ラリアート/ベルトーレの始末屋

 俺はベルトーレさんに命じられてロメオと合流する手はずになっていた。思ったよりも速く計画通りに事が進んでいくのには驚きだが、そこはさすが四老頭一の切れ者というところだろう。

「……しかし意外ですねぇ、まさか、婿殿が俺たちの側に回るなんて」部下が言った。母親くらいのとしの女を殴りながらのが好きだという変態野郎だ。ロメオディロンがわざわざ用意したほろ・・付きの馬車のせいで、部下とはいえ話したくはない奴らと同じ空間にいるのには腹が立ってくる。まったくディロンの奴、こんな無駄なものの手配をするのは、自分はこういうものも用意できるのだと俺に見せつけてるつもりだろうか。「まぁ犬ですからねぇ、奴は。首輪をつけかえれば主人にしっぽ振りますわな」

 きっかけはディロンからの、クライスラーが裏切りを企てているというタレコミだった。それはクライスラーを排除したがっていたベルトーレさんにとって渡りに船の情報だった。ディロンはクライスラーの計画の詳細な情報、日時や集合場所、そしてチームの協力者を細かく流してきた。既にベルトーレさんの婿養子はこちら側だったわけだ。そして俺はベルトーレさんに命じられ、計画の実行日に集合場所でディロンと合流し、言い逃れのでき無くなっているクライスラーを始末する手はずになっていた。 

 ディロンと待ち合わせしている倉庫の灯が見えてきた。

「しかし、意外と良い感じですねぇ。ベルトーレさんがマセラティさんを越えて、ランセルとシトロエンを手にできるのも時間の問題、しかもその時はリーダーもがっつり縄張りが増えまさぁ。いや、ゆくゆくは縄張りがデカくなるってぇだけじゃあなくって、ラリアートさんもその中のひとりになるかも。……まぁあのすけこまし・・・・・と協力ってのはいまいちすっきりしませんがねぇ」

「……お前、本当に俺たちが協力すると思ってるのか?」

「え?」

「あんなボンクラが、娘をこました・・・・だけで組織のトップになるなんて、誰が認めると思う」

「あの……それは……?」

「はへ~」

 馬車がばきんと音を立てて傾いた。部下たちもいっせいに体を傾ける。

「あれ? な、なんすか?」部下がほろに体を寄せて抜けた面をさらす。

 俺は口の動きだけで「見てこい」と言う。部下は「へぃっ」と馬車を降りていった。

 しばらくすると、「どうなってんだこらぁ!?」部下の声が聞こえた。

 俺も馬車を降りると、部下は御者ぎょしゃの襟をつかんでいた。御者は泣きそうな面で「すみません……」と謝り続けている。

「……落ち着け、どうした」俺は言った。

「こいつ、馬車の車輪が外れたとかぬかしやがるんすよ!」

「なんだと……?」

 俺はナイフを取り出すと御者の喉に押し当てた。

「まってくださいラリアートさん、流石にまずいっす」

「お前、今がどういう状況か分かってるのか?」

 御者はひたすらに「すんません分かりません」と謝るだけだった。確かにこいつはディロンが用意したただの堅気の御者だった。

「……歩いて行くぞ」俺は御者を放して部下に言った。

 なんて馬鹿げた失態だ。ディロンたちに先んじて、それどころかあわよくばと思っていたのに、俺の方で不手際が起こるとは。

 俺たちが倉庫に到着すると、既には終わっていた。倉庫の中の木箱は壊れ瓶が割れていた。数人のディロン側の負傷者と、縛られているクライスラーとその一味がいた。思ったよりクライスラー側が多い。縛られて座らされているのが5人いた。

 俺はハンカチで傷をぬぐっているディロンに言う。「……これはどういうことだ?」

「“どういうこと”って……」ディロンは言った。「見ての通りだが」

「“見ての通り”だと?」俺はディロンに迫る。

「なんだよ? どうかしたのか?」

「今回は、俺たちとお前たちとで組んで、そしてクライスラーを始末するという話だったはずだっ」

「そうだな……。だが肝心の待ち合わせ相手が、随分とに時間がかかってるようだったんでな」

 俺はディロンにつかみかかりそうになっていた。

「てめぇら、うちのメンツに泥塗りやがって!」部下が言う。

 ディロンの傷を負っている手下たちも、「何だテメェら?」と応酬してくる。

「おいおい、遅れてきた奴がそんな顔をするのか? ディエゴたちは、今すぐにでもベルトーレさんの所に襲撃をかけようって所だったんだ」ディロンは肩をすくめる。「悠長に待ってなんていられなかった」

