第74話 In the rain


 かかとの高いパンプスで

 地下鉄の長い階段を駆け上がる

 そこは 雨に濡れた 夜の街


 フォーマルドレスの胸元を押さえ

 ゆっくり視線を宇宙そらへ向ける

 鳴り響くのは 早鐘のような鼓動


 暗幕スクリーンに浮かぶ

 ファッションビルのネオンサイン


 舗道ペイブメントを照らす

 舞台装置のような 車のヘッドライト


 いつもの街なのにどこか違う

 雨のせい? それとも わたしのせい?


 ――ツキアッテ欲シイ 結婚ヲ前提ニ――


 友だちの結婚式の二次会

 耳元で囁かれた 予期せぬフレーズ

 

 声の主は 初対面の男性ひと

 笑顔の似合う伊達男ナイスガイ


 いつもの愛想笑いを浮かべて 

 黙ってその場を後にした


「ごめんね」


 ポツリと漏れた 吐息まじりの言葉

 にじんだ景色を彷徨さまよう視線


 それは誰に向けられた言葉なの?

 あの男性ひと? それとも 他の誰か?


 二、三歩進んで足が止まる

 前髪を伝う 雨の粒


 ――わかってるくせに――


 不意に聞えた 聞き慣れた声

 まるでわたしの心を見透かすように

 

 いつもと違う街 いつもと違うわたし

 けれど 雨はいつもと同じ


 後ろ向きなのはわかってる

 諦めが悪いのは百も承知


 でも これがわたしの生き方

 不器用だけど変えようのない わたしらしさ


 迷いそうなわたしを諭すのは

 いつだって 優しい雨


 わたしが素直になれるのは

 いつだって in the rain



 RAY

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