第30話
地上を警戒している衛士たちはダフニが空から来ているとは思いもよらず、警戒は地上の変化だけに集中していた。真面目に警戒をしているおかげで逆に上空に意識を向けるものはおらず、ダフニは悠々と空を旋回しながらクロエの居場所を探った。
エーテル知覚で宮殿内を調査するとダフニの見覚えのない建物があることに気づいた。周囲には精霊が多く集まってきていてまるで精霊殿のようだった。
――何ですかな、あれは?
意識をその建物に集中して中の様子をうかがうと中にクロエがいた。それだけでなく、イリスや同じくらいの少年少女が10人ほどとアヴェンティ公爵とルキ、そして見知らぬ人物がもう一人いた。
――あれはもしかしてお父さまがなくなった後の会議の時の謎の人物ですかな。それより、クロエは何をしてるですかな。
さらにクロエの様子を注意してみると剣が肩を貫いて祭壇に刺さっていて大量の血を流し顔色が蒼白になっていた。
――! クロエっ!?
ダフニはクロエを助けようとその建物に向かって急降下したが、不意に体が左方向に5メートルほど大きく移動して、そのせいで着地のタイミングを取り損なって地面にこけて
「誰ですな!」
「ダフニ様。ルキ殿下の命でその身柄、拘束させていただきます」
そこに現れたのは宮廷魔導士副長、テミス=カピトリヌだった。もっともダフニは彼女の名前も顔も知らなかったのだが。
「そこを退くですな」
ダフニは中に浮かせたレールガンを全てテミスの方に向けて威嚇した。一応念のため、テミスに「魔導士A戦闘前」というラベルを付けて今の状態を記憶した。名前が分からないから魔導士Aだ。
「豊原に集いし
テミスの魔法の発動と同時にダフニは左に5メートル移動して、魔法は空振りに終わった。
と同時にダフニの方の無詠唱魔法が発動してテミスは強力な蔓によって手足と口を拘束されてしまった。口を拘束するのは魔法詠唱を防ぐための常套手段だ。だが、拘束したはずの蔓は即座にばらばらになって解けてしまった。
――無詠唱ですな。
宮廷魔導士副長ともなれば口が封じられた時の対策くらいは用意してあるということだ。再び戦闘態勢を取ろうとするテミスにダフニはすばやくレールガンを向けた。
「降伏するですな」
「誓約にて共にする精霊に……」
SHOOP SHOOP
「ぎゃっっ」
なおも詠唱を進めようとし、それが精霊魔法であることに気づいたダフニは躊躇なくレールガンの引き金を引いた。どんな魔法であれ精霊魔法を使われるのはリスクが高い。2つの銃身から放たれた弾丸は両太ももに命中し、テミスは叫び声を上げて地面に倒れ伏した。もう戦闘継続は不可能だろう。
――クロエ、今行くですな。
ダフニの眼中に倒れたテミスのことはすでになく、謎の建物に向けて駆け寄りレールガンで周囲を警戒しながらドアを開けた。
中は昼間であるのに暗く燭台の炎だけが中を照らしていた。中はある種の聖堂のようでありがらんとした室内に数本の飾り柱、そして中央に祭壇が置かれていた。クロエが剣で刺し貫かれていたのはまさにその祭壇だった。
「クロエ!」
「ダ、ダフニ……様!?」
クロエに駆け寄ろうとしたところで、ダフニの体は右前方に5メートルほど大きく跳躍した。魔法攻撃があったと気付いたダフニが左手を見るとそこにはアヴェンティ公爵、それより祭壇寄りにルキと謎の人物、逆の壁寄りにイリスを含む少年少女10人ほどが集まっていた。
「ダフニ、クロエを助けて!」
「ダフニ……様……逃げてください……」
イリスとクロエが同時に話すがダフニの答えは決まっている。
「クロエ、今そ……」
そう言いかけたところでダフニの体がまた跳躍する。
「邪魔をするなですな」
「それはこちらのセリフだ、ダフニよ」
魔法攻撃の主であるアヴェンティ公爵に向かってダフニが叫ぶと、その隣にいたルキが代わりに返事をした。
「ルキお兄さま、これは一体どういうことですかな?」
「今は神聖な儀式の最中だ。何人たりとも邪魔をすることは許されない」
「何の儀式ですかな?」
「ダフニ、ルキはその祭壇の上で人を殺しているのよ!」
イリスの叫びを聞いてよく見ると、暗がりになっていて気づかなかったが、祭壇の奥に身じろぎ一つしない人影が何人も倒れているのが分かった。エーテル知覚を強化するとそれは大人の男女で全て事切れていた。
「これを全てお主がやったですかな」
「全ては精霊に捧げる尊い犠牲だ」
「こんなことをして許されると思っているですかな!」
「私が王だ。私が正義なのだ」
ルキとダフニが言い合いをしているところへ、リピカがするりと出てきてルキを一目見るなり一言言った。
「わー、これはかなりやられちゃってるね」
「精神汚染のことですかな」
「それ以外何があるのさ」
ダフニの体がまた跳躍した。魔法攻撃だ。公爵の側に超合金ロボのようなものがいるのでそれが精霊なのに違いないと思われた。
――あの精霊に狙われていてはクロエに近づけないですな。私が避けても流れ弾にクロエが当たったら死んでしまうのですな。
超合金の魔法は真っ白な炎の形を取っていて、直撃を受けたところは燃えることなく一瞬で灰になって崩れていた。
クロエは肩に長剣が刺さったままの状態で放置されていて、刺さった剣のために身動きも取れず、止まらない出血のため意識を保つこともままならなくなっていた。
ダフニはまず公爵を取り押さえようと無詠唱魔法を放ったが、それはルキの使った無詠唱魔法により妨害されて公爵に届くことはなかった。
――ルキお兄さまはこんなに魔法がうまかったですかな?
