第3話;黙秘者
警察は、何の進展も持たないまま時間を費やしていた。1つ可能性を見つけたとすれば、3つの事件で殺害された男が、空き巣や強盗、スリの常習犯であったと言う事だけだ。
男の部屋を調査したところ、床下に隠されたいた金品が、全て盗品である事が発覚した。
管理人も、被害者の男を不思議に思っていた。男は、数年前に住み着いた頃から無職だったが、それでも家賃の滞納はなかった。夜勤をしている人間なのか、若しくは、財産に余裕があるのか?とも思ったが、蓋を開けてみると家賃や生活費は全て、他人から強奪した金品で補われていた。
しかしこの事が、事件の解決の糸口になる事はなかった。
警察はこの事実を知った時、殺人事件は、悪事を働く者に裁きを下す、自警団の振りをするグループ、若しくは単体の人物による仕業だと考えた。
しかし前に殺害された2人の男は職を持っており、過去に犯罪歴があったり、家宅捜査をした際にそれを連想させるような証拠品が見つかったりはしなかった。特に最初に殺された男には妻子がいて、同じ会社の同僚や上司からは、真面目かどうかは分からないが、罪を犯すような性格には見えないと聞かされている。
結局警察は、新たに得た情報を事件と関連させる事が出来なかった。
無理からの共通点を挙げるとすれば、3人は同世代の人間であると言う事だけだ。ただ、その共通点を挙げたところで、これもまた犯人に結び付くものでもない。
警察は徐々に、この連続殺人事件は怨恨などとは無縁の、無差別殺人だと考え始めた。
若しくは、犯人は何らかの理由で40代前後の男性に対して恨みを持っており、それを動機に殺人を繰り返している。そう考えた。
ただ、それにしても結局、犯人像を割り出す事は出来ない。
佐藤は念の為に、3人目の被害者と吉田を絡めてみた。彼が盗難されたり強盗されたりした経歴はないか?そこで何かに恨みを抱いていないか?までを周囲の人間から尋ねる事にした。
しかしそこでも収穫はなく、八方塞がりの調査は続いた。
やがて…4件目の殺人事件が発生した。警察の努力も虚しく、犯人は次の犯行に及んだのだ。
今回の事件でも40代の男が喉元を鋭利な刃物で切られ、大量の血を流して死んでいた。3つの殺人事件と、同じ手口だ。
今回の殺害は、早朝の路上で行われた。
4人目の被害者は新聞配達の仕事をしており、朝刊の配達をしている最中に後ろから何者かに捕らえられ、喉元を深く切られた。
残念ながら犯行は空も明けない時間帯に行われたので、周囲には目撃者が誰1人としていなかった。これまでと同じく今回も、目撃者を見つけ出す事は出来なかったのである。事件当日の前後にも、近辺で怪しい者を見たと言う証言を得られなかった。
周囲に誰もいなかったせいか、今回の死体にはレインコートは被されておらず、同じくして犯人の物と思われる体毛や皮膚は採取されなかった。
全ての事件において犯人が犯行に及ぶ際の準備は、余りにも用意周到過ぎた。担当の刑事の数人は、この事件を殺し屋の仕業だと言い出すほど、高い巧妙さが見られた。
しかし犯行の手口や凶器は4つの事件、全て一貫して同じで、いよいよ全ての連続殺人が同じ犯人、若しくは犯行グループの仕業だと断定された。少なくとも使用された凶器は、全て同一の物であると予測された。
安田には、腑に落ちない部分があった。これまでの調査で、どの事件においても犯人の体毛や皮膚が見つかっていないのだ。
一般的に、被害者は殺害される時、防衛本能が働くはずだ。その為、加害者を掴んだり、引っ掻いたりするものである。しかし周囲の遺留品からは勿論の事、被害者の手の爪の間などからも、犯人の体毛や皮膚が見つからない。
恐らく被害者本人らも気付かない内に加害者の接近を許し、余りにも短い間に殺害されたと考える他なかった。実際、被害者らの傷痕を見ると余りにも鋭利な刃物で切られており、その傷は見事に急所を捕らえ、たった1つの傷で死に至らしめている。喉元の大動脈を見事に切り裂き、被害者を死に追いやっていたのだ。
目撃者の1人も出さない、指紋なども残さない綿密さ、与えた傷の殺傷度の高さは安田の頭にも、殺し屋の犯行だと思わせる程であった。