「だいたいよぉ、お前らこそ何やってたんだよ」ディロンの手下が言う。

「何って……馬車が、故障して……」

 余計なことを言った手下を俺は睨んで黙らせる。ディロンが苦笑した。

「くっ」

「喧嘩の相手を間違えないでくれよ」ディロンは俺と俺の部下に言った。「良いじゃないか、予想外の展開だったが目的は果たせた」

「……まぁいい。結果は結果だ」

 縛られてうなだれているクライスラーのもとへ行く。

「足元がお留守だったなクライスラー? まさかこんな青びょうたんにしてやられるとは、夢にも思わなかったか?」

 俺はクライスラーの腹を蹴った。さるぐつわをされているクライスラーがうめき声を上げる。

「もう勝負はついてんだ」ディロンは言った。「ベルトーレさんに後の裁量は任せよう」

「ふんっ」

 俺はクライスラーを見る。恨めしそうな顔で睨んでやがった。

「どうしたクライスラー? 息苦しそうだな? 呼吸の仕方を教えてやろうか?」俺はナイフを取り出してクライスラーの喉元に押し当てる。「……。」

「ラリアート」

「何だディロン?」

「こいつは特にベルトーレさんの前でけじめをつけさせたい。少しくらい痛めつけるのは良いが、殺すのはやめてくれ」

 クライスラーがディロンを見るが、ディロンは「良いだろ? ディエゴ?」とあざ笑って応えた。幼なじみといえ、この変節ぶりには恐れ入る。

「さてラリアート」ディロンは部下に命じて酒を持ってこさせ、杯にそれを満たす。「一仕事終えたというのと、これから末永いつき合い、兄弟の杯の交換といこうか」

 ディロンはお前たちも、と言って俺の手下と自分の手下にも酒を勧める。

「……良い酒だぞ?」

 ディロンがまずそれを飲み、続いて手下たちも飲む。酒好きの俺の手下たちも次々に酒を飲み始めた。

「さぁラリアート、立場的にはお前の方がベルトーレさんの所が長いわけだから、兄貴分という事になるんだろうが」

 ディロンは俺に杯を突き出す。だが俺はディロンの手にある酒瓶を奪った。

「栄光は自分の手でつかむ」そう言って、俺は酒を直接瓶から飲んだ。こいつの用意したものだ、何が入っているか分からない。俺はまだディロンを疑っていた。

「……そうか」ディロンは酒瓶を見ながら言う。「良い飲みっぷりだが、もっと味わってくれ。上等の酒なんだ。そこら辺じゃあ流通してないんだぞ」

「ふん」

 俺は口の中で酒の味を確かめる。しかし、思った以上で味が強い酒で、良いのか悪いのかも分からなかった。

「正直、俺はこういうのが上等かどうかわからねぇ、麦酒とかはねぇのか?」俺の部下が言う。

「やめろ、酒盛りに来たわけじゃない」俺は言った。これ以上ディロンたちに場を締められたくなかった。「これからクライスラーを運んでいく。クライスラーだけで良い、後はまぁ殺して山に……」

 少し息苦しくなってきた。

「山に埋めて……そして……。」

「どうしました? ラリアートさん?」部下が言った。

「まいったなぁ、酒が合わなかったか?」

 酒が合わない? そんなはずはない。しかし、実際にディロンも他の、俺の部下も平気な顔をしている。

「か……はぁ……」

 違う、だがやはり酔いじゃない。こいつらなにか混ぜやがった。

「やれっ!」

 ディロンが叫ぶと、一斉にディロンの手下が俺たちに襲い掛かってきた。

「なに!?」

 ディロンだけじゃない。ディロンにのされた・・・・はずのクライスラーたちも、立ち上がって俺たちに襲い掛かってくる。縛られていたと思っていた縄は簡単にほどけ、さるぐつわも簡単に外れていた。こいつら仕込みやがった。

 部下たちは不意を突かれてなす術なくやられ、俺は体に回った何かのせいでろくに戦えない。ナイフを持つ手に力が入らなかった。ディロンたちに角材や棍棒で膝を打たれ、頭を打たれた。もともと朦朧もうろうとしていた俺は、自分でも情けなくなるくらい簡単に地面に突っ伏していた。

 俺はディロンを見上げる。「……裏切ったのかお前っ」

「裏切った?」縛られていた手首の様子を確認しながらクライスラーが言う。「ハメようとしたのはオメェらが先だぜ? けっ、俺たちがオメェらの企みに気づかねぇで、そのうえ手ぇこまねいて指くわえて見てるだけだと思ってのかよ?」

 俺は立ち上がろうとするが体に力が入らない。呼吸はおかしなままだ。

「い……いったい……何を……した?」

 クライスラーは言う。「毒だよ」

「毒……だと? だが……お前たちは……?」それに俺の部下も酒でおかしくはなっていなかった。

 クライスラーは瓶の酒をひと飲みして言った。「オメェにしか効かねえ毒だ」

「そ、そんなもの……あるわけ……。」

「あるさ、蛇の毒だ」

「……?」

「蛇の毒は飲んでも問題はない。ありゃ傷口から入るとやべぇんだ」

 なにを……まさか……?

「オメェ、アイーシャに舌を噛まれたんだって? 聞いた話、深ぇ傷らしいじゃねぇか」

 俺は朦朧としていく意識の中でクライスラーの声を聞いていた。

「オメェはあの娘に負けたんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る