熱帯夜

 村人にかぶせられた野花の冠を乗っけたまま宿に帰ると、そこでは暗い部屋でロランがベッドに腰掛け一人で瓶詰めのミルクを飲んでいた。


「そうやって暗いところで飲んでいると、暗い気持ちで酒を飲むのに慣れてしまうぞ」

 私が話しかけると、ロランは鼻で笑った。「似合っているよ、その王冠。お姫様みたいだ」

 私はそうかい? とそれを取ってベッドの上に置いた。

「どうしたんだい? 祭りが楽しくなかったか?」

「いや……。」そう言うと、ロランはまた瓶を持ち上げた。

 何とも思わせぶりな沈黙だ。ひたすらこちらに察することを求める類の。

「何か私のことで腹を立ててるのかな?」

 ロランは瓶を眺めたまま黙った。

「静かならそれに越したことはない。ではこのまま朝まで黙っててくれ。私はもう寝る」

 そう言って私は上着を脱いで就寝の準備を始めた。顔を洗って水を飲み、祈りも捧げずにベッドに倒れ込む。

 しばらくして堪えられずに顔を上げた。

「気が散るな」

「黙っているじゃないか?」

 ロランは相変わらず机の前でミルクを飲んでいる。いや、飲んでいると見せかけて実際はさっきから全然量が減っていない。


「こういう場合は私がしおらしくなるべきなのだろうか? ごめんなさい、あなたのことを何も気遣ってあげられないわダーリン、と?」強めに言うと、黙ったままだがロランが少し気圧された。「私はお前さんの乳母じゃないんだ。せめて村で何か不満なことがあったのか、それとも私に何かあったのかそれだけでも言ってくれてもいいだろう」

 ロランは一旦瓶に口をつけようとしたが、途中でそれをやめ瓶を机の上に置いた。「何というか、君がはしゃいでいるのが意外だったんだ」

 次の言葉を待ったが、無かった。


「雑種とはいえ半分はフェルプールなんでね。ああいう馬鹿騒ぎが実際は好きなんだよ。それが何か問題でも?」

 ロランは瓶に口を付け、次はきちんと飲みだした。「君は、もっとおしとやかな人だと思っていた……。」

 私は思わず吹き出した。「私が……淑女の教育を受けているとでも? よしてくれ、学校にすら行ってないんだぞ?」

「そこまでは言わなけれど、その……。あんな、酔っぱらいたちに安っぽく……。」

「酔っぱらいのやることだ、気にしてもしょうがない。世界中で見る光景さ、多分」


 大したことではない、しかしそんな私の言い方にロランは気に入らないようだ。

「君だって、その……まるでその気があるみたいに振舞っていたじゃないか」

「方便だよ。あんなところで騒ぎを起こしても仕方ないだろう?」

「君には気位があるんじゃなかったのか? そんな、方便だからといって、あんな男をその気にさせるような……。」

「なぁ、私が四六時中突っ張っているとでも思ってるのか? 大体、私がどう振舞おうがお前さんには関係ないだろう? 単なる雇い主と雇われ者だ」

 私がそう言うと、ロランは目をほんの少し見開いてこちらを見た。

「そうだろう?」

 私は両手を開いて問いかける。しかし、ロランは少しショックを受けたらしく哀しげに瞳を潤わし始めた。例のあの瞳だ。ああなるほど、合点がいったので私はロランの隣に座った。


「もしかして、お前さん妬いているのかな?」

 図星だったようだが、ロランはそれを隠さずに表情に出した。

 私はため息とともに笑うと、ロランに顔を近づけて言った。「他の男に体を触られせたことが、私がお前さんに見せない表情を見ず知らずの他人に見せたことが……そんなに嫌だったかね?」

 ロランはうつむいて顔をそらした。エルフとは言え、いや、エルフだからだろうか、そのウブさにこちらが恥ずかしくなってくる。


「しかしね、私はお前さんに金で雇われたが、それはあくまで技量ということのはずだ。金で私の全てを買ったつもりか?」

「……そうだよ、君の言うとおりだ。君は何も間違ってはいない……。」

「そう、私は一度たりともお前さんの所有物になったことなんてない。私は常に私のものだ」ロランが頷く。しかし私は更に顔を近づけ、耳元で囁いた。「だがね、もしお前さんが……私を自分のものにしたい、というのならば……やぶさかではないかもしれないよ」

 ロランが驚いて私の方を向いた。顔はもう、指先が二本入る程度にしか離れていない。私は目でロランに最後の問いかけをする。

「その……でも、ぼくは……。」と、最後の戸惑いを見せるロラン。やれやれ、この王子様は開きかけの蕾を指でめくるが如く慎重な扱いが必要らしい。

「心は男なんだろう? じゃあ大丈夫。口づけは心でするもんだ」


 どちらが先に動いたか分からなかった。けれど私たちの唇は勢いよく重ね合わせられた。勢い余って数回、前歯がカチカチとぶつかったが、その後はスムーズに私の舌がロランの口に滑り込み、尻込みしていたロランの舌の動きもすぐに激しくなって私の中に入っていった。ロランの鼓動が激しくなり過ぎて、舌さえも脈打っている。長い口づけのあいだ呼吸が止まっていた私たちは、一旦口を離して大きく呼吸した。顔を近づけすぎていたせいでロランの熱い吐息が私の胸に入り込み、媚薬のように脳天から爪先までを痺れさせる。お互いの呼吸を交換するような激しい呼吸をした後、ロランはまだ息が整っていないにもかかわらず再び口を重ね始め、そのまま私の上半身をベッドに押し倒し、シャツを脱がせて首筋に口づけをしながらジーンズを脱がし始めた。私もロランのシャツを脱がしたが、ロランは胸をあまり見られたくなかったらしくサラシを腕で隠して動きを止めてしまった。私は「大丈夫」という表情でロランの腕を解き、自分の首に腕を回させまた口づけを始め、ロランのもう片方の手を取り自分の下着に手をかけさせた。


 私はロランの手で全裸でベッドに投げ出されたになったが、結局ロランは服を脱ぐのが嫌なようなのでそのままにしておいた。彼は月明かりで照らされた私の体を眺めてから、首から順々に下の方へと口づけと愛撫を重ねる。美貌のエルフに丁重に扱われると、まるで自分が御伽噺のお姫様になった気になって、思わず笑いが溢れてしまった。


 男とやるのとでは随分と勝手が違ったが、夜が白むまで私たちは何度も抱き合い、小鳥のさえずりを聞く頃にはクタクタに疲れ、ベッドの上でどこも隠すことなくお互いに体を預けて眠っていた。

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