危険なふたり(二)
「……だれだ?」
ガリヤ人の男のひとりが、手にした懐中電灯を声のしたほうへ向けた。
コンテナのてっぺんに娘が二人腰かけていた。ひとりは白いワンピースに薄いニットのカーディガンをはおり、つまらなさそうに腕を組んだままそっぽを向いている。もうひとりはエンブレムのついた紺ブレザーにプリーツスカートという、どう見ても夜遊びしている女子高生にしか見えない格好をしていた。その不良女子高生が、くちゃくちゃガムを噛みながら見下ろした男たちに向かって言った。
「きみたち帰ってくるのが遅いんだよね。アシちゃん待ちくたびれちゃって、ほら、首がこォーんなに伸びた」
ゾウガメのように顔をニュッとまえへ突き出し、両足をバタバタさせて笑う。
そのすがたを懐中電灯で照らしながら、男たