第225話 父と子
「で、二人そろってどうしたん?」
と僕はグラスにコーラーを注ぎながら拓哉と哲也に問いかけた。
二人は黙っていた。どう話を切り出して良いのか分からないような空気を感じた。
「宮田と北田の件かぁ?」
と僕の方から話を振ってみた。
「うん。そうや。よう分かったな」
と哲也が応えた。
――やっぱりそうか――
「まぁな。俺は勘がええからな」
「そうかぁ?……」
哲也はそれには納得していないようだ。失礼な奴だ。
「北田はともかく宮田と何かあったんかぁ?」
と僕は隣に座る哲也の頭越しに拓哉に聞いた。
「うん。ちょっとな。一応お前にもちゃんと言うとかなあかんかなって思ってな」
と応えたのは拓哉ではなく哲也だった。
「宮田も中学時代は吹部やったんや。中学校の合同練習でたっくんとは知り合ったんらしいんや」
哲也の話を要約するとこうだった。
國香中学校の拓哉と元町中学校の宮田は吹奏楽部の合同練習で顔見知りになった。
中学校の吹奏楽部でコントラバスがいるところは珍しく、同じパートという事もあって色々と二人は中学校時代から情報のやり取りをしていた様だ。
たまたま同じ高校に進学して拓哉は宮田に誘われて吹奏楽部に入部したらしい。
「まあ、たっくんが吹部辞めて宮田がコンバス一人になって苦労したって事やろ? それって北田がわざわざたっくんに嫌味を言いに来るほどの事かぁ?……」
と僕は素朴な疑問を哲也にぶつけた。
「そうや。それ自体は何でもないねん。確かに北田が言うように二人いたコンバスが一人になったら低音の厚みが薄くなるのは仕方ないにしても、そんなもんをいちいち言いに来るようなもんやない」
もっともな意見だった。僕もそう思っていた。
「じゃあ、なんで北田はあんな言い方したんや?」
「はぁ、それなんやけどな。実は宮田は自分が部長になって吹部を昔みたいな強豪校にしたかったみたいやねん」
と、ため息交じりで哲也は言った。さっきから拓哉は全然口を開かない。隣で黙って哲也のいう事を聞いていた。
「ホンマに?」
意外な話に少し驚きながら僕は哲也に聞き返した。
「ああ、ホンマや」
「だったらうちなんかに来んで、他の強豪校に行ったらええやん」
「まあ、言ってしまえばそう言う事になるねんけどな」
「たっくん、それ知ってたんかぁ?」
と僕は拓哉に確認した。
「ああ、知ってた」
と拓哉はひとことで応えた。
「じゃあ、なんでお前は辞めたんや? 今の三年が抜けたからお前らの天下やんか? 現に宮田は部長になっとるし……」
「宮田や北田や俺だけで強豪校になれたら苦労せんわ。あいつら夢を見過ぎやわ」
と、取ってつけたような薄笑いを浮かべて拓哉が言った。
「ちゃうやろ。たっくん。お前が一番それを考えとったんとちゃうんか?」
と哲也が拓哉に諭す様に言った。
「……」
拓哉は黙ったままだった。
「俺が言うぞ」
と哲也が拓哉に断ってから僕に向かって語り始めた。
「え?……あぁ……」
拓哉は、できれば言って欲しくないみたいな顔をしていたが哲也は構わずに話し出した。
「本気で宮田と北田とたっくんは全国を目指せる部にしたかったんや」
「なのに、何故辞めた?」
「実はな、こいつのオトンな、去年の夏に交通事故で亡くなったんや」
「え?」
僕は予想外の話で一瞬哲也が何を言っているのか分からなかった。
「うちの吹部の市大会を見に来る途中で事故に遭ったんや」
「嘘……」
僕は思わず呟いてしまった。
「ホンマ……」
「だよな……」
僕はくだらない受け応えをしてしまった事を後悔した。
「こいつはそん時に『自分が吹部に入らなかたら父親は死なずに済んだ』とか思ってもうて、そのまま吹部を辞めてしもうたんや」
「なんも、辞めんでもええやろに……」
「その時は頭が一杯やったんや。部活に行く気にもなれんかったし……」
と拓哉がボソッと言った。
「そっかぁ……」
「暫くはコンバスを見るのも嫌やった」
拓哉はコーラの入ったグラスを見つめて言った。
「そうなんや……」
拓哉は彼の父親とは仲が良かったんだろうなと、彼の顔を見ながら僕は思った。
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