第320話オケショウ
「それは問題ないんや。みんなカラオケでこの声聞いたし……。それに元々うちのバンドのヴォーカルは、はっきりと決まってなかってん。だから取りあえず俺が歌っていたって感じやし」
と今度は翔が答えた。
「へ? そうなんや? じゃぁ、ずっとヴォーカルを探していたんや」
「探していたっていうか、良いのがいればって感じやってんけどな」
と翔は頷いた。
「そうかぁ……オケショウは仮のヴォーカルやったんやぁ」
翔のヴォーカルでも何ら問題は無いと思っていたが、彼女の声を聞いたらその認識は変わった。
と言うかこんなコミックバンドのヴォーカルなんて元々興味は無かったのだが、ぽっぽちゃんのヴォーカルなら話は別だ。興味が湧いた。
「おい! お化粧言うな。弓削翔や! なんでその呼び名を知ってんねん?」
とオケショウ……もとい弓削翔は急に声を荒らげて聞いてきた。
「そんなん和樹に教えてもろたんに決まってるやん」
と正直に僕は伝えた。初めて翔に話しかけられた後に和樹がそっと教えてくれた。思わず『なるほど』と深く納得して大笑いした事を思い出した。別に隠す程の事でもない。
「お前!」
とオケショウは和樹に食って掛かった。
「悪い、悪い。でもどうせ後で気が付くって。そんな判り易いあだ名」
と悪びれもせずに笑い飛ばしていた。和樹にとってもこの程度の認識だった。
「そりゃそうやけど……」
オケショウはまだ納得できないようだったが、それ以上は何も言わなかった。諦めが良いのか、今まで散々言われて反論しても無駄だと悟ったのかのどちらかだろう。
結局この日の昼休みはピアノの練習は諦め、このあと何曲かぽっぽちゃんの歌声に合わせて伴奏をして終わった。
ピアノの練習は全くできなかったが、彼女の歌声を聴けただけでも十分満足できる昼休みだった。
近くにこんな歌声の持ち主が居るなんて思ってもいなかった。
それにしても彼女の声は不思議な魅力を感じる声だった。
少なくともここにいる三人の男子高校生はがっちりとこの歌声で掴まれてしまっていた。
僕自身にとっても今まであまり経験が無かったヴォーカルの伴奏も貴重な体験だった。彼女の声域を確かめながらピアノを弾くという、相手の技量を測るようなピアノの弾き方は初めてだったので、僕は色々と考えながら楽しんでピアノを弾いていた。
彼女の声に合いそうな歌を想像しながら弾くのも新鮮な感覚だった。
こんな楽し気な催しはもう少し時間がある時にやりたかった。昼休みは思った以上に短い。
本当に気の利かない和樹とオケショウである。仕掛けるならもっと時間のある時に来い。
昼休みをギリギリまで使って僕たちは音楽室で彼女の歌声を堪能した。翔も一緒にハモったりしていたが、今までヴォーカルを担当していただけあって、ちょっと気怠いが個性的な声だった。嫌いな声ではない。
音楽室を出る時にぽっぽちゃんが
「藤崎君もこのバンドに入れば良いのに」
と小声で僕に言った。
「このコミックバンドにはちゃんとキーボード奏者はおるで」
と僕は応えた。
「そっかぁ。それは残念。じゃあ、ゲストで弾いてね」
と屈託のない笑顔で言った。
それを聞きつけた翔も
「せやせや。たまには一緒にセッションしようや!」
と言ってきた。
「まあ、ヒマがあったらね」
と受け流してはみたが、彼女の伴奏ならもう一度やってみたいなと思っていた。
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