第4話
――何かを操作というのはリモコンみたいなものですかな? 魔法を実行する主体が別にあって、呪文はそれに対して遠隔操作で命令しているという感覚ですかな?
ダフニはその魔法を実行する主体なるものが見えることはないだろうかと、レオが魔法を実演する時に目を細めて虚空を見つめてみたが何も見えることはなかった。ただ、目には見えなくてもこの主体というものが呪文における精霊なのではないだろうかと考えていた。
――Don't think. Feel. It's like a finger pointing away to the moon. ですかな?
元プログラマのダフニはその他大勢のプログラマと変わらずStar Warsが好きだが、マスターヨーダの名言が実はブルース・リーの言葉だということも当然知っているのだ。
――指の先、この場合は呪文の先ですかな。そこにある月を見つめなければいけないということですな。つまり、フォースとは何かということですな。
――プログラマにとってのフォースは計算機なのですな。数学的なモデルを論理的にプログラムで書き下してやると、計算機が物理的な現象に変換してくれるのですな。だから、うまくプログラムを書くには計算機の変換方法について詳しく知る必要があるのですな。
――ん? そういえば、呪文というのはプログラムによく似ているような気がしますな。こんな感じですかな?
> spirit := NewWaterSpirit()
> hope := spirit.CreateWaterBallCorridor(Target(Front, Rock(Small)))
> hope.ExecuteWith(MagicPower(1))
ダフニは呪文の内容を適当にプログラムに翻訳していつものように実行してみようとしたが、残念ながら何も起きなかった。
――まあ、呪文とプログラムは違うから仕方ないですかな。
「ダフニ」
「ん、どうしたですかな?」
「そろそろ時間なんだけど」
「おや、もうそんなに経ってしまったですかな」
ダフニが考えに耽っているうちに、レオが帰る時間になってしまったようだった。
「では、最後にもう一度私がやってみるですな。豊原に集いし水の精霊に請い願い奉る。我、汝に一つの求めあり。眼前の小岩に向かい水球の回廊を作りたまへ。さすれば我、汝に魔力1を与えるものなり。コール」
ダフニはそう唱えながら、その文字をいつも脳内プログラミングする時のように思い浮かべ、いつものように実行を念じてみた。
「えっ!」
「おおっ!」
また何も起きないで終わると思っていたところに、今度はレオがやったのと同じようにこぶし大の水球が生まれて岩にぶつかったので、レオとダフニは声を上げて驚いた。
「やりましたですな」
「すげえな、ダフニ」
「これが魔法というものですな。面白いですな」
「3歳で魔法が使えるなんて、天才だぞ」
「天才、ですかな?」
――異世界転生で魔法の天才ということはチーレム展開まっしぐらですな。全く女子にもててもうれしくないのですな。巨乳に生まれて逆ハーレムが希望なのですな。あるいは……
「お兄さまと結婚したいのですな」
「は?」
「ご褒美にハグしてほしいのですな」
「ははは。全くそう言うところはまだまだ甘えん坊だな、ダフニは」
ダフニの脈絡のない妄想は、レオの目には3歳時の可愛い甘えだと映ったらしく軽い調子でダフニを抱え上げてよしよしと頭を撫でた。思ってもいなかったサービスにダフニは失神しそうなところをどうにかこらえていた。
――こ、ここで気を失ったら一生後悔するのですな!
