の声、どうしてこんなに響くんだ? 単に大声だというわけではなさそうだが」


 どちらかと言えば、スピーカーを通しているかのような声だ。それが会場の中央から、闘技場全体へと広がっていく。


 琉斗の問いに、セレナが答える。


「あの子はね、音魔法の使い手なのよ」


「音魔法?」


「そう。音を大きくしたり、小さくしたり。あるいは音質を変化させたりね。魔法としては地味だけど」


「ですが、使い方次第では非常に便利な能力です。特にミルチェは盗賊ですから、音を操ることができるというのは大変に有利に働くのでしょう」


「ふうん、いろんな魔法があるんだな」


「それに、戦いでなくとも、このような場で使うことができますし。単純な破壊の力ではないだけに、いろいろと応用の余地があるのかもしれません」


 なるほどな、と琉斗はうなずく。何も戦いだけが全てではないのだ。視野を広げれば、琉斗の内にある龍皇の力も意外な利用方法があるのかもしれない。


「実況と言っていたが、試合中もあの子がしゃべるのか?」


「そうです。前回の大会では他の方が担当されてました」


「なかなか賑やかそうだな」


「そうよ、ミルチェちゃんは若いのに弁も立つし、今回の実況は楽しみね」


 会場では、ミルチェの前説も終わり、大会の関係者による挨拶が始まっていた。




 三日に及ぶ、聖龍剣闘祭本戦が始まった。



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