第24話 最高の舞台



 レラに半ば無理やりギルドの外へと引っぱり出された琉斗は、そのまま腕を引かれてどこかへと連れて行かれる。


「なあ、どこに行くつもりなんだ!?」


「すぐそこですよ」


 そう言って、レラはギルドからさほど離れていない建物の前へと琉斗を連れていく。


 手首を握られてどぎまぎしながらも、琉斗はレラに尋ねる。


「ここは?」


「ほら、入りますよ」


 琉斗の質問には答えず、レラは扉を開くと建物の中へと入っていく。




 建物の中は静かで、役所を思わせるものがあった。フロアには人はまばらで、受付に少し人がいる程度だった。


「レラ、どこなんだ、ここは?」


 尋ねる琉斗に、レラは笑顔で答えた。


「今、ここで聖龍剣闘祭の受付をしているのですよ」


「聖龍剣闘祭?」


「ご存じないのですか、リュート?」


 レラが意外そうな顔をした。


「聖龍剣闘祭とは、この国で二年に一度催される武術大会のことです。ちょうど来週、その本戦が行われるのですよ」


「へえ」


「最高の舞台、でしょう?」


 レラが笑顔で言う。何のことかわからず、琉斗は彼女に聞いた。


「何が最高の舞台なんだ?」


「意外とリュートは察しが悪いのですね。それとも、先ほどの話、本当にもう忘れてしまったのですか?」


「先ほどの話?」


「私と戦う、という話ですよ。全力で戦おう、という話です」


 そこまで聞いて、ようやく琉斗にも話が飲み込めてきた。


「もしかして……」


「はい。戦いましょう、聖龍剣闘祭の舞台で。ですから、これから剣闘祭に申し込んでください」


「ちょ、ちょっと待って!」


 慌てて琉斗がレラに聞く。


「わざわざそんな場でやる必要はないだろう!? 第一、大会ってどんな方式になってるんだ? 勝ち抜き戦か?」


「はい。本戦は予選を勝ち抜いた者と前回大会での成績優秀者、それと推薦を受けた者、合計三十二名によるトーナメント方式となります」


「それじゃ、俺とレラが対戦できるとは限らないだろう」


「いいえ、何の心配もいりませんよ」


 レラが不敵に笑う。


「なぜなら、私もリュートも、対戦するまで必ず勝ち進むからです」


「大した自信だな」


 感心するやら呆れるやら、琉斗は何とも言えない表情になる。彼女自身はともかく、まだ手合せすらしていない琉斗が大会を勝ち進むなどとよく思えるものだ。


 それにしても、しとやかな見た目や落ち着いた物腰とは裏腹に、随分と大胆な女だ。相手の力をはかるためによりによって武術大会で戦おうとするなど、まともな人間の発想ではない。


「そういうわけですから、リュートも申し込んでください。本当に運命だとしか思えません。剣闘祭の直前にあなたのような強者(つわもの)とお会いできるなんて」


 そう言うと、琉斗の顔を見ながらレラが首をかしげる。


「でも、意外でした。てっきり剣闘祭の開催に合わせてこちらに来たのかと思ったのですが」


「俺がこの町に来たのはただの偶然だよ。もちろん、さっきの戦いも、こうしてレラと会ったこともな」


「では、やはり運命だということですね」


 目を輝かせながら、レラが笑顔でうなずく。何をどうすればそういう解釈に至るのだろう。




 レラに促され、琉斗は受付で剣闘祭の申し込みをする。


 彼女の発想は突飛ではあったが、剣闘祭自体には琉斗も興味があった。


 何と言っても、いわゆる武闘会である。年頃の少年であれば、心動かされないはずがなかった。自身の力を確認するいい機会でもある。


 それに、レラが見ているのだ。彼女の前でいいところを見せたいという気持ちも多分にあったのは否めない。気になる異性の視線があれば、誰でも自分に注目してほしいと思うものだ。



 そんないくつかの動機が相まって、琉斗は剣闘祭への参加を決めたのだった。書類に必要事項を記入し、剣闘祭についての説明を受ける。

 参加料を求められたのは予想外だったが、無事申し込みを終えることができた。



 受付を離れると、フロアの椅子に腰かけていたレラがやってくる。


「無事に申し込めたよ」


「ありがとうございます。あなたと戦えると思うと、今から楽しみでなりません」


 嬉しそうにレラが笑う。あくまで男としての自分ではなく自分の力に興味があるのだな、と琉斗は若干悲しく思わないでもないが、自分に興味を持ってくれているだけでもありがたいことだ、と自分を慰める。


 と、レラが声をかけてきた。


「ところでリュート、この町にはまだ慣れていないんですよね?」


「ああ。まだ来たばかりだからな。身の回りのことだけでも精一杯さ。町のことなんて、まだ全然わからない」


「そうでしたか……」


 それからレラは、左手の人差し指を形のいい唇に当てると、少し考え込むよにうつむいた。


 しばらくそうした後、レラは顔を上げて琉斗に微笑んだ。


「それでは、私が町を案内して差し上げましょうか?」


「え?」


「これでも私、この町に来てそれなりに長いですから。明日など、いかがでしょう?」


「だ、大丈夫です!」


 やや食い気味に琉斗は答えた。どうして会って間もない自分にそこまでしてくれるのかはわからないが、断る理由など琉斗にはない。


「そうですか。それでは、明日の十二時にギルドの斜め向かいの喫茶店前で待ち合わせしましょう」


「わ、わかった! 明日はよろしく!」


「こちらこそ。明日は楽しみにしてますね。それでは、今日はこのあたりで失礼します」


 そう言うと、けぶるような微笑を浮かべてレラはその場を去っていった。




 一人その場に残された琉斗は、思わぬデートの約束に心躍らせていた。突然大会への参加申し込みを促された時はどうしようかと思ったが、まさかこんなおいしい展開が待っていようとは。


「明日は……レラと、デートできるのか」


 小さくつぶやくと、琉斗は建物を出て家路へとつく。



 すっかり日も落ちた王都の大通りを歩きながら、琉斗は明日の服装やレラと話す内容に思いを巡らせていた。


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