第61話 情報共有

 カヤちゃんが城へ向かってから三十分以上は経った。

 次第にイライラが募り焦り始めているビーが、



「なあボーやん、ホンマに大丈夫なんか!? まだ帰ってこぉへんで!」

「それだけカヤちゃんも慎重に――っ!?」

「ど、どないしたん、急に城を見よって」



 理由は簡単だ。それは〝外道札〟が発動した感覚を得たから。



 十中八九カヤちゃんが発動させたはずだ。いや、発動させたのか、勝手に発動したのかは分からないが。



 ともかく札が効果を発揮しないといけない場面にカヤちゃんが出くわしたということだろう。

 目を凝らして城を見ていると、その上空からフワフワと何かがこちらに向かってくる気配を感じた。



「ふぃぃぃぃ~っ、ボータさぁぁぁぁぁんっ!」

「おわっとぉぉっ!?」



 何故か涙目のカヤちゃんが、俺の胸に突撃してきた。そのまま俺は尻餅をついたが、カヤちゃんは泣きながら俺の背に手を回してガッチリホールド状態だ。



「カヤ!? 無事やったんやなぁ!」

「おかえり~、カヤ~!」

「うむ、大事なさそうで良かった」



 ビー、ポチ、ヴェッカもカヤちゃんが無事に帰ってきてくれてホッとしている様子だ。

 しかしどうして彼女が泣いているのか分からず、とりあえず落ち着かせてみる。



「一体何があったんだ、カヤちゃん?」

「う、うぅ……こわがっだんでずぅぅ~」



 彼女が泣きながらも、謁見の間で見たことを教えてくれた。

 そして、イオムって奴にもう少しで殺されるところだった、ということも。



「そっか。悪いなカヤちゃん。ちょっと無謀な策だった。本当にごめん!」

「い、いえ! いいんです! わ、わたしも皆さんのために何かしたかったですから……それに、ちゃんとボータさんの力が守ってくれましたし」



 そう言ってくれるのは嬉しいが、これは俺の落ち度だ。



 まさかイオムが完全穏行状態のカヤちゃんを感知できるとは予想外過ぎた。保険として札を持たせておいて本当に良かったというところである。



「くそ、せやけどふざけてんで、そのイオムって奴は! そのグレイクのサインが押してあるっちゅう書状もニセモンに決まっとる!」

「そうだな。かの武人がたとえ謀反を企てようと、そのような些末なやり方で書状を送るとは思えぬ。そもそもそのような大きな企みをするのであれば、実際に協力者となる者と会って解答を示すべきだ」



 ヴェッカの見解は俺も賛同できる。間者に引き抜きOKの書状を渡したとイオムは言っていたらしいが、そんなことをしなくともとりあえず言質だけで了承して、後日実際に会って手を固めるという手段が普通だろう。



