第260話 オヤジの背中
気が付いたら、僕は家のベッドで寝かされていた。起きたら元旦の朝……いや、正確には昼過ぎだった。
頭が痛い。気分が悪いが、吐くほどではなかった。
――どうやって家まで帰ってきたんやったっけ?――
僕は記憶の糸をゆっくりと辿った。
――ああ、そうや。オヤジが僕を背負って連れて帰ってくれたんやったわ――
ベッドで横になったまま昨夜の帰り道を思い出していた。
完全にグロッキー状態の僕はオヤジに背負われて宏美と一緒に帰ったんだった。
先に宏美を自宅に見送ってからオヤジは僕を家まで背負って連れて帰ってくれた。
「ガキのくせに一気に飲むからや」
というオヤジの言葉を背中越しに聞きながら
「母さんが飲ませるから……」
と僕は力なくそう応えた。我ながら本当に情けない。
「ふん、まあ、お母さんは昔から酒癖が悪かったからな」
とオヤジは諦めたように鼻で笑った。オヤジは何度もオフクロの絡み酒の現場に遭遇したんだろうな。聞かなくても分かる。
「ごめん……酔っ払って……」
「まあ、気にすんな。ありゃぁ交通事故みたいなもんやわ。しゃぁない……でもええ飲みっぷりやったな……」
とオヤジは笑った。
「あれぐらいなら大丈夫だと思ったんやけどなぁ」
オヤジの背中は暖かかった。
「まだまだ酒を語るのには経験不足やな」
とオヤジはまた笑った。
そして
「でもこの歳になってこうやってお前を背負う事になるなんて思わんかったなぁ……」
としみじみと言った。
「俺も思わんかった……」
「そりゃそうやろ。まあ、あの頃はお前はまだ生まれて間がなかったからなぁ。やっと首が座ったころには別れとったしな……背負うなんて事はなかったわ」
とオヤジは言った。
「そうなんや」
「ああ。ちなみに父さんは小学二年生の時にお前と同じ目に遭わされてんけどな」
「同じ目?」
「ああ、お前の爺さんに正月に酒を飲まされてな。それが案外美味しくて図に乗って一合ぐらい飲まされてしもうて、気が付いたら地球が回っとったわ」
「それ、今の俺やん……」
「そうやな。親子で同じ目に遭っとるわ」
「そっかぁ……親子かぁ」
「ああ、血は争えんな」
そう言うとオヤジはどこか楽しそうに笑った。
オヤジの背中は広かった。オヤジの肩に顎を乗せるように僕は背負われていた。
「母さんは?」
「まだ飲んどる。ああなったら止まらへんからな。今日はとことん飲むんとちゃうか?」
「そうなんや……」
聞いたもののオフクロの事はもうどうでも良かった。
地球は相変わらずに回っているのに、オヤジの背中の上で僕は心地よかった。気分が悪いはずなのに、同時に安心感に包まれていた。
オヤジは僕の家に着くと
「ベッドに下ろそか?」
と聞いてきた。
「ううん、リビングでええ……水……飲みたい」
オヤジは僕を背負ったままリビングの扉を開けた。
「この部屋に入るのも何年振りやろかぁ?」
とオヤジは呟いた。
――そうかぁ、オヤジもこの家に住んどったんや――
全く機能していない頭でそんな事を僕は思っていた。
オヤジは僕をリビングのソファの上にゆっくり下ろすと、キッチンから水の入ったコップを持ってきてくれた。
「このピアノまだ使ってんのや」
オヤジはコップを僕に手渡しながらそう言った。
「うん」
僕は受け取ったコップに口をつけると一気に飲んだ。水が美味しい。この冷たさもありがたい。
オヤジは黙ってピアノの蓋を開けて鍵盤をポロンと鳴らした。
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