第348話最初の六人
「へ? その曲やったらみんなでやっとぉやん」
そう。この曲は器楽部員なら全員一年生の時から弾かされる課題曲だ。
何を今更……という気がしないでもない。
「全体練習では何度もやってますけど、『最初の六人』みたいにやりたいんです」
「最初の六人かぁ……なんかカッコウええなぁ。なんやアニメに出てきそうなネーミングやな……ってそれってどういう意味?」
と僕は笑って聞いた。
恵子は一瞬戸惑ったような表情を見せて
「千龍さんや彩音さん……この器楽部を立ち上げた『最初の六人』ってことですよ」
と教えてくれた後、少し呆れたような表情を見せた。
「ああ、そういうことね」
と僕は恵子の説明で納得した。そのまんまの意味だった。ひねりも何もなさ過ぎて逆にピンとこなかった。
そもそも器楽部を立ち上げた先輩達と僕たちが、後輩からそう呼ばれていること自体さえ知らなかった。
恵子の言わんとする事は理解できたが
「それなら恵子がピアノ弾いたらええやん。お前なら弾けるやろ?」
と彼女がピアノを幼い頃から続けていることを思い出して聞いた。六人チームを作るだけなら別に僕が入らなくたってできる。ありがたい誘いだったが、わざわざ僕に声をかけてくる意味がまだ腑に落ちなかった。
「いえ。先輩たちにピアノを弾いてもらいたいんです」
と恵子は首を振った。
「先輩たち?」
僕が訝(いぶか)し気に聞き返すと
「はい。あと冴子部長と宏美先輩にもお願いしています」
と恵子は答えた。
「え? 冴子と宏美にも? 二人にはもう言うたん?」
意外な答えだった。
「はい。ほかのメンバーがお願いしに行ってます」
「へぇ……」
詳しく恵子に聞くと、どうやら後輩たち……それも二年生を中心のこの企みは、何人かでチームを組んで各々が僕たち三年生とカノンを共演するという事だった。
「三年生と一緒にやる機会はあまりないです。私たちがまだ力不足で、先輩たちと釣り合わないのは分かっています。今の三年生は実力者揃いなのでこんなお願いするのはおこがましい様な気もしますが、こんな機会はもう人生で二度とないと思います。それに……部長も今年はヴァイオリンでコンクールに挑戦されるみたいやし……チャンスは今しかないと……」
恵子のこの言葉を聞いて僕は卒部式での彩音さんの会話を思い出した。
『良かったぁ……先輩として何も教える事もなく終わったようで、ちょっと申し訳なかったからそれを聞いてほっとした』
その時の彩音さんの笑顔も思い出した。
――そうやなぁ……三年やねんなぁ……最後の年かぁ……彩音さんなら何て言ったかなぁ……考えるまでもなかったな……あかん! 彩音さんのあの笑顔を思い出したらこみ上げてきそうや――
「そうやな。ええで。やろか」
と僕は心の動揺を抑えながら恵子に応えた。
あの先輩たちならこう答えただろう。僕も先輩たちともっともっと一緒に演奏したかった。
恵子の顔を見つめながら、また彩音さんの顔が浮かんでいて懐かしさがこみ上げてきたのは誰にも内緒だ。
「ホンマですか!」
恵子は驚いたようにそして嬉しそうに声を上げた。
「なんや? 自分から頼んでおいて……」
「いや、先輩……オーケストラとの共演もあるし……私ら後輩とそんな時間はないとか……言われるかなと思っていたんで……」
と慌てて恵子は言い訳じみた台詞を口にした。
「俺を何やと思ってんねん。オーケストラの方は大丈夫や。基本的には部活が優先やからな。気にせんでええ」
と僕は応えた。彼女を安心させるためにもそう答えたが、答えながら僕自身も本気でそう思った。
「そうなんですね! じゃあ、先輩の気が変わん内にみんなに言うてきます」
と言って恵子は音楽室から飛び出していった。相変わらず思い立ったら行動が早い。
僕は笑いながら彼女が音楽室から出ていくのを見送った。
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