異世界から来るもの
私が次に妖しの森に訪れた時に現れたのは、上品に年齢を重ねた老婆だった。頭のてっぺんで丸められた白と黒と銀の混じった長い髪、垂れた瞼の奥からこちらを覗く黄ばんだ瞳、先端で割れた魚卵のような鼻、しかしかといっておどろおどろしい魔女だという印象はなかった。年齢を重ねた樹木を誰も恐れないのと同じようなものだろう。服装も、孫にジャムでも作ってあげてそうな人の良さそうな田舎の老婆といった具合で、そうだと言われなければ誰も彼女のことを魔女だとは思わないだろう。
「あらクロウ。また来たのね」
テーブルに並べられたティーセットを前にして私が言う。「どうして姿を変えるんだい?」
「普段は若い女の格好でいるのよ。体を動かす用事があるときは、そうじゃないとしんどいから」ソニアはティーカップを手に取った。確かに老婆の体には、ティーカップが持てる物の限度のように見えた。「でも、何もせずに一日過ごすだけならこの体の方が良くってね。心が穏やかでいられるから……。」
ソニアはカップのお茶をすすった。私もお茶をすする。今の彼女なら、警戒する必要もないだろう。
「……冬虫花草を煎じた薬膳茶よ。飲む時は熱いかもしれないけど、その後は涼しくなるわ。この時期ですからね」
「悪くないね。暑さに対策か」
「あとは、精力増強ね」
ソニアは細かく空気を吐き出して笑った。
「……それ、笑っていいところかい?」
「ふぅ……今日は、どうしてここに?」
白髪頭を傾けて老婆が聞く。
「お前さんに聞きたいことがあったんだ」
ソニアはそう、とお茶をすすった。
「あの、エルフの坊やのことね……。」
「ああ、まぁ……。ただ今日は差し出せるものがあるかどうか……。」
「結構よ。おそらく、大した質問でもないでしょう」
やはりかなり性格が変わっている。
ソニアはカップをソーサーの上に置いた。「で、何かしらね?」
「……彼、ロランが持っていた本の事なんだが。あれは一体何なんだ? お前さんは何か知ってるようだったが……。」
「彼に聞かなかったのかしら?」
「一緒にいるときは気にしないようにしていたんだ。依頼人に深入りはしないたちでね。けど、最近引っかかることが多くて……。」
ソニアはそこまで聞くと、体を背もたれに預け、膝の上のブランケットをかけなおした。そして、このまま眠りに入るかのように目を閉じゆっくりと呼吸をした。
「……転生術」
「……転生術?」
「……この世界の
「なぜ彼がそれを」
ソニアが私を見た。意味のない質問だった。
「……その外法ってのは、お前さんたちの使う魔術とどう違うんだい?」
「魔術も法術も結局は同じ理の中。表裏一体のコイン」ソニアは再び目を閉じた。「けれど、外法は理からすら離れている……。」
「そんなの、いったい誰が使えるんだ? ロランが法術が達者だったからといったって、おいそれと使えるものなのかい? 外法なんだろう?」
「大量の
「あいつを呼んだ時か……。」
「……私の知る限りではねぇ」
「どういう意味だ?」
「必ずしも転生者は私たちが呼び寄せるわけじゃあないのよ。私たちが知らないだけで、もっといるのかもしれないということ。その場合には外法は必要ではないわ。……嵐みたいなものよ。嵐は世界のどこかではいつも起こってるものだけど、望む時に望む場所で起こすとなると話は変わるでしょう? 世界の急変に関しても同じこと……。」
「奴らは一体何者なんだ? 何のためにこっちの世界へ?」
ソニアは体を起こすとティーカップを取りお茶をひとすすりしてから言う。「なぜ、子を作るのに男と女が必要かは?」
「そうじゃなきゃあ……やることがやれないだろう?」
ソニアは軽く鼻を鳴らして笑った。
「男と女が必要なのは、変化を作るためよ。違うものが交わり、新たに似て非なる子が生まれる。そうすることで変化を作るの……。」
「つまり……彼らはこの世界と交わって変化を作るために来ているということか?」
「もかしたらね。それに、変化はこちらだけでもないのよ? この世界からも行く者だっているわ。私の友人にも、あちらへ旅立った子がいたしね」
「好き勝手に女をはべらしに?」
ソニアは軽く、ゆっくりと首を振った。
「音楽好きの子でね、異世界に自分の音楽を伝えに行ったの。……今から100年以上前になるかしらね。向こうの奴隷の子に転生したんだけど、彼の音楽があまりにも新しかったから、周りに驚かれてしまったみたい」ソニアは目を細めその光景を思い出すように天井をうっとりと見上げていた。「周囲には、
「連絡が取れてたのか?」
「しばらくはね。でも、ある日突然連絡が途絶えてしまったの……。」
ソニアは悲しげに眼を閉じた。
話に続きがあるのだろうと私はしばらく待っていたが、そのまま彼女は寝息を立ててしまった。
しかし、それでも十分だった。後は、私自身が納得のいく材料を集めるだけだ。
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