第2話 銃砲店主 ミズ・モンロー
イスナが目的とする店は、この違法区域のかなり奥まった所にあった。
目的地の近くまで来た所でふと、前に来た時にはなかった店に気が付く。
その店は外からではなんの店か分からなかった。
「うん?」
前はなんの店があったろうか? イスナはしばし考えたが、どうしても思い出せないので諦め先に進もうとした。
「おおーい! そこいくお嬢さん。いい掘り出し物があるよ!」
そう言ってイスナを引き留めるのは、いかにも怪しい風体の男だった。この違法区画にいる者で怪しくない者がいるのかはさて置くとして。
イスナはジト目でその怪しい男を見やる。
薄汚れた白衣を羽織り、決してイスナも人の事を言えた義理ではないが、ボサボサの髪はもしや金髪だったのであろうか?
その見た目の割に、眼鏡だけは綺麗に手入れされており、商人というより学者といった面持であった。
イスナが立ち止まった事で興味を引けたと思ったのか、男は店先に置いてあったワゴンに商品を並べ出す。
その男が並べた物は、すべてが薬品であった。
「これはさる大きな大学病院で研究され、まだ市場には出回ってない薬でね……」
それは臨床実験が済んでないただの未完成品なのでは?
イスナはツッコミたかったが面倒くさそうなのでやめておいた。
面倒事はゴメンである。 平和に生きたいものだ。
イスナがそんな事を考えているとはつゆ知らず、男は喜々として商品の説明を続ける。
「そしてこれが! 通常の解熱剤の数倍の効果のある新型の薬で……」
特に気になる物もないかと、イスナは立ち去ろうとした。
「ちなみにこれは知る人ぞ知る、かのアカツキ研究所と呼ばれる所で開発さ」
男が言い終えるかどうかといった瞬間、イスナは何時の間にか引き抜いた
「お前、なんでアカツキ研究所の名前を知っている? 答えろ!」
いまは自分以外は研究所の関係者しか知らないはずの名前を知っている謎の男。
まわりには人が
だが、男は拳銃を突き付けられているにも拘らず冷静だった。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。
男は名乗っていないにも関わらずイスナの名前、苗字までも答えた。
コイツ、殺す!
危険信号が頭の中で鳴り響く。 いつもイスナの命を救ってきた音に身を任せ
「おお怖い怖い! 躊躇なく引き金引こうとしましたね? 本当に怖い子だなぁ」
男はどこかおどけた様子でイスナから離れると羽織っていた白衣を脱ぎ捨てた。
男が白衣のしたに身に着けていたのはショートジャケットに下はスラックスといった服装だった。 そして、店先に掛けてあったマニッシュ ハットをかぶるとイスナの方を向いた。
「まだ動けないよね? オーケーオーケ-! では今のうちに自己紹介を! 僕の名前は帽子屋! まあ覚えておいて」
どうにか、動かない身体を動かそうと四苦八苦するイスナの姿を確認し、帽子屋と名乗った男はそう言った後、イスナに先ほど新型の解熱剤と言った薬を左手に握らせるとヒラヒラと手を振り人込みの中に消えていった。
そこで
いるのはこちらを窺う
「うら! 見世物じゃないぞ、散れ散れ!」
イスナが
完全に
アカツキ研究所。 イスナにとっては、悪夢としか言えない記憶の中でのみあるその名前。
そして……
まったく、この新型の解熱薬とやらがなんだっての。
イスナはポケットに無造作にその薬を突っ込むと、本来の目的地へと向かうのだった。
イスナの目的地。 それがここ
本音を言えばここには来たくなかった。
だが背に腹は代えられない。 意を決してイスナは、なにやら痛むお腹を押さえつつ
店内はおよそ銃砲店というイメージからはかけ離れていた。
店のいたる所にマネキンが飾られ、それらはとてもかわいらしいガーリーな服であったり、マニッシュな女性服を着ていた。
他にもかわいらしい小物などが店に所せましと、だが綺麗にセンス良く整理されて並べられている。
銃が置いてある棚は店の一番奥にあった。
銃自体は棚に直に並んでいるのではなく、そこにあるのはフォログラフの映像であった。
イスナはその場所に歩を進めると、何故か喫茶店のようなカウンターになっており、そこに立っているこの店のオーナーに近づく。
「あらん? イスナちゃんじゃな~い! おひさしぶりねぇ~」
この店のオーナー。ミズ・モンローはそう言って腰をくねらせた。 ミズ・モンローである。 決してミスターと呼んではいけない。
ミズ・モンローは、普通にしていればかなりのイケメンであろう彫の深い顔だちに金髪を角刈りにしていて、その化粧も決して厚化粧という物ではなくセンスよくその顔を彩っている。
体格は、すらりとしたスタイルのいい筋肉質なアスリート体型をマニッシュな服で着飾っている。
全てが高いセンスで揃えられている。 だが、なぜかそのすべてが少しずつずれてしまっている印象を受ける
ミズ・モンロー。 それは非常に残念な人であった。
「あーミズ・モンローお久しぶり」
