ロメオ⑰
ディエゴがラリアートの始末をつけた後、俺はロールズに会いに行っていた。ロールズの屋敷は豪勢だが窮屈だった。使用人から案内された居間は大理石造りでたいそうなものだったが、ひとっこひとりどころか生き物の気配も感じない。実際、花瓶の花は枯れてしまっている。なぜ誰も取り換えようとしないのだろうか。
俺は普通にマセラティに事態を報告した方が良いのではないかと思っていたのだが、ディエゴから提案された計画はロールズとベルトーレを同士討ちさせるという仰天のものだった。
「……ヤクザ者は証拠がなくても動くが、逆に証拠があっても動かねぇ場合がある。四老頭はじじいだ。本気で抗争を起こそうって状況は、何としても避けるだろう。理由をつけて先送りにするか片目をつぶって
ディエゴの話を思い出しながらしばらく待っていると、ロールズが姿を現した。髪はびっしりとした白髪で、わし鼻の初老の男だった。垂れた目に垂れた眉毛、なのに優しい印象はまったくない。口元が見るからに不機嫌に曲がっているからなのかもしれないが、この男は寝ている時もこんな口になっていそうだ。部屋着だというのに、襟が首元までしっかり閉まっている。まるでリラックス出来そうにない。全体的な印象からは、ただの気弱そうなだけの男なのだが、例えば一見ではやくざ者とは思えない他の四老頭のルノゥとは違い、とげとげしい神経質さが空気を震わせている。マセラティとは違った、ただ者ではない雰囲気を持っている。
「夜分遅く、誠に申し訳ありません」俺は椅子から立ち上がって言った。「しかしなにぶん、急な用事だったので……。」
「だろうな、
「しかし、あなたは来ていただきました」
「
ロールズは火の灯っていない暖炉の前のソファに座った。むしろ朽ちた灰と炭の静けさを求めているように。
「……ええ」
「なんだね、“例の話”というのは?」
「それは……ベルトーレさんが薬物の売買に手を出しているという件です」
「……なんと、信じられんな」声の調子を変えずにロールズは言った。
「そうです、あなたと手を組んでというのがまた信じられません」
「……なんのことだか」不快さをほんのひとさじ舌にのせているようなロールズの口調だった。
「……すでにご存じかもしれませんが、ぼくはベルトーレさんの娘婿になります。彼はぼくを自分の跡取りに決めてくれていたので、色々と背後の出来事を教えてくれたんですよ」
「
「あなたが四老頭を切り崩そうとしていることもね」
俺はアウディ一家との抗争の時にもあなたが暗躍していたのでしょう、と言った。
ロールズは口に手をあてて、思案しながら言った。「
「例えこの話が妄想であっても、あなたには厳しい現実が待っています」
「なんだと?」
「ベルトーレさんは、あなたのことをマセラティさんに密告しようと考えているようです。例え妄想であっても、マセラティさんは自分の身内のベルトーレさんの意見に耳を傾けるでしょう。そうなってくると、あなたの立場が危うい。なんと言っても、向こうは四老頭で最も信頼されているヴィトー・マセラティです。他の四老頭がどう反応するか、分からないあなたではないでしょう」
「……
「……ぼくと手を組んでもらいたい」
「……なんだと?」
「ベルトーレさんはイモを引いています。未だ古い権威が恐ろしいんだ。今回もラリアートが薬物関係で失態を犯してしまって、その取り繕いのためにマセラティさんに泣きつこうとしてるんです。あなたを信頼していないから、マセラティさんを選んでしまう。だが自分は違う。未来を見ている。ぼくならば、きっとあなたの期待に応えますよ」
「あるいは、
「信じていただけないのであれば結構です。しかし、実際にベルトーレさんは明日、マセラティさんに今回のことを報告に行く予定です」
「……。」
「だいたい、ぼくがすべてを知っていることが、何よりの証拠じゃないですか? ぼくは薬物の売買から、ディエゴの始末、アウディ一家との抗争の件についても話を聞かされているんです」
「……奴は自分の立場をも危うくすることが分かっているのか?」
「そうなる前に、自分の言い分で周囲を固めてしまおうという考えなんですよ。あなたを切り離すことも含めてね……。」
最後まで、ロールズは俺を疑わしい目で見ていた。この大物相手に、橋をうまく渡れるか不安だった。
──自分が平気で人を裏切るんだ。人だって、平気で自分を裏切ると思うだろうぜ
「ベルトーレさんは、あなたのことを得体のしれない男だと思っています。マセラティさんは恐ろしいがあなたは不気味で考えていることが理解できないと。だとしたら、まだ自分が理解できる方につこうとする、それが人の心理というものではないでしょうか」
「
「小心者の彼の事です。きっと警戒するでしょうから、ぼくが段取りを組みますよ……。」
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