第67話 道化の登場

 ――処刑開始まであと一時間に迫った。 



 広場には数多くの群衆が、公開処刑を一目見ようと詰めかけてざわついている。

 金網に囲まれた舞台の上では、いつでも処刑ができるように体裁が整えてあった。

 そして十分、二十分と時が過ぎ、開始時間が近づくにつれて緊迫感が募っていく。

 そこへさらなるざわつきが起こり、その原因は一目瞭然だった。



 ――謀反人・グレイクがやってきたのである。



 煤けたボロボロの衣を纏い、酷く憔悴した様子を見せる男。絶望感に苛まれている彼を見て、群衆たちの中から哀痛の声が漏れている。



 逞しく山のようにどっしりと構えた彼しか知らない民たちは、一様にして憐みの視線を向けていた。

 中にはその痛々しいまでの姿に対し涙をする者や怒りに震える者もいる。



 しかしそれでもグレイクの瞳だけは真っ直ぐ前を見据え生気を失っていない。

 手枷と足枷を嵌められながら、多くの兵に囲まれていても、ゆっくりと歩を進める彼の足取りには力強いものを感じられた。



「これから死ぬというのに、微塵も恐怖を見せないとはさすがとでも言おうか、グレイク将軍? いや、元将軍、かな」



 グレイクの後ろから声をかけるのは――イオム。隣には籠に乗って運ばれているガンプ王の姿もある。



「何とでも言え。俺はどんな目に合わされても自分の意志を貫くだけだ」

「へぇ、泣き喚かないと人質の安全が保障できないって言っても?」

「貴様ぁ……っ」

「おぉ怖い、冗談だよ。さすがにそこまでは求めてないさ。ただあなたがあまりにも強情だからついからかいたくなっただけ」



 これから処刑なのにニヤついているのは彼――イオムだけだろう。心底楽しそうな雰囲気を醸し出す彼は最早異様としか言えなかった。



 グレイクは舞台の上に上がらされ、そのままギロチンに首をセットされてしまう。



「最後まで抵抗しないのは潔いというか愚かというか。人間はもっと慌てふためくものだと思うけど」



 落ち着き払ったグレイクの態度に若干訝しむイオムに対し、グレイクはニヤリと笑う。



「言ったろ、俺は最後まで俺自身を貫く。ちょっとでもてめえが喜ぶことなんてしてたまるか」

「…………ふぅん」



 氷のような冷たい視線がグレイクを射抜く。立場は圧倒的にグレイクが最低なはずが、心情では明らかにグレイクの方が勝っているように感じられる。



 それが気にくわないのか、イオムもどこか不愉快そうだ。



「……グレイク、最後に何か言い残すことはあるかい?」



 そう問うのはガンプ王であった。この期においても表情一つ変えない。



「王よ。俺は国に生き、国に死ぬ。この姿、しかと記憶に刻まれよ」

「グレイク……ッ」



 その瞬間、確かにガンプの瞳が揺れ動いた。しかしそれに気づく者はいない。



「ガンプ王、そのような謀反人にお声をかける必要はありません」

「む、そうだねイオム。お主が言うことはいつも正しい」



 やはり盲目的に彼はイオムを信用しているのは一見して明らか。

 イオムが一歩前に出て大きく息を吸う。



 そして――。



「【リンドン王国】に住まう方々よ、お待たせしてすまない! 此度、処刑見届け人として王の傍仕えを承ったイオム・オルクである!」



 彼の存在はあまり大っぴらにされていなかったようで、民たちからも様々な声が飛び交っている。

 まだ若いのにこのような重要な場面で王よりも先に発言を許されていることに驚いているのだろう。



 ただ王が何も言わないことに、イオムがただならぬ者だということは悟っているようだ。



「事前に提示した通り、ここにいるグレイク・ドライセンは国を……王を裏切り、この国を攻め落とす算段を他国としていた凶悪な謀反人である! また以前にも彼は王のお言葉に耳を傾けず、自国の民たちの危険を煽るような発言もし降格されもした。恐らくはこれが引き金となったのだろう。しかし王は正しい裁きを下したに過ぎない! それを謂れなき罪と称し、この者は謀反を企てて国を乗っ取ろうとした! まさに神をも恐れぬ行為だ!」



