第10話

  五

「おぬし、わしらを尾けてまいったのか?」

 源二は緊張した声を上げていた。いつでも刀を抜けるよう、右手は柄に漂わせている。

 三郎太は、うっそりとした声で答えた。

「そんな面倒くさいことをするものか。あんたらに逃げるよう、忠告するため探していたんだ」

「逃げる? なぜじゃ!」

「この村の連中、あんたらを捕えようと、山狩りを始めるつもりだ」

 源二は意外な三郎太の言葉に、呆気にとられた。

「わしらを捕える? わしらが何をしたというのじゃ?」

 三郎太は笑い声を上げた。けけっ、というような甲高い笑い声である。

「源二さん、とか言ったな。あんた、水を求めるため、相手の言い値で金を払ったろう」

 三郎太の言葉に、源二は憤然となった。金を請求した百姓たちの顔を思い出し、腹が煮えくり返るのを覚える。

「当たり前じゃ! やつら、どうしても金を払わないと井戸を使わせないと言い張るから……」

「それが仇になったな。あんたが気前よく金を払ったもので、金を持っている二人連れが通る、という噂が、ぱっと広まった。せめて、少しでも値切っておけばいいものを。それに、そのお姫様だ」

 三郎太は時姫を見た。

「そこのお姫様、あまりに美しすぎる。そこらの悪所に売り飛ばせば、いい金になると考える奴らも出てきた」

 なにいっ……! と、源二は怒りに我を忘れていた。手は勝手に動いて、刀を抜き放っている。

 たたた……! と駆け出すのを三郎太が制した。

「待て、どうするつもりだ?」

 源二は喚いた。

「知れたこと! わしのことは良い。したが、姫さまに対し、そのような悪企みを抱くとは、許せん! 成敗してくれるわ!」

 三郎太は処置無し、と首を振った。

「あんたは、どうやら腕が立ちそうだ。村の者が束になったところで、とうてい敵うまい。しかし、噂になるぞ」

 ぴた、と源二の動きが止まった。

「噂? なんの噂じゃ?」

「綺麗な娘と、腕の立つ老人の二人連れ、という噂だよ。そのような剛の者、いったいどこから流れてきたのか、みな不審に思うだろうな。あんたら追われているのだろう? それなら、無用な噂の火種になる振る舞いは、避けるべきではないか」

 くくくく……と、源二は歯を食い縛っていた。悔しいが、三郎太の言葉は真を衝いている。どうにか気を落ち着かせ、源二は刀を鞘に戻した。

 三郎太は、じっと耳を傾けている。

「聞こえないか? 山狩りが始まったようだな」

 源二は伸び上がって耳を澄ませる

 暗闇に、微かに呼び交わす声が聞こえてくる。源二は声を聞き取るなり、焚火を踏みにじった。

 予想外の焦りに、汗がどっと噴き出してくる。

「源二……」

 時姫が声を震わせる。

 源二は焚火の始末に余念が無い。

 ようやく火が消えたのを確認して、源二は顔を上げた。火が消えたこの場所は、真の闇に包まれている。三郎太や時姫の姿も、黒々した塊にしか見えない。

「姫さま! 逃げまするぞ!」

 うん、とうなずいて時姫が立ち上がる気配。

 が、足音が乱れた。よろけたらしい。

 はっとなった源二だったが、時姫の腕を三郎太が先に支えていた。

 なにを……と言い掛けた源二だったが、次の三郎太の行動に言葉を失った。

「これでは走れんな。疲れ切っておる」

 いきなり三郎太は時姫を抱き上げた。

 はっ、と時姫の息を呑む気配。ついで激しい息遣いが聞こえた。姫も驚きで言葉が出ないのか。

「源二、走るぞ!」

 いつの間にか三郎太は、命令口調になっていた。

 一瞬、源二は刀を抜いて三郎太を一刀の下に斬り捨てようかと考えた。が、時姫が三郎太の腕にあることを思い出す。

 さっと三郎太は姫を抱えたまま走り出した。慌てて、後を追いかける。

 源二は、唇を噛みしめた。

 なんという後手に回るのか? これでは、この三郎太とか名乗る河童に、良いように鼻面を取って引き回されているだけではないか!

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