その後、魔法が使えたことを母とマヤに報告した。魔法教室での評価が悪く心配していた2人はその報告にとても喜んだ。
次の魔法教室の授業で、ダフニは自信満々にヘシア先生に魔法が使えたことを報告した。しかし、先生の反応は予想外のものだった。
「ヘシア先生。昨日、私は魔法が使えたのですな」
「ダフニくん、先生はしゃべっていいとは一言も言っていませんよ」
「それはそうですが、それよりも魔法が使えたのですな」
「嘘をつくのも大概にしなさい。それ以上しゃべると退学にしますよ。それでは授業を始めます。まず、呪文暗唱のご報告からです。イリスさん?」
「3000回です」
「素晴らしいですね。お母さまからもイリスさんはとても頑張っていると聞いていますよ。では、ダフニくん?」
「ぜ、ゼロ回ですな」
「はい。お母さまからも聞いています。はっきり言ってあなたにはやる気があるとは思えません」
実は、魔法が使えたことに舞い上がったダフニはそっちの練習ばかりして呪文の暗唱を全くやってこなかったのだ。もっとも、ダフニとしては全く実践的でない暗唱をこれ以上続けることに意味がないと思っていたということもあったのだが。
「やる気はあるですな。魔法が使えるようになったのですから、早く次のステップに進みたいですな」
「あなたがやるべきことは暗唱です」
「必要なら暗唱もやるですな。でも、それより次のステップに早く進みたいですな」
「この教室では卒業まで暗唱です。それが優秀な魔法使いへの唯一の道です。今すぐ口を閉じてさっさと座りなさい。それともここから出ていきますか?」
それだけ言うと、ヘシア先生はダフニの魔法を確認することもなく暗唱の授業を始めた。
――またこのパターンですな。異世界まで来てこれなのですかな。
結局、その日の授業は最後まで呪文の暗唱で終わり、ダフニの魔法を披露する機会は1度としてなかった。
「お母さま、魔法教室を辞めてもいいですかな?」
帰りの馬車の中でダフニはそう切り出した。
「もう魔法は使えるのですな。残りは学校に入学してから学べばいいのですな」
返事はすぐには帰ってこなかった。ダフニは黙ったまま母の言葉を待った。
「ダフニ、あなたは賢いわ。でも、人とうまくやる
「……それはどういうことですかな?」
「魔法の勉強は自分のやり方でやっても構いません。でも、教室は続けなさい」
「そんなの無意味ですな」
「いいえ。教室を辞めることは許しません」
その後、馬車が屋敷に戻るまでダフニは母に訴え続けたが母は首を縦に振ることはなく、ダフニは不本意な魔法教室を続けることとなった。しかし、母が勉強のやり方は問わないと明言したことで、家での魔法の勉強は教室のやり方からは全く離れた独自のやり方を進めることにした。
教室で新しい呪文が教えられることがあれば、暗記して家に帰ってからノートに記録した。教室ではノートを書くことは禁止となっていたが、ダフニにそんなルールを守る義理はない。
家での呪文の詠唱練習はきっぱりと止めた。ただし、教室では1日1000回詠唱練習していることにして母やマヤと口裏を合わせている。空いた時間で本を読んだり魔法の実践練習をしたりすることにした。時折訪れるレオが家庭教師だ。
ダフニにとって最も気になることは魔法の呪文の法則についてだった。実は、呪文は自由度があるようでいて、ある決まった要素の組み合わせでなければ魔法が発動しないことがあると知られていた。ただ、どういう組み合わせがありえるかは経験の蓄積と言う名の試行錯誤以外に頼るものは知られていなかった。ダフニはそれを何とか解明できないかと考えていたのだ。
そんな日々が2年ほど続き、あるとき母が死んだ。
原因は何らかの感染症のためだと思われるが詳細はダフニには説明されることはなかった。あるいはこの世界の医療水準では治癒も診断もできない病気だったかもしれない。もちろん、ダフニにも医学の知識はないので診断は不可能だった。
早すぎる王妃の死ということでその死は国中の人から驚きと悲しみをもって受け取られ、葬儀は国を挙げてのものとなった。