 とてつもなくバカでない限り、そのような安易な方法は取らないと思う。



 なら導き出されるのは――。



「偽証……だろうな。どうやらイオムはグレイクのおっちゃんっていう存在が煩わしいのかもしれねぇ」

「ふざけよって! 気に入らんなら正々堂々と真正面から打ち負かして認めさすくらいの気概を見せぇっちゅうねん!」



 いや、さすがにそこまで熱血なやり方もどうかと思うが。



 しかしビーの気持ちも分かる。心を許している相手が、謂れのない罪に着せられようとしているのだから。



「しかし極刑、ですか。穏やかではないですな」



 正義感溢れるヴェッカの顔も不愉快気に歪んでいる。



「日程は分かんねぇんだよな?」

「はい、そこまでは。すみません」

「謝らなくてもいいって。カヤちゃんのお蔭でいろんなことが分かったんだしな。あんがとな」



 まだ傍にいるカヤちゃんの頭を撫でてやると、普段ポチにした時のように「えへへ~」と嬉しそうに彼女の顔が緩んだ。



「ああもう我慢でけへん! こうなったら無理矢理地下牢に行って――」

「ちょい待ち」

「あっくっ、襟首掴まんといてぇなボーやん! ちょっと息が止まったやんかぁ!」

「それは悪い。けどちょっと待てって」

「何でや! 早く助けてやらんと処刑されるんやで!」

「今すぐどうこうってことにはならねぇって」

「何でそないなこと分かんねん!」

「かつての重臣を……いや、今でも民や兵士に慕われてる者を処刑するってのは大事だ。処刑する側だって慎重をきする必要がある」

「……そうなん?」



 俺は深く頷いてから、皆に聞かせるように説明する。



「慕われている人物が処刑されるって聞くと、反発勢力だって黙っていない。それが普通だろ?」



 皆がコクコクと首肯する。



「国側としては、そういう反対勢力は潰しておきたい。今後の憂いを失くすためにな。だから最後まで利用するはずだ」

「……どういうことなん、ボーやん?」

「つまり、恐らくだけどグレイクの処刑は――――公開されるはずだ」

「こ、公開処刑っちゅうことかいな!?」

「そ、そんな……酷いです」



 怒りを露わにするビーとは対照的に、カヤちゃんの瞳は悲しみで溢れていた。明らかにグレイクに感情移入している。謁見の間でグレイクに触れて、さらに彼が良い人だということを知ったのかもしれない。



「公開処刑をして、民たち、兵たちに知らしめるんだ。刃向えば、たとえ重臣といえどこうなる、ってな」

「ですがボータ殿、反対勢力がその機を狙うということも考えられますし、処刑は秘密裏に行われるのでは?」

「それはないぞ、ヴェッカ」

「ほう、それはどうしてですかな?」

「人質がいるから」

「! なるほど……」



 ヴェッカは分かったようだが、他の三人はキョトンとしている。



「カヤちゃんから聞いた情報じゃ、グレイクの妻が人質にされてるんだろ?」

「そ、そっか! もし処刑日に事を起こせば、嫁はんも殺すって脅すわけやな!」

「ああ。だからグレイクを慕ってる連中も下手に動けないと思う。まあ、妻を見捨ててもグレイクを助けるっつう選択もできることはできるけど」



 ただその可能性はないように思える。カヤちゃんが潜入している間、ヴェッカたちに街での情報収集を頼んでいた。主にグレイクの周辺について、だ。

 結果、彼は非常に愛妻家で家族思い。人情深く懐の大きな誰もに慕われる傑物だということ。



 もし自分を助けるために妻が死ねばどうだろうか。彼は立ち直れなくなるのでは?



 そうでなくとも、彼を慕っている人物がその妻を犠牲にする方法を取れるだろうか。



 それに、関所防衛役から牢屋番に降格された時、それに文句を言った連中も処断されたとの話だ。そこである程度、グレイクを慕っている中核の連中は処分された可能性が非常に高い。



 残ってるのは実際に行動を起こせないタイプの連中かもしれねぇしな。



 いくら王の行いに不満を持っていたとしても、それを声に出して咎めたり反発行動を起こせる者は少ない。何故なら死のリスクがとても高いのだから。



「ほならどうせぇっちゅうねん! やっぱり無理矢理でも助け出した方が良いんとちゃうか!」

「……誰を?」

「誰をって、グレイクに決まってるやんけ!」

「それは順番が違う」

「へ? じゅ、順番?」

「そう、順番」



 まだ俺の言いたいことが分かっていないのか、ビーは目を見開いたまま考え込んでいる。



 そこへ手助けしたのはヴェッカだ。



「ビー殿、公開処刑で行動を起こせない理由を思い出してみるといい」

「それは…………っ!?」

「どうやら気づいたようですな。そう、グレイク殿を安心して助け出すには、まず彼の妻を人質から解放するべきなのですよ。そうですな、ボータ殿」

「ん、そういうこと」



 俺はニッと白い歯を見せながら頷いた。


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