第63話 グレイクの見解

 ――地下牢。



 まさか今度は牢屋番から囚人にグレードダウンするとは思わなかった。

 この国に仕えて二十年くらいになる。



 粉骨砕身で国のために、王のために、民のために働いてきた。 



 グレイク・ドライセンという名も、そこそこ世間に浸透するくらいに武の道で力を振るってきたのだ。

 しかし、先代が逝去し現国王になってから徐々に環境が変わっていった。



 いや、確かに現国王はどこか自国主義的な感じではあったが、今みたいに酷くはなかったのである。

 それもすべてはあの――少年軍師を気取るイオム・オルクが数か月前に来てからだ。



 あの時から一気に国の歯車が狂い出したような気がする。

 それからは徹底的な自国主義を貫き、近隣の村々の賊討伐要求ですら何かと理由をつけて断る始末。



 さすがに帝からの要求には逆らわないようだが、それでも自国外の環境を守ろうという意志が格段に薄くなったのは事実だ。



 自国が維持できるのは、外の環境が整っているからに他ならない。だからこそ、外にも目を向けて守るべき視野を広げよと王に進言したが、王の……いや、イオムの気に障ったようで降格されてしまったのだ。

 そもそも何故最近仕官してきた少年を重用したのか。



 それにはある理由がある。数か月前にガンプ王が近隣の町まで視察に行った時のこと。

 町が賊に襲われたのだ。いやそれは正しくないだろう。



 賊の狙いはガンプ王の首だった。



 当然俺や兵士たちは王を守る盾となり槍となって賊を討伐する。しかし最初から襲撃を計画していたのか、用意周到に罠も張り巡らされており、ガンプ王が孤立してしまったのだ。

 そこを賊が襲い、その凶刃が彼の喉元へ突きつけられようとしたその時――イオムが現れガンプ王の命を救ったのである。



 そこからイオムがガンプ王に策を授け、賊を瞬く間に一掃してしまった。



 それからというもの、イオムの才に惚れ込んだガンプ王は彼を傍に置き、全幅の信頼を預けるようになったのである。

 恐らくその事件からだろう。ガンプ王が、ちゃんと守れなかった俺の武将としての価値を低く見始めたのは。



 確かにイオムは優秀だ。俺にはない知恵があり、物知りでもある。

 政治的手腕もきっと俺より比べものにならないほど高いものを持っているだろう。



 最初は俺も彼を仲間として迎え入れていたが、同時に不安もあった。

 何故ならイオムは、自分の授けた策通りに動けなかった者を平気で処罰するのだ。さすがに処刑まではしなかったが、減俸や罰金、酷い場合は追放などもあった。



 彼は王から刑罰権を譲渡されており、誰も文句は言えなかったのだ。

 しかし俺は彼に面と向かって少し処罰内容を緩める申し出をした――が、



『役に立たない奴は、いくら磨いたところでゴミのままだよ』



 と冷酷に言い放った。



 それから彼を信じられず、俺は信頼できる部下に彼の周囲を探るように言ったのだ。

 そこで明らかになったのは、彼が自分に従わない者を裏で何人も殺している事実を突き止めた。

 しかし証拠は手に出来ず、結局今日までイオムの思い通りのまま来てしまったのである。



「はぁぁぁ……。何でこんなことになっちまったんだ……っ」



 久々に会ったビコウという商人の少女に見切りをつけろと言われたが、恐らく彼女だけでなく俺の立場を知れば誰もがそう言うだろう。



 現に古参の仲間だった連中も軒並み辞めていったのは確かだ。



 でもガンプ王も今みたいに問答無用で強硬策を取るような方ではなかったんだがな……。



 やはりイオムが側近になってから変わりに変わってしまったような気がする。

 彼が来る前は、まだ俺の話を聞いてくれていたはずなのだ。



「イオム・オルク……一体アイツは何者なんだ?」



 調べたところ出自も今までの歴史すらも情報がほとんどなかった。



 分かったのは大陸を旅していて見分を広めている最中だったということ。ガンプ王に見初められて士官したが、彼が真に国や民を思っているような人物ではないような気がするのだ。

 以前にもこう言われたことがある。



『民草から税を徴収し、その金で戦を起こす。それが国主のあるべき姿だと思わないかい?』



 そんなものが国主の在るべき姿であってたまるか。

 俺は心からそう反論した。民を守るために戦を起こさせない努力をするのが国主なのだ。しかし彼は笑って言い返す。



『ククク、戦は人の本能だよ。戦って、戦って、それが生きるってことを実感させてくれる。あなたも戦って血を流し、敵を殺し、生きてきたから今の地位があるんでしょ?』



 そう言って彼は去っていった。



 確かに関所の防衛役を任されたのは、それまでの実績があるから。侵略者たちを殺し、民を、国を守ったからこその立場だ。

 だがそれでも戦うことが人の本能だなどと思いたくはない。



「だってよぉ、そんなんじゃ悲しいじゃねえか……」

「何が悲しいんですか?」

「争いばかりの人生が、だ」

「はぁ、そうですね。わたしもそれは嫌です」

「だよな。けど……こんな乱世じゃしょうがねえのかもしんねえけど…………って、へ?」



 今気づいたけど俺誰かと会話してるぅ!? この部屋は俺だけしかいねえはずなのに!?



 咄嗟に声のしていた方へ顔を向けるとそこには――。



「あ、どうもです、グレイクさん」



 一人の少女がチョコンと座っていた。



「! じょ、嬢ちゃんは……確かビコウのって……何でここにいるんだ?」

「えっと、できれば大きな声を出さないでほしいです」

「おっと、悪い悪い……じゃねえ! 一体どこから入って!?」

「あ~と、わたしはこう見えて幽霊なので」

「ゆ、幽霊……だと?」

「はい! だからこうして壁を擦り抜けることも」



 そう言いながら手を壁へと伸ばして擦り抜けることを証明する。



「幽霊……? こんなハッキリと……?」

「五百年以上も幽霊やってると大抵のことができるようになっちゃいました」



 曰く、物も触れるし料理や洗濯、魔術だって使おうと思えばできるらしい。



「はは……何だよそりゃ。おったまげた存在だなおい」



 今まで幽霊を見たことなど無かったが、まさか初めて見るのが規格外の幽霊だとは思わなかった。邪気すら一欠けらも感じないし、普通の少女のようにしか見えない。




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