第31話 闘技
対戦相手たちは琉斗を半円状に取り囲むと、その包囲の輪をじりじりと狭めてくる。マッシュを先頭に、八人の男たちがそれぞれの武器を構える。
そして、あと五メートルというあたりまで迫ったところで、彼らは一斉に琉斗へと襲いかかってくる。
否、全員というわけではなかった。後方の二人はその場から動かない。きっと他の六人の隙を突き、背後から襲うつもりなのだろう。
琉斗もただ座して死を待つわけにはいかない。剣を水平に構えると、琉斗は全身に力を漲らせていく。
すると、琉斗の身体を取り巻くかのように風が一瞬吹き上がる。同時に剣の周囲にも風が巻き付いていく。
それを、琉斗は一気に真横へと薙ぎ払う。
刹那、振るった剣の刃から凄まじい烈風が吹き荒れる。砂埃を上げながら、風は突進してくる敵を飲み込むと、後ろで様子を窺っていた二人をも巻き込んでいく。
「うおおおぉぉぉ!?」
「ひっ、ひいいいぃぃ!」
風に飲まれた対戦相手たちが口々に悲鳴を上げる。その声も風の音にかき消され、唸るような轟音と共に敵は空高く弾き飛ばされていった。
なす術もなく場外まで吹き飛ばされた男たちが、次々と地面へ落下する。
そして、会場には琉斗ともう一人、白い鎧の剣士だけが残された。
たった一撃で八人もの敵を撃退した琉斗に、観客から歓声が巻き起こる。
白い剣士は、いかにも感心したといった様子で話しかけてきた。
「大した技だね。君、名前を聞いてもいいかな?」
「皇琉斗だ。あんたは?」
「私の名はスレイン。ロナール王国の剣士だ」
落ち着きのある声で名乗ると、剣士はこちらへと歩み寄りながらレイピアを構える。
隙のない構えだ。先ほど琉斗に襲いかかってきた対戦相手たちとは明らかに技量が違う。他国の剣士だと名乗っていたが、ひょっとするとその国では名の知れた剣士なのかもしれない。
お互い三、四メートルほどのところまで接近すると、そのまま二人はじっと相手を見つめたまま、微動だにせずに睨み合う。
その場を動けないのは相手に隙がないからなのだが、手を抜いているように見えるのか、観客からは「早くやれ」と野次が飛び始める。
徐々に激しさを増していく野次に、人の気も知らずにいい気なものだと琉斗が思っていると、ついにスレインが動いた。
大きく踏み出したかと思うと、最短の経路を辿り、一直線に琉斗へと突進してくる。蓄えていた力を解放するかのように、レイピアを持つ右腕の肘を一気に伸ばす。
繰り出されたレイピアを、琉斗は剣で軽やかに受け流すと、そのまま相手の勢いを利用してレイピアを弾き飛ばす。
スレインの手からレイピアが離れ、車輪のようにくるくると回転しながら高々と空へ跳ね上げられていった。
落下してきたレイピアが地面に突き刺さると同時に、審判がやや慌て気味に叫ぶ。
「そ、そこまで!」
観客からも歓声が起こる中、スレインはやれやれといった顔で肩をすくめた。
「まいったよ。あの一撃をああもたやすく返されるとはね」
「まあ、うまくいってよかったさ」
「予選通過、おめでとう。本戦での活躍を祈っているよ」
「ありがとう」
固く握手を交わすと、パチパチと音が聞こえてくる。そちらに目をやると、レラが二人の健闘を讃えるように拍手を送っていた。
もう一度握手を交わすと、琉斗は試合会場を後にした。
「素晴らしい試合でした、リュート」
レラのところへ戻ると、彼女は笑顔で琉斗を出迎えた。
「さすがですね。特に最後の剣技には、正直目を瞠るものがありました」
「そうなのか?」
「はい。相手の選手の突きの鋭さ、並みの者では見切ることは不可能でしょう。あれほどの腕前、おそらくは二級冒険者なのではないでしょうか」
「そんなに強い相手だったのか」
「そうですよ、相当の実力者です。もっとも、常人には彼がリュートにあっさりと負けてしまったように見えてしまっているかもしれませんね。少し気の毒です」
レラが苦笑する。そんな話を聞くと、琉斗も何だかスレインに悪いことをしたような気分になってくる。
「琉斗が気にする必要はありません。試合というのはそういうものです。それに、本戦で琉斗が勝ち進んでいけば彼も報われるというものですよ」
「そうだな。あいつのためにも勝ち進まなければいけないな」
「もちろん、私のためにもです。ね?」
少しかがんで、レラが琉斗の顔を覗きこんでくる。そんな仕草が子供っぽくて可愛らしい。
それから勢いよく身体を起こすと、レラは嬉しそうな笑顔を見せた。
「それにしても、琉斗の闘技も風だったんですね」
「闘技?」
「とぼけないでください。試合の最初に見せたあれですよ」
「ああ」
思い出したように琉斗はうなずいた。うまく敵を一掃したいと思っていたら、無意識に身体が反応していたのだ。
「凄まじい風でしたね。あんなにたくさんの人間を吹き飛ばすなんて、そう簡単にできることではありませんよ」
「実は、自分でもよくわかっていないんだ。何となくこうすればいいと思って身体を動かしたらああなった」
「なるほど、リュートは闘技と意識しないままに力を振るっていたのですね」
「まあ、そんな感じかな」
あいまいに笑いながら琉斗はうなずく。
本当は知らないわけではない。龍皇の『
だが、少し考えてから、琉斗は闘技についてはあまり詳しくないふりをすることにした。
そんな琉斗に、レラが微笑みながら言う。
「それでは、後ほど私が教えてあげますよ。リュートの本戦出場祝いもありますし、その時にゆっくりと」
「ああ、よろしく頼む」
胸を張ると、まかせておけとばかりにレラはその豊満な胸を拳で叩く。
「何はともあれ、リュート、予選突破おめでとうございます」
「ありがとう。レラと当たれるように、本戦も頑張るよ」
「約束ですよ?」
「もちろん」
微笑みかけてくるレラに、琉斗は力強くうなずく。むしろこれからが本番なのだ。気を引き締めていかなければ。
その後いくつかの試合を観戦した後、二人は琉斗のお祝いも兼ねて夕食へと向かうことにした。
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