2度目の生であり、自分が死んだときにも割と冷静に過ごしてきたダフニだったが、母の亡骸を目にしたときの衝撃は大きく、葬儀の席では人目をはばからずに泣いてしまった。と同時に、自分が死んだと聞いた時の家族の悲しみを思って胸が痛くなった。
その後、2年間続けた魔法教室を辞めた。この教室は母の希望で続けていたもので母が亡くなった今続ける理由はなかったからだ。すでにこの時点で魔法の知識面では兄のレオを超えていて、教室に通っても学ぶことは何もなかった。
結局、2年間魔法教室に通う中で魔法を披露することは1度もなかった。さらに、辞めるときにはこれまで暗唱回数について嘘をつき続けてきたことを暴露したので、ヘシア先生の中ではダフニは授業についてこれずに落ちこぼれて退学するのだと思い込んでいた。ダフニもその誤解を解くつもりは全くなかった。
こうして周囲の環境は変わっていったが、ダフニの生活は結局あまり変わることはなかった。相変わらず魔法の練習と研究に打ち込み、気分転換に脳内プログラミングを楽しんで、レオが来たら目いっぱいレオに甘えるというのが相も変らぬダフニの日常だった。ある出会いまでは。
――ちょっと疲れたのですな。
母の死から半年ほどたったその日も、ダフニはいつものように魔法書を読み耽っていた。長い間同じ姿勢をして首が疲れてきたので読書を切り上げて立ち上がり、軽い柔軟運動を始めた。肩を回して首を回して腰を回していると、花瓶の花が萎れかけてきていることに気が付いた。
――気分転換に外に出てみるですかな。
いつもならメイドの誰かに一言言って花を替えてもらえばいいだけのところだが、ちょうど切りがいいところだったので自分で庭に花を取りに行くことにした。しっかりしているとはいえまだ幼いダフニは自由に外出することはできなかったが、屋敷の敷地内であればダフニは自由に行動してもよいことになっていた。なので特に誰に言うということもなく部屋を出て外へと向かった。
ダフニの住む屋敷は本来王妃の個人の邸宅として用意されたものだったが、王妃がなくなった今はダフニが主人ということになっている。わずか5歳の子供の屋敷としては無駄に広く、自宅の庭でハイキングが楽しめるほどはある。もっとも、ダフニは毎日庭で魔法の練習をするので庭が広いに越したことはないのだが。
これだけ広い庭だとその世話をする庭師も1人というわけではない。3人の常勤の庭師がいるほか、繁忙期には必要に応じて追加の庭師が出入りすることになる。今は春のピークを過ぎてそれほど忙しくはないらしく、庭師の人たちものんびりしている。例年によれば、花が終わるとまた少し忙しくなるのだろう。
「ご苦労様ですな。花を少しいただきますな」
「これはこれはダフニ様。好きなだけ持って行って下さい」
仕事中の年配の庭師に声を掛ける快い返事が返ってきたので、ダフニはバケツに水を汲んで花壇の中へと入っていった。
もと女子とはいえそんな女子力が高いわけでもないダフニは花を生けると言っても適当に切って花瓶に差すくらいしかできない。そんなわけで特別凝ったことをするつもりもなく2種類くらいの花を色合いを見て選んで何本か切って行こうと考えていた。
と、花壇の向こうを頭の先だけを出して誰かが横切るのが見えた。この花壇の植え込みの高さはちょうどダフニの背丈程度の高さなので、横切った誰かの背丈は自分と同じくらいに違いなかった。しかし、ダフニはこの屋敷で自分の同年代の人がいるという話は聞いていない。それどころか生まれ変わって以来、ダフニと同世代の知り合いは魔法教室のイリスくらいのものだった。
――あれは一体誰ですかな?
ダフニは花を取るのを後回しにして、花壇の向こうの人物を追いかけることにした。しばらく花壇の向こうとこっちで並走して進んで、花壇が途切れたところで急いで回り込んで前に出た。
「こんにちは、ですな」
「え?」
その人物はダフニと同じくらいの年頃の青みがかった髪を短く切った子供だった。顔立ちは少年のようにも見えるがエプロンドレスを着ているということは女の子なのだろうとダフニは推測した。
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