第50話
二
建物の中に入ると、けたたましい騒音が耳を打つ。
がちゃがちゃ、ばたばたという連続音が、ひっきりなしに部屋を満たしていた。
広大な床に、見渡す限り
機械には無数の
時太郎とお花を引き立てた天狗は、その床机の一つに二人を連れて行った。目にも止まらぬ速さで打鍵を打ちまくっている天狗に声を掛ける。
「おい! ちょっと……
かちゃかちゃかちゃ、と打鍵をひとしきり打って、その天狗は顔を上げた。鼻にはちょこんと眼鏡を掛けている。その眼鏡を直し、上目遣いになった。
「はい、何か?」
両手を組み合わせた。
紐を握る天狗は口を開いた。
「こやつら、もしかしたら他国の間者かもしれぬ。急ぎ取り調べをしたいので、申請をしたいのだ」
「間者! それはまた、容易なりませぬ話でございますな!」
眼鏡の天狗は大仰に驚いて見せた。
「それでは申請書類として、被疑者の通行手形と査証を拝借いたしたい」
「それが二人とも、持っておらぬと申すのだ」
「なっ、なんと!」
ふたたび眼鏡の天狗は驚きの表情を見せた
「持っておらぬ、と仰せで。それで、この苦楽魔の結界にやってきたとは、なんと大胆不敵、傲岸不遜、
「おいおい!」
紐を握った天狗は呆れた。
「そんな面倒な手続き、必要なのか? 先週までは、もっと簡単だったぞ!」
「申し訳ございませんが、つい先週、窓口業務の改善がなされまして、必要な書類の数が増えました」
時太郎は我慢の限界だった。
「おいっ! おれたちの話を聞けよっ!」
時太郎の声は部屋の中で響き渡った。
ぴた、とそれまで引っきりなしに立てられていた打鍵を打つ音がやんだ。天狗たちは驚きの表情を浮かべ、時太郎を注目している。
「おれは、河童淵からきた時太郎! 水虎さまの〝お告げ〟でこの苦楽魔にやってくることになったんだ! それなのに、いきなり縄を掛けるなんて、ひどいじゃないか!」
しーんとした静寂が支配している。
ようやく、一人の天狗が立ち上がった。
「そこの小僧、河童淵の水虎、とか言わなかったか?」
「水虎?」という言葉が天狗たちの間で囁かれた。
「はて、どこかで聞いた覚えがあるような……」
紐を握った天狗が首を捻る。目を見開く。
「ああっ! お前たち、ひょっとして、あの河童淵から来たのか?」
お花は、ぷうっ、と河豚のように脹れた。
「だから、最初から言ってるじゃない! あたしたちは、河童淵の河童だって! 河童と天狗は、盟友の
「す、すまん!
そそくさと二人を縛っていた紐を解いて、帯にしまいこんだ。時太郎とお花は締め付けられていた腕を擦った。
が、天狗は、しげしげと時太郎を見つめた。
「そっちの娘はどうやら河童らしいな。背中に小さいが甲羅を持つ。しかし、そちらの小僧だが……」
上から下まで、じろじろと不躾に観察した。
「さて、頭の皿もないし、手には水掻きがない。河童だという証拠はあるのか?」
「おれの父さんは三郎太! れっきとした河童だぞ。だから、おれは河童だ!」
「三郎太? 河童の三郎太……。むう! その名前も聞いた覚えがあるな?」
首を捻る。
時太郎は三郎太が旅の前、天狗を訪ねたと言っていたことを思い出した。
「父さんは、おれの生まれる前に、苦楽魔に来たと言っていた」
「んー……」と唸って天狗はくるりと背を向けた。
振り返り、時太郎とお花に声を掛ける。
「従いてまいれ。調べてみよう!」
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