 よく通るイオムの声に、群衆たちは聞き惚れているような表情を浮かべている。



 それをグレイクは反論のせずにただただ聞いているだけなので、イオムの言うことが正しいのだと民たちも思い始めているのだ。



「あなたたち民をも裏切った彼には正しい報いを与えなければならない! 確かに彼は先代からの重臣であり、国のために尽力してくれただろう。しかし自国の民を想う現王の治世に不満を覚え、その地位に納得できずに結局このようなことをしてしまった。我らも心苦しいが、彼のような存在を今後出さないためにも断腸の思いでもって処断しなければならないのである!」



 本当によく回る口である。一片のよどみもなく言い連ねていく様は、優秀な政治家のように思えた。



 民の中には反論をしたそうな者たちもいるが、口にしてしまえばどうなるか分かって噤んでしまっているのだろう。何せ重臣のグレイクすら処刑するような王なのだから。



 だが小声で「先王ならこんなことには……」や「グレイクさんが謀反なんて……」などと小声で聞こえないように呟いている。

 やはり不満の声は間違いなく存在しているようだ。



 そんな群衆の様子を見てイオムがニヤリと笑みを浮かべ、右手を高々に上げる。



「では謀反人に報いを――」



 ――しかし。






「――アーッハッハッハッハッハッハッハ!」






 どこかから聞こえる甲高い笑い声。

 当然イオムも言葉を止めて固まってしまっており、民たちも戸惑いながら声の主を探している。



「お、おい! あそこぉ!」

「本当だ! 誰かいるぞ!」

「何だアイツは!?」



 と、口々にある場所を指差した民が叫ぶ。



 彼らの視線の先は、ちょうど処刑台の向かいにある建物の屋根の上。広場を見渡せる場所に立つ一人の人物に全員が注目をしていた。

 ほとんどの者が、その人物の格好を見て言葉を失っている。



 何故なら奇抜としか言いようのない酷く目立つ風貌をしていたからだ。

 赤や白、黄色や黄緑など複数の色がついた服や装飾を身に付け、顔はおしろいでも塗ったかのように真っ白で、巨大な赤っ鼻をしており明らかに異様とも言える姿である



 そう、それはまるで――。



「レディースエ――――ンジェントルメ――――ンッ!」



 サーカスのピエロそのものである。



 この世界にサーカスが存在しているとは思えない。故に声を張り上げ注目を浴びている人物を奇異な視線が釘付けだ。



「な、何者だ! 今がどのような時か知って上での行為か!」



 そう怒鳴るのは、見せ場を完全に奪われた形になったイオムだ。



「おやおやぁ、これはこれはさすがはこの【リンドン王国】の国王様でございまーす!」

「「は?」」



 キョトンとしたのは、イオムだけでなくガンプ王もだ。



「己の側近であるイオム殿にまで、此度の計画を秘密になさっていたとは。余程悪戯好きな方とお見受け致します!」



 民たちも呆然とする中、



「これは演出! そう! そちらの国王様がご用意された演出なのでございます!」



 次第にざわつき始める群衆。



「すべてはそう! 民たちを楽しませるために国王様がお考えになられたイベントだったのでーす!」

「お、おいお前! 一体何を――」

「おぉっと、イオム殿! 何も知らないあなたは、ただこのイベントを楽しまれることをご提案しましょう!」

「は、はあ?」

「さあ皆々様! まだご理解頂けていない方もおられるでしょう! まずは自己紹介をさせて頂きましょう! わたくしはガンプ王様のたっての願いのため、此度にイベントを盛り上げさせて頂くピエロと申します!」



 ピエロはニヤッと笑みを浮かべて小さく呟く。



「さぁて、全員を化かそうか」

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