第22話

 「至急! 至急!」


 王宮に伝令が到着したのはその日の夕方だった。そして、その日の夜中に地竜が国境地帯の砦を突破して王都方面に向かって進み始めたとの報告が届いた。王宮は第一報を受けてすぐに地竜への対策を検討し始めた。


 ドラゴンという名で呼ばれる生物はいくつかあるが、どれも他の生物より頑丈な体を持っていて力が強いという特徴がある。その多くは大きな体を持ち人里離れた秘境に住んでいるが、中には人里近くに住んでいる種類もいてそれらは皆比較的小型で性格が穏やかであることが知られている。


 地竜というのは空を飛べず地面を走るタイプのドラゴンで、特殊能力も持たないので比較的御しやすい相手ではある。しかし、それでも中型ともなれば普通の人間の力では何人束でかかっても打ち倒すことは不可能だ。人口密集地への接近を阻止しつつ山へとお帰りいただくより対抗する術はないと言っていい。


 砦の兵士たちもその方針で対処しようとしたが、その地竜はひどく興奮していて近づく兵士たちをことごとく行動不能にしてから、最大の人口密集地である王都へ向かっていた。疾走時の最高速度は騎兵を超えるため、突破されてしまえば兵士が後ろから攻撃することは不可能だ。直ちに伝令を飛ばして進行方向の砦に地竜の接近を伝達するより他に術はなかった。


 「地竜は強い興奮状態にあるようです。このままでは暴走を止めることができないので、まずは興奮を治めることが必要です」

 「中型以上のドラゴンの生態についてはほとんど知られていません。過去100年ほどを見ても10回に満たない程度の目撃例があるのみで、いずれもすぐに山の奥へと戻っていっています」

 「伝説によればドラゴンを倒す時、樽100杯の酒を飲ませて酔い潰させることができたという話がありました。他の文献には、ドラゴンは甘いものが好きという情報が記載されていました」

 「騎乗用の小型の地竜は騎手が卵から孵る瞬間に目の前にいることで、騎手を親と誤認させて調教するということです」


 王宮ではさまざまな専門家がドラゴンについての情報を持ち寄って有効な対処法を検討していた。そして最終的に、まずは好物を与えることで興奮を鎮めようという結論となった。


 「別に、宮廷魔導士は最悪の事態に備えて地竜を無力化する方法の検討を大至急進めるように。以上」


 こうして急遽さまざまな種類の高級醸造酒蒸留酒を計100樽と街中のあらゆる甘味が集められ、最終防衛線とされた砦へと運び込まれた。



 「なぜ街に行けないですかな?」

 「すみません。詳しいことは分かりませんが、今朝急に王宮から本日の外出の予定を取りやめるようにとの指示が出ておりまして」


 ダフニは少し憤慨していた。今朝になって急に王宮から伝令が来て、以前から予定していた街への外出の予定を今朝になって急に中止にさせられたためだ。しかも、その理由が開示されていないことがダフニの不満を倍増させていた。


 「仕方ないですな。後で王宮に文句を言いに行くですな。今日は校内でレールガンの実験を進めるですな」

 「いえ、王宮からの指示は一切の外出を控えるようにという内容でして」

 「校内すらも禁止ですかな!?」


 ダフニの機嫌があからさまに悪いのを見て、王宮からの伝令は青い顔をしていた。しかし、ここでダフニに外出することを許してしまうと伝令の責任が問われることになってしまうため、腰が引けつつも禁止事項を正確に伝えるのだった。


 「庭に出ることくらいは許可されているですな。それともそれも禁止ですかな?」

 「庭まででしたら大丈夫です」


 ようやく許可が貰えたのでダフニは今日の予定をこのところ時間があまり取れなかった創造の魔法の研究に費やすことに決めた。伝令はようやくダフニが納得したので胸を撫で下ろしてさっさと帰って行った。


 創造の魔法は形を念じて魔法を使うとその形の物体が出現するというもので、形を念じる際にコンソール上で立体を描くことで複雑な形状の物体を生み出すこともできることがわかっていた。描く際に与える情報が詳細になるほど生み出した物体の現実感も増して、消えるまでの時間も伸びて行った。


 「ダフニ様、何かお探しですか?」

 「んー、ちょっと考えているですな」


 ダフニが部屋の中を物色し始めたので、クロエが手伝いを申し出た。しかし、ダフニ自身何を探しているのか考えながらだったので、クロエには頼まず一人で探し続けた。


 「これがいいですな」

 「何ですか?」

 「レールガンで使った鉄球ですな」

 「これをどうするんですか?」

 「コピーしてみるですな」


 創造の魔法は物体を正確に描くほどその物体が現実に定着しやすいという仮説をダフニは持っていた。これまでは想像力で物体を詳細に描き出そうとしていたが、今度は実物を目の前に置いた状態で複製することが可能かを確かめようというのだ。


 クロエの練習を見ながら創造の魔法の実験を進めていると、再び王宮からの使者が到着した。


 「ダフニ様、すぐに王宮へおいで下さい」

 「いきなりどういうことですかな?」

 「国境付近の山中で発見された地竜が王都に向かっています。先ほど最終防衛線とされていた砦を突破されて王都に到着するのは時間の問題と思われます。危険を避けるため、子爵以上の貴族とその家族には王宮への避難が勧告されました」