一方、吉田は再び困り始めていた。彼は調査対象から外されていたのだが、安田と佐藤は勿論、マスコミの目からも監視を受けた。
特にマスコミは、隠れて監視する佐藤に比べて積極的で、アルバイト先や大学の校舎では周囲の人間にも取材を求め、外を出歩く姿を何度か尾行したり写真を撮ったりしていた。
彼をよく知る人間は吉田を不憫に思ったが、彼の事をよく知らない人間は吉田を恐れたり、蔑んだ眼差しで見たりした。
吉田は神経が衰弱していたが、しかし実はこの事が、吉田のアリバイを実証する材料となった。4つ目の事件が終わった後の、マスコミの反応が薄れたのだ。
吉田はこの事件当日、自宅であるワンルームマンションで過しており、次の日の朝まで一歩も外に出なかった事がマスコミと、そして佐藤の張り込みによって証明された。
勿論、グループでの犯行の場合を考えると吉田は容疑者であり、共犯者であると言う疑いは晴れないのだが、少なくとも単独犯であると言う疑いは晴れたのだ。
そして4つ目の事件が起きた後、警察に1人の男から連絡が入った。自分の身を守って欲しいと言う。
男は警察署の管轄内、つまり幾つかの殺人現場から遠くない場所に住む男で、アルバイトで生計を立てており、年齢は30代後半であった。
男は、どうやら連続殺人事件に関連がある様子で、次は自分の身が危ないと、助けを求めて来たのだ。
安田と佐藤は早速、男から事情を聞く事にした。
男は4つ目の現場からそう離れていないアパートに住んでおり、殺害された4人目の男だけでなく、全ての被害者の顔を知っていると話した。
2人は男に強く迫った。男から犯人や、殺人の動機を聞き出せると思ったのだ。
しかし男は頑なに拒み、ただただ自分の身柄を守ってくれと訴えた。
「捜査に、ご協力をお願いします。」
「それは出来ない。でも、間違いなく俺は狙われるんだ。今度は俺の番なんだ。頼む!俺を守ってくれ!何なら、ブタ箱に放り込んでくれても構わない!犯人が逮捕されるまでは、俺を守ってくれ!」
「だから…事件の解決を求めるんなら、あんたが何故狙われているかを教えてくれても良いでしょうが?今のところ警察では、犯人の殺害動機や人物像を特定出来ていないんだ。あんたの協力があれば、事件は早期に解決するかも知れないんだぞ?」
「……。」
安田は男の要求を受け入れる態度を取りながら、事件への協力を求めた。
しかしそれでも男の態度は頑なで、安田は呆れ果てた。
留置場にでも放り込んでくれと頼むが、実際、理由もないのに人を留置場に入れたり、保護したりする事は出来ない。
ただ、男は取り調べ中、ずっと後ろめたそうな表情をしており、明らかに事件と関係のある人間と思えた。
「あんたね?何も話せないってなら、警察がそれで動けるとでも思ってるの?犯人が誰なのか分かっているなら、さっさとそれを教えなさいよ。」
「……。」
安田が苛立ちを覚え、男に愛想悪く振舞う。
数回の要請にも拘らず何の証言もしないこの男を、安田は愉快犯だと考え始めていた。
世間は、連続殺人の話題に盛り上がっていた。吉田への視線は薄れたものの、それでも巷ではこの事件への関心が高かった。質問に対して何も言わないのに、自分をかくまってくれと言うこの男は、世間の話題に便乗したいだけの目立ちたがり屋なのか、若しくは警察をからかっている、ただの愉快犯なのか、そのどちらにしか見えなかった。
「それは…言えない……。でも、俺が狙われるのは間違いないんだ!仲間が…殺された。これまでの被害者は、俺の仲間だったんだ。」
「……!?」
男と2人は、同じような問答を繰り返していた。
安田と佐藤が、そろそろこの男を事件とは関連がない人物と見て、警察署から追い出そうとした時、男の方から、さっきまでとは少し違った証言が出て来た。
男は警察署に訪れた時、被害者全員を知っているとだけ伝えた。それがこの場に及んで、『仲間』だったと言い出したのだ。
この言葉に、安田と佐藤は噛み付いた。どうしても被害者同士の関係を洗い出したかった。それが出来れば、犯人の姿も見え始めるのだ。