イスナは、引きつりそうになる頬をなけなしの、ミリ単位しかない精神力で抑え込んだ。
「本当にごぶさたよ~! で? 今日は何の用? イスナちゃんの
ミズ・モンローの畳掛けるような質問に
「いんや。なんか仕事ください」
イスナはそう言って手を出す。
「あら? 委員会のお仕事は? それにこの前結構な大物倒したわよね?」
イスナの身も蓋もない言葉に苦笑を浮かべながら、ミズ・モンローがさらに問う。
そう言われイスナは苦虫を噛み潰したような表情になると、ため息交じりに言った。
「あいつら報酬出し渋るから……」
あらまぁと、ミズ・モンローは袖で口元を隠す。
その後、ちょっと待っててね~と言って店の奥に引っ込んだ。
ミズ・モンローが戻ってくるまでの間、見るとはなしに店内を見ていた。
銃砲店として見れば品揃えも豊富で整備も行き届いている。
洋服店として見ても、イスナにはその良し悪しはよく分からないが上等な物で揃えられているのだろう。
小物に至るまでセンスが光っている。
それぞれが一流の店。 しかし合わさると普通の人が近寄らないマニア向けのお店に早変わり。
なぜこんな内容の店になったのか分からんと、考えるのをあきらめた。
程なくしてミズ・モンローはなにやら数枚の書類を持って帰って来た。
「とりあえずこれだけの依頼があるわ~」
ミズ・モンローは、そう言ってカウンターに持ってきた書類を並べる。
ここは銃砲店ではあるが、洋服屋でもあるが……他にも幻獣処理の依頼を斡旋する場でもあった。
主に管理委員会から回されてきた依頼であったが。
どれどれと、イスナはそれを覗き込む。
それらは主に強力な幻獣であったり、特殊能力が非常に厄介な物ばかりであった。
「うへっなに? マンティコアとかいんの!?」
一つの書類を見ていたイスナがそう言って驚きの声を上げた。
マンティコア。 それは伝説によると顔は人間でその身体は赤いトラのよう、その尾は毒のあるサソリであるという。
人肉を好んで食べることから人食いの異名を持つ。
『幻獣落ち』となったモノも大体は同じ姿で、その強さも格別である。
「それね~、実はその依頼イシバシさんのチームが受けたんだけど……失敗しちゃてねぇ」
そう言うとミズ・モンローは軽く目を伏せた。
「イシバシのおっさんが?」
イシバシはイスナが生まれる前より狩人をやっていたベテラン中のベテランである。
チームはその時壊滅的な被害を出したと言うが、イシバシは辛うじて無事だと言う
しかし、ベテランのイシバシが失敗したとなると……
「よしそれはパスで!」
当然、面倒くさいのは却下である。
次はどれだと、他の依頼を見るが、なかなか良さげな値段の仕事がない。
そして最後の依頼は。
「お! これいいじゃん」
トロールの処理依頼。 トロールとは、身の丈3メートルを超す巨体でそれに見合った怪力を持ちその凄まじい回復力は脅威的であるが知能は低い。
イスナにとっては組しやすい相手でもある。
「あ! ちょ~と待ってね?」
そう言うとミズ・モンローは親指と小指を伸ばした状態の左手を耳にやり、なにやら話出した。
電話機能の付いた
これはごく一般的な
しばらくして話し終えたミズ・モンローはイスナが手にした書類を奪うとカウンターの引き出しに仕舞う。
「ちょ! なにすんの?」
イスナは慌ててその書類を取り戻そうとする。
「落ち着いて~イスナちゃん! これは今連絡があって処理が終わったのよ~」
ごめんね~と腰をくねらせながら謝るミズ・モンロー。
なるほど、それなら仕方ないともう一度他の書類を読むが……
どの依頼も小物すぎて、処理に掛かる弾薬の費用だけでトントンだ。
さらに、面倒な能力持ちばかり、毒持ちだったり幻覚使いであったりだ。なので、その対策で間違いなく赤字確定だろう。
「もう他にないの?」
そう言うイスナに申し訳なさそうにミズ・モンローは謝る。
「ごめんね~。 もう後はさっきのマンティコアのしかないのよ~。 でもそれを受けてくれたらアタシ報酬に色つけちゃうわよ~ん?」
どうするか? 正直面倒くさい。だが他に大した物もないし、何より時間がない。
家賃が払えなくて、大家のおばさんのその肥え太った腹に押しつぶされる幻視を見て震えおののくのだった。
「もうそれでいいよ」
諦めてマンティコアの処理依頼を受ける事にした。
イスナの能力的には処理自体は何の問題もないのだから。
ただ面倒くさそうなだけである。
「ありがとうね~! じゃあ連絡するわね?」
そう言うとミズ・モンローは嬉しそうに礼を言うと、再び電話を掛ける仕草をした。
「なにしてんの?」
イスナの問にミズ・モンローは答えた。
「イシバシさんに依頼を受ける人がいたら連絡するように言われてるのよぅ~」
うげぇ! とイスナは女の子にあるまじき呻き声を上げた。
やっぱり面倒くさいことになったと、イシバシのその厳つい冗談の通じない顔を思い出して、思わず天を仰ぐのであった。
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