第284話イングリッシュマン・イン・ニューヨーク

 感動の余韻が覚めない中

「では次の曲。スティングの『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』」

そう千龍さんが言うと音楽室はどよめいた。

この三人がそんなポップな曲を演奏するとは誰も想像していなかった。もちろん僕も同じだった。


「亮平、哲也、拓哉の三バカアニヲタトリオを見て、ちょっと僕たち三人もクラシック以外もやってみたくなったので挑戦してみました。彼らとは違った『大人の魅力』をお見せしたいと思います」

と言って千龍さんは笑った。


 これはこれで楽しみだった。僕は想像を裏切られた時点でもう早く聞きたくてうずうずしていた。

でも三バカは無いだろう……。哲也と拓哉はさておき、僕はバカではない。


 彩音さんがヴァイオリンをウクレレを持つように抱えて、指で弾くように音を出した。千龍さんがスタッカートで小刻みにリズムを取りながらヴィオラを鳴らす。石橋さんも弓ではなくピッキングでコントラバスを演奏し始めた。ここからしていつもの三人の演奏スタイルではない。ワクワクする。

間違いなくこれは『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』のイントロだ。


 彩音さんがヴァイオリンを肩に置き直して弾き始めると、女子が奇声に限りなく近い歓声を上げた。


それにつられて僕達も声を上げた。


静かにゆったりと漂う音の波、伸びのあるヴァイオリンの音がメロディラインをなぞる。


 そして2-コーラス目にそれにヴィオラが取って代わる。

まるでヴォーカルが二人いるように。千龍さんの言う『大人の魅力』よりも『上級生の余裕』を僕は感じていた。それはそれでなんだかとても眩しかった。


 コントラバスがアドリブを奏で始めた。それを他の二人が伴奏で支える。石橋さんが珍しく笑いながら少し照れたように弾いている。

本当に最後まで期待を裏切らない先輩達だ。


 三人は笑顔で顔を見合わせながら楽しそうに演奏していた。

僕たちはそれに手拍子で合わせたり、一緒に歌ったりハモったり、歓声と口笛で応えたりしていた。


 この時間をもっともっと共有していたかった。一緒に演奏している訳でもないが僕にとっては至福の時だった。



 気が付くといつの間にか僕の隣に瑞穂と哲也が座っていた。

「やっぱり基礎ができていると、何を演奏しても様になるよねぇ……」

と、瑞穂が感心したように呟いた。

僕と哲也はそれを聞いて大きく頷いた。


――もっとあの先輩達と関わって一緒に演奏すべきやったなぁ――


と後悔にも似た寂しさを感じていた。


 それにしてもこの意外性の演奏は隠し技過ぎる……。多分このイケている先輩達はそれを狙ってこれを演奏していたのだろう。


 終わった後はアンコールの拍手が鳴りやまなかった。

三人の奏者はお互いにハイタッチで喜びを分かち合っていた。

石橋さんと千龍さんに挟まれて、彩音さんはとてもいい表情で笑っていた。それがとっても羨ましかった。

 時間は僕たちの都合では動いてくれない。先輩たちがアンコールに応える時間は無かった。しかし後輩たちはそれならばと、我先にとこの三人の先輩の姿をできる限り残そうと携帯電話を向けていた。


 そこへ僕と哲也と瑞穂が花束を持って三人の前に立った。やはり最後に花束を贈呈するのは僕達三人だ。これだけは他の部員には譲れない。もちろん彩音さんに花束を渡したのは瑞穂だった。


そして最後に三年生の最後のお別れの言葉が待っていた。

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