第15話 ダイヤローグ -2

 彼女と話しているととてももどかしい気持ちになることがある。厳密には、話し終わった後。

 用意していた話題は話せない、そのくせ、話はとぎれることがなくて楽しくて。

 

 はじめて、彼女を見たときの第一印象が 「 魔女 」だったと告げた。すると彼女は「うわ、酷い」と眉間に皺を寄せて「いきなり和歌を詠みだす人よりはましだけど」と言った。


「返してくる方もよっぽどだと思うけどなあ」


「だって、折角、知ってるんだし、言いたくなるじゃない。返歌なんて返歌として口に出すことなんて人生においては天文学的確率よ」


「光年の尺度ですか。人知及ぶところではありませんなあ」


 こんな風に、噛みあっているのかいないのか際どい会話ばかり。


 用意していた話題を話せないまま、楽しいと思いつつももどかしくて、それでも時間は残酷で、時計を見るたびに一喜一憂を繰り返した。

 終電の時刻が迫ると、彼女も口数が少なくなった。まるで、その時を悟っているように。また明日、大学で会う。それをわかっているはずなのに、今日のサヨナラを言い出すのがとても辛くて、結局、今夜も終電ギリギリまで言い出せなかった。


 エントランスまで見送りに降りてくれた彼女が、別れ際。


「肉じゃがどうだった?ほら、関西って薄味って言うから」と言った。


「美味しかった。本当に、ずっごく美味しかったよ」と私はやや大げさに言った。

 

 本当に美味しかった。だから、そう率直に伝えたのだが、それだけではどうしても嘘っぽく感じて、でも、それしか言えなかった。


「ありがと。素直に喜んどくね」少し照れを隠して視線をはずした彼女は可愛かった。


「また明日」


「うん。おやすみ」


 小さく手を振る彼女に大きく手を振り返して、駅へ向かった。


 帰路の道すがらも家に帰って、眠りにつくまで、明日のことよりも、ずっと彼女と共に過ごした日々を回想していた。彼女と話したこと、彼女が不機嫌になった話題、私の失言。楚々とした彼女の仕草。




 その日の夜はとても心地よい眠りに落ちることができた。

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