第76話 プレゼント

「そんなオーラは飛ばしてへんぞぉ」

と聞き慣れた声がした。


 振り向くとそこには安藤さんと仁美さんが立っていた。

いつの間にか安藤さんは仁王立ちで僕たちを見下ろしていた。


「よぉここにおるんが分かったなぁ」

オヤジは笑いながら安藤さんに聞いた。


「アホ。毎年大晦日はここにおるやろうが」

と安藤さんはうんざりした表情を見せて言った。


「あ、そうか」


 オヤジは素で忘れているのかとぼけているだけなのか、よく分からない時がある。

今がまさにそう。


「お前、ちょっと俺たちが奥に行ってる間に帰りやがって。気ぃ使い過ぎや」

と安藤さんはオヤジの肩に手をやってから

「で、変な与太話を広めんなよな。オーラなんか出してへんからな」

と言っておやじの首を絞めた。見事にチョークスリーパーホールドが決まっていた。


「いやいや、そんな事はないぞぉ。確かにビンビンに感じたぞぉ」

と首を絞められながらもオヤジは、相変わらず安藤さんたちを貶めようとしたいた。


「二人で奥に入ったのはこれをお前に渡すためや」

そう言って安藤さんはオヤジの首から手を離すとリボンの付いた紙袋を渡した。


「なんやこれ?」


「お前、今日、元旦が誕生日やろ」


「え? そうやったっけ?」


「何忘れてんねん。ホンマにめでたいやっちゃな」

安藤さんは呆れながら笑っていた。


「ここ数年誰にも言われた事なかったから忘れとったわ」

と言いながらオヤジは変な苦笑いをしていた。


 そうか、オヤジの誕生日は正月やったんだ。はじめて知った。オフクロを見ると我関せずと言わんばかりに無言でこんにゃくを食っていた。


「で、仁美と相談して独りぼっちで可哀想な一平君に誕生日プレゼントを渡そうとしたら、さっさと帰ってやがったからわざわざここまで持ってきてやったんや」

と安藤さんはそう言うと隣の席から空いていた丸椅子を引き寄せて仁美さんにそれを勧めた。それから改て新しい丸椅子を引き寄せオヤジの横に座った。


「これ開けてええか?」

オヤジはなんだか照れているようだった。

「なんやろう?」

とか言いながら結構嬉しそうだった。


 紙袋から出てきたのは包装紙に包まれたそれほど大きくない箱だった。オヤジはその包装紙を丁寧に破って箱を空けた。出てきたのは平べったい金属製の水筒みたいなボトルだった。

「お、これスキットルやんか」

オヤジは驚いたように声をあげた。


「そうや。お前結構スキットル集めとるやろ」


「よう知っとるな……まあ、集めてとると言うほどでもないけど、この形好きなんやなぁ。見てて飽きひんしな」

オヤジはそう言いながら安藤さんたちからもらったスキットルを目の前にかざしていろいろな角度から見ていた。


「やっぱりピュータースキットルはええなぁ。形がおしゃれやな。これにはやっぱりスコッチが合うな」

オヤジはこのプレゼントを気に入ったようだ。


「グレンフィディックなんか合いそうやな」

安藤さんさすがバーテンダーらしい一言を添えた。


「中身は入ってないんかい?」

スキットルを軽く振りながら、すかさずオヤジは突っ込んだ。


「そんなもん自分で入れんかい」

安藤さんは即座に否定した。

相変わらずこの二人の呼吸は新年を迎えても変わらない。阿吽の呼吸だと感心してしまった。


「まあええわ。これで飲むと酒が美味いんやなぁ。でもグレンフィディックみないなそんなええ酒でなくてもええ。ジョニ赤かJ&Bあたりでも充分美味い酒になるわ」

屋台の裸電球にスキットルをかざすとキラキラと綺麗に輝いた。


「へぇ、ちょっと俺にも見せてや」

と安藤さんとオヤジの会話に鈴原さんも寄ってきた。どうやら鈴原さんの琴線にもこのスキットルは触れたようだ。


 冴子や宏美はそれほど興味は無いようだったが、実は僕も見せて欲しいと思っていた。

スキットルを手に取った鈴原さんは暫くそれを眺めて

「なかなかええ感じのボトルやなぁ」

と言いながら僕にそのボトルを渡してくれた。


鈴原さんもこのボトルが気に入っていたようだ。


「それはなピンダーピュータースキットル言うて英国製のスキットルや。それにな蒸留酒を入れて持ち運ぶんや。夜空を眺めながらそれで飲むとまた美味いんやなぁ……これが」

とオヤジが僕に教えてくれた。


 だから英国絡みでスコッチなのか……僕は合点がいった。そして酒飲みの拘りはどこでも同じなんだろうなと思った。こういう細かいところを拘るのも楽しみの一つなんだろうなぁと何となく思った。


 

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