 「地竜ですかな!? サイズはどのくらいですかな?」

 「中型と聞いております」

 「なるほど、10メートルくらいですかな」

 「ダフニ様、何を考えているのですか?」

 「分かったですな。準備ができ次第王宮に向かうですな」


 クロエの質問には答えず使者を先に返してしまうと、ダフニは地図を広げた。


 「ダフニ様、何かよくないことを企んでいますね!」

 「人聞きが悪いですな。何もよくないことなんて考えていないですな」

 「そういう顔をしています」


 ダフニは思わず顔に手を当てて口元を隠した。


 「ほら、やっぱり」

 「誤解ですな」

 「付いて行きます」

 「……仕方ないですな」


 クロエの剣幕に折れて2人で向かった先はゼフィルの屋敷だった。ゼフィルの下にも使者は来ていたらしく、ちょうど王宮に向かおうとしているところだった。


 「ゼフィルお兄さま」

 「誰かと思えば我が闇の同胞はらからではないか。久しいな」

 「昨日会ったばかりですな。それより聞いたですかな?」

 「地を駆ける禍々しき羽と鱗なるか」


 ゼフィルの言う「羽と鱗」というのは伝承などで使われるドラゴンの異称だ。羽と鱗の両方を同時に持つ生き物はドラゴンしかいないというところから使われる名称だが、もちろん日常使われる言葉ではない。


 「そうですな。これからちょっと行ってその地竜をやっつけたらどうかと思うのですな」

 「貴様、いつの間に闇の力をそこまで引き出した?」

 「そうではないですな。やっつけるのはゼフィルお兄さまの方ですな」

 「えっ?」

 「10メートルくらいというのは力試しにはちょうどいいと思うのですな」

 「な、なるほど。だ、だが、ドラゴンの鱗は雷をも弾くという言い伝えがあるが……」

 「10メートルの巨体なら雷でも死なないということはありえるですな。でも、今日はレールガンの方の実験ですな」


 ドラゴンと戦うと聞いてちょっとひるんでいたゼフィルだが、ダフニがレールガンの話を持ち出して興味を覚えたようだ。


 「もしや、我の魔槍がついに完成したるか」

 「まだだけれど、工房にいけばきっと作りかけのものがあるですな。仕組みは単純だから自分たちでも組み立てて試し打ちくらいはできると思うですな」

 「くっくっく。この闇の支配者たる我に目を付けられるとは、不運なドラゴンなり。まずは我が魔槍グングナー・キンリングの完成を祝うにえとしてくれようぞ。ふはははは」

 「魔槍ではなくレールガンですな。それからまだ完成はしていないのですな」


 盛り上がるゼフィルを見て、クロエがダフニの耳元でささやいた。


 「あの、こういうと失礼かもしれませんが、ゼフィル様はなんというか少し、その……」

 「うむ。かなり中二病をこじらせているですな。でも魔法は本物ですな」

 「えっと、中二病??」


 その後、3人は街に出て鍛冶屋に向かい、作りかけのレールガンを強引に引き取って大型のリヤカーに乗せて郊外へと向かった。レールガンは組み立てると全長10メートル近くにもなるのでリヤカーで引いているとかなり人目を引いた。


 「地竜はあっちにいるですな」

 「我が闇の同胞はらからよ、どうしてそれが分かるか?」

 「見えるですな」


 いつも目を閉じたままのダフニが言うのは奇妙だが、エーテル知覚のあるダフニには目前まで迫っている地竜の気配を感じることなどたやすいことだった。


 ダフニはポケットから地図を取り出すと指をさして説明した。


 「地竜はここですな。そして衛士たちはこの辺りで地竜を迎え撃つようですな。私たちは少し離れたところから狙撃をしたいですな」

 「でしたらこのあたりはどうでしょうか?」


 クロエはダフニが指をさすところから少し離れた丘を指した。


 「ちょうどいいですな。野犬にだけは気を付けた方がいいですな」


 その丘は、以前ダフニたちが花見に来て野犬に襲われた丘だった。街を見下ろす位置にあり、桜の季節には花と街並と遠景の組み合わせが非常に美しい場所であって、戦争時には地の利を得る戦術上の重要拠点であった。


 丘についてみるとそこには野犬はおろか人影一つ見当たらなかった。ダフニは魔法で伸びていた草を刈り取ってリヤカーに積んだレールガンを組み立て始めた。


 「地を駆ける禍々しき羽と鱗がついに現れり。我が1000年に及ぶ因縁もついに決着の時、来たらん」

 「あんなに大きい……」


 ゼフィルとクロエが口々に言ったのを聞いて、地竜の姿が2人にも見えるようになったことが分かった。街を守る衛士たちの様子もにわかに騒がしくなってきた。


 「皆、聞け!」


 宮廷魔導士副長のテミス=カピトリヌは集結した魔導士たちの前で声を張った。


 「隊長不在の中での非常事態に動揺するものもいるかもしれない。だが我々はこれまで最悪の事態に何ができるかを考えて訓練してきたことを思い出せ。確かに地竜は強敵だ。だが我々はオスティア王国最強の魔導士だ。相手にとって不足はない。忌まわしき羽と鱗の眷属に人間の力を思い知らせてやれ!」

 「「おー」」


 短い演説で隊の士気を高めたテミスは迫りくるドラゴンを睨みつけた。おとぎ話にしか聞いたことがなかった怪物ではあるが、その相貌からは禍々しいオーラが漂っているようだ。


 報告によれば、地竜は砦に運び込まれた酒やお菓子には目もくれず、防衛線をなぎ倒して通過したそうだ。大砲も用意したが高速で動き回る地竜の足さばきに全く狙いがつけられず明後日の方向に着弾するだけだったらしい。


 ――装甲の硬さも脅威だが、何よりの脅威はあの足だ。国境付近からわずか1日で王都に迫る速度。戦場では四方八方自在に動き回って狙いが定まらない。足を止めようにもあの硬い鱗では逆茂木さかもぎを立てても蹴散らされてしまう。

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