第5話 禁呪
いったい何が起きているのかと、琉斗は音の方へ駆ける。
近づくにしたがって、徐々に物音は大きくなり、叫び声の内容も少しずつ聞き取れるようになってくる。まだ現場まではずっと離れているはずだが、聴力も強化されているのだろうか。
「……をお守りしろ……」
「こやつら、いったいどこから……」
「……盾になります……」
わずかに聞こえてくるやり取りから察するに、一方はどうやら貴人か誰かを守っているらしい。
金のありそうな馬車が野盗に襲われているのか。それとも、権力者を亡き者にしようと暗殺者が襲撃しているのか。
いずれにせよ、見過ごせない状況にあるようだ。琉斗は現場へと急ぐ。
今や武器がぶつかり合う音は森まで鳴り響き、怒号と悲鳴もはっきりと聞き取れる。そろそろ街道が近いのか、木々の隙間から夕日が差し込んできている。
その隙間の向こうで、何人もの人間が戦っているのが見えてきた。近づくにつれ、数台の馬車を守る側とそれを襲う側に分かれているのがわかる。
どうやら街道はすぐ目の前のようだった。馬車を守る側も、それを襲う側もさほどの数ではない。
「ぎゃあああぁぁ!」
「奴らを食い止めろ! 絶対に通すな!」
「何としても、殿下をお守りするのだ!」
「おのれ、化け物どもめ!」
悲鳴と怒号、そして断末魔が森の向こうで飛び交う。
襲撃されている側の会話に「殿下」という単語が含まれていることから、おそらくは王族がいるのだろう。護衛の騎士が集まっているあの一際豪奢なつくりの馬車に乗っているのだろうか。
一方の襲う側は野盗かと思ったが、そうではないようだった。
一見、彼らは軽装の鎧に剣を装備した人間に見える。
だが、露出した肌は黒く、腕が妙に長い。毛の一本も生えていない頭部は卵のようにつるりと丸い形をしており、その目は|爛々と黄色くぎらついていた。時折開く口からは、鋭く尖った牙がのぞく。
あれは魔物に違いない、と琉斗は判断する。
つまり、王族と思われる一行が、魔物の襲撃を受けているわけか。琉斗はそう考えると、木々を突っ切って街道へと飛び出した。
突然の闖入者に、しかし反応するものはいなかった。それは一つには両陣営とも目の前の敵で精一杯だったということがあるだろうし、もう一つには、琉斗が飛び出した場所は馬車からは大分離れていたということがあるだろう。
王族が乗っているらしき馬車は御者がやられたらしく、動き出す気配はない。
それを護衛の騎士たちが懸命に守っているが、魔物たちの方が力が上なのか、何匹かの魔物は防衛線を突破し、すでに馬車にまで肉薄している。
早く助けないと。琉斗は魔法で魔物を攻撃しようとする。
だが、さっきの火球のような魔法では駄目だ。あんな巨大な火の玉を放てば、確実に周りの騎士たちや馬車を巻き込んでしまう。
できれば、あの魔物たちだけをピンポイントに攻撃したい。そう思った琉斗は、馬車に迫る数匹の魔物に狙いを定めると、己の魔力を増大させていく。
他の者を巻き込まないよう細心の注意を払いながら、琉斗は右手を突き出し魔力を一気に解放した。
その刹那。
今にも馬車に飛びかからんとしていた魔物たちの姿が、漆黒の闇を思わせる黒い炎に包まれたかと思うと、その肉体が瞬時に消滅した。あっという間の出来事に、馬車を守ろうと駆け寄ってきた騎士たちが呆然と立ち尽くす。
見れば、魔物がいたはずの地面には黒い煤のようなものが残っていた。琉斗が放った超高熱の炎が、一瞬にして魔物たちを焼き尽したのだ。
もし、琉斗がこの時『
それは人間が到達しうる限界に位置する、人類にとっては究極とも言える魔法であった。
だが、そのようなことは今の琉斗には知る由もないことであったし、それは「禁呪」を実際に見たことのない護衛の騎士たちにとっても同様であった。
それはともかく、事ここに至って両陣営とも初めて琉斗の存在に意識が向かう。魔物たちは憎悪の目で、そして騎士たちは困惑の目で琉斗を見つめた。
琉斗は短く一言つぶやいた。
「加勢させてもらう」
そう言うや、腰の剣を抜き放つ。
その刀身は長く美しく、夕日を浴びて妖しい輝きを見せた。
そして、琉斗は魔物たちへと向かい駆け出した。
戦いは一方的なものであった。龍皇の力によるものなのか、琉斗の身体は剣の扱いを覚えているらしく、魔物は彼の斬撃の前になす術もなく斬り伏せられていった。琉斗の剣が閃くたびに、魔物たちが声を上げる間もなく地に沈んでいく。
戦闘はごく短時間で終了した。後には魔物の死骸と、哀れにも犠牲となった騎士や御者たちの遺体、そして琉斗を戸惑いの目で見つめる騎士たちと数台の馬車が残された。
『
『冥蛇姫の黒炎』
凝縮した魔力により生成された黒き炎で、対象を瞬時に焼き尽す破滅級魔法。その威力は、上位炎龍種の生み出す炎に匹敵する。
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