「どう言う関係だったんだ?あんたと被害者は、何処でどう繋がっていた!?」
安田は男の襟元を掴み、興奮していた。
しかし男にはそこまでを言うつもりはないようで、口を滑らせた事に焦り、最後まで被害者らとの関係性を明かす事はなかった。
「ふざけるな!警察はお前みたいな愉快犯と、付き合っている暇はないんだ!佐藤!こいつを摘み出せ!」
口を割る事もせず、ただただ守ってくれと嘆願する男を、安田はただの愉快犯であると判断し、襟元を掴んだ両手で突き飛ばし、佐藤に指示して署から追い出す事にした。
被害者らが自分の仲間だと言った事も、薄れ出した2人の関心を引き出したいが為についた嘘かも知れない。
「待ってくれ!本当なんだ!次は俺の番なんだ!」
男は必死に訴えたが、それが演技にしか見えなくなった安田は耳を貸さなかった。男は捜査の協力をするどころか、身を守って欲しいと言う要望以外に、何も口にしないのだ。警察が、それで動けるものではない。
男は外へと案内する佐藤の腕にしがみ付き、腰を落として訴え続けたが、流石の佐藤もこの男の非協力的な態度に呆れ、親身にならなかった。
やがて数ヶ月が経過し、あれ程頻繁に起こった殺人事件も鳴りを潜めた。犯人逮捕は遂げなければならない警察だが、それでも事件が落ち着いた様子を見せたので安心していた。
そして警察は、自分を守って欲しいと訴えた男は、やはり愉快犯だったのだと断定した。男もあの日以来、身柄の保護を要請して来なくなった。
しかし、ここから事件は動き始めた。警察や、そして警察をからかった男までもが緊張を失い始めた頃、5人目の男が命を落としたのだ。
犯行の手口もこれまでと同様で、鋭利な刃物で喉元を深く切られ、大量の血を流して死んだ。
今回の被害者は1人目と同様、運搬業に従事していた。男は会社の倉庫に、早朝5時に出勤をし、荷物をトラックに運んだ後、納品先の倉庫へ向う予定だった。しかし車を走らせ、高速道路の入り口に侵入するまでの間に殺された。
倉庫から高速道路の入り口までの道は海沿いに敷かれた大型の道路で、片道車線が4本もある程の道路だった。近所には大型の貨物船が入る港もあり、国内外から様々な物品が運ばれていた。
この地域一帯は物流倉庫が多く存在し、徒歩で歩き回る人が非常に少ない、大型のトラックの往来が多い場所だったのだ。
そのような事情もあり、また、早朝の犯行でもあったので、今回もやはり目撃者は存在しなかった。
しかし今回の事件において、警察は重大な手掛かりを得る事になった。
物流倉庫は3つの棟で構成されており、敷地に進入する際に利用する出入り口と、各棟の出入り口には防犯カメラが設置されていた。
敷地の出入り口に設置された防犯カメラに、怪しい人物が映っていたのだ。
怪しい男は早朝の4時、まだ、誰も倉庫にいない時間帯に侵入した。しかし各棟に設置された防犯カメラには、その姿が映っていなかった。つまり男は倉庫の敷地には侵入したものの、3つある棟のどれにも立ち入っていない。
また、敷地から出た姿も確認出来なかった。被害者が来る前にここを訪れ、被害者が出社したタイミングでトラックに乗り込み、男と一緒に敷地を出たものと推測される。
しかしここで、不可解な点が見つかる。被害者が運転していた車は敷地入り口のカメラにも、棟に設置されたカメラにも映っていたにも関わらず、怪しい男の姿は敷地入り口の防犯カメラで捕らえられただけなのだ。
つまり犯人が、どのタイミングで被害者のトラックに乗り込んだか分からないのだ。積荷をしている際に荷台に侵入したと考えるのが普通であるが、カメラからはその事実が立証出来ないのだ。
だが佐藤は倉庫に勤務する者達に聞き込みをし、その疑問を解くに至った。
被害者の男は、いや、ここで働く者達は同じくして行う習慣なのだが、荷物をトラックに移した後、プレハブ建ての簡易事務所で積荷の内訳を確認したり、そこに集まった同僚達と、小休憩を取ったりするらしいのだ。犯人はその隙に、トラックの荷台に侵入したと思われる。