ダフニとルキは直接の交流がほとんどなかったが、ルキが魔法の上級クラスに所属していたという話は聞いていない。上級クラスはゼフィルとダフニの2人だけだったはずだ。しかし、目の前のルキは明らかにダフニに匹敵する魔法の運用が可能なように見えた。
――まるで精霊が見えているようですな。
ルキは守りに専念して公爵が攻撃する。ダフニは自動回避で攻撃を避けながら公爵を無力化しようと試みるという展開で、状況は膠着状態に陥っていた。その間にもクロエは衰弱が進行していてダフニは気持ちばかりが焦っていた。
膠着状態を破ったのはルキの魔法だった。それまで防御一辺倒だったルキが攻撃に回ったのだ。
「うぐぁっ」
ルキはダフニの回避が規則的なことに気づいて移動先を予想して攻撃魔法を放ったのだった。プログラムの問題で回避中は次の攻撃魔法を検知しないのでさらなる回避が発動せず回避先で右腕に氷の槍の直撃を受けてしまった。
「そんな単純な回避でしのげると思っていたのか」
そうルキが言うや否や、千切れかかっていたダフニの右腕が勝手に修復された上、
――自動回復を作ってあってよかったですな。回避プログラムはもっと改良が必要ですな。しかし、困ったですな。
驚いて固まっているルキたちとは別に、ダフニも次の手が思いつかず動きを止めていた。早くクロエを回復させてやりたいが、その前に剣を抜いておかないとそのせいで何か起きては取り返しがつかない。しかし、クロエに近づく隙を見つけることができないのだ。
「ダフニ
「イフラートですかな!」
ダフニが声をかけると、ランタンが天井から落ちてきてスタッと着地を決めた。灼熱の精霊、イフラートだった。
「2対1とは卑怯でござる。拙者が助太刀いたすでござる」
そう言うと、ランタンは一目散に超合金ロボに飛び掛かって行って、マッチョランタンになってがっぷり四つに組んだ。
「筋肉は最強でござる」
――なぜ魔法で戦わないですかな!?
超合金は一言も話さないが、ランタンに対して引くつもりはないらしく馬鹿正直に力比べを受けて立つようだ。
「くそっ、急に魔法が!」
公爵は突然魔法が使えなくなったと何度も詠唱をやり直して騒ぎ始めた。ランタンとダフニが戦った時はランタンの魔法は問題なく発動していたのだが、今回の超合金はそれに比べると余裕がない状況なのだろう。
ダフニはこの絶好の隙を突いて、ルキと公爵に魔法をばらまいてクロエの下に魔法で移動した。
「痛いですけど我慢するですな」
「――!!!」
ぐっと力を込めると台座に刺さった剣は案外あっさりと抜けた。クロエはうめき声一つ上げずに堪えたが、強く歯を食いしばったせいで歯ぐきから出血していた。剣は肩の筋組織を切断していたため、右肩から先はぶらぶらとなっていて全く動かすことはできないようだった。
ダフニは続いて即座にRestore-To-Pastを使ってクロエの体をダフニと別れる直前に戻した。
「大丈夫だったですかな?」
「ダフニ様、これは一体?」
「話は後ですな。イリスと協力してみんなをここから逃がすですな」
「ダフニ様はどうするのですか?」
「私はみんなが逃げる間、ルキお兄さまたちを足止めするですな」
ダフニはそう言うと、無詠唱魔法を使ってクロエをイリスの方へと跳ばせた。同時にルキの魔法がダフニに向けて飛んでくるが、間一髪クロエはイリスの方へと跳躍した後で、ダフニは悠々と自動回避で魔法攻撃をかわした。
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