そしてトラックが倉庫を出た後、大きな音を立てて被害者の気を引き、荷台を確認しに来た被害者は、そこで殺害されたものと推測出来た。
佐藤は、1つ目の殺人事件を思い出した。事件が起こる2週間前ほどから、現場周辺で怪しい男の目撃証言があった。
犯人は全ての犯行において、被害者の行動パターンを把握しているのだ。用意周到な計画を立て、完全犯行に挑んだのである。
これで、愉快犯の仕業ではないと断定出来る。愉快犯は、このような計画を立てるはずがないのだ。
「事件発生以前の、防犯カメラの映像も確認出来ますか?」
佐藤は倉庫管理者に言い寄り、過去の映像を手に入れた。
するとそこに、事件当日にも現れた怪しい男の姿が映った。当日に映った姿よりも鮮明だった。
「あれっ?この男は…。」
「?見覚えがありますか?」
映像を提供した、倉庫管理者が呟く。
「確か…仕事が欲しいと尋ねて来た男だ。突然現れてね…。どんな職場か知りたいって言うから、倉庫を案内した事がある。結局、もう1度現れる事はなかったけどね…。」
「……。」
カメラに映った怪しい男は、背丈で言うと170センチほどの痩せ型である事が確認された。そして鮮明に映ったその顔は、佐藤に見覚えがある顔をしていた。
(……まさか………。)
佐藤は、どうしても吉田の事を思い出さずにはいられなかった。
警察は今回の事件を先までのものと関連付け、同一犯の犯行であると断定した。しかし犯人は単独ではなく、グループの可能性が高いとの見解も下した。今回の事件が決定的な判断材料になったのだが、これほどの用意周到な犯罪を起こす為には、単独犯での行動では限界があるのだ。
勿論、殺し屋の仕業と言う噂も囁かれたが、あくまでそれは想像の範囲であり、犯人像を割り出す材料としては採用されなかった。
警察は同時に、吉田を調べ始めた。そしてマスコミも、改めて吉田の周辺を探る事になった。グループ犯行の可能性が高くなれば、その内の1人が吉田であると言う可能性は充分にあり得る。監視を受けていた4件目の事件では現場での目撃証言がなく、監視を受けていない今回の事件においては、またもや監視カメラで吉田と同じような体格の人間が捕らえられたのだ。
吉田は当然のように、再び警察から、更なる疑いを受ける事になった。
吉田は、事件当時には自宅で就寝中だったと訴えたが、その時には刑事の張り込みやマスコミの追跡がなく、それを証明してくれる人間はいなかった。佐藤もこの時は、吉田を監視していない。
また、吉田の周辺にいる人間が、グループの一員である可能性も否定出来ない。つまり、これまで吉田に有利な証言をして来た大学教授、同級生、アルバイト先の仲間も、犯人として見られ始めたのだ。
吉田の神経は、また衰弱し始めた。周囲の人間すらも吉田を犯人と考え、また、警察から疑われたと、彼を恨む人間も少なくなかった。
だが、それでも彼には味方が多い。彼は大学の授業だけでなく、個人的にもボランティアとして養護施設や介護施設に訪れ、その献身的な態度は評判だった。彼の事を本当によく知る人々は、決して彼を殺人者として考える事が出来なかった。
勿論、それまでもが吉田の用意周到な演技であった可能性も否定出来ない。
ただ、もう1度吉田の周辺を捜査する事にした警察は、彼の人格を再確認させられる。彼を遠ざける人も多い中、それでも彼を信じ続ける人は多いのだ。
同じ学科の者や同じマンションに住む人間、そして、彼を保護しようとする大学教授までもが取調べを受けた。しかし取調べを受けた人間の大半は、警察に対して腹を立てるものの吉田を恨む事はせず、むしろ取調べを受けている間も、自分の身の潔白よりも吉田の無罪を訴えた。
そして、5人目の男が殺害された日から3週間後、身柄をかくまって欲しいと訴えていた男が警察に連絡を寄越した。
男は5人目の被害者も自分の仲間だったと話し、そして、自分達の関係性を告白すると言って2人の前に現われたのだ。
そして遂に、犯人の人物像が浮かび上がる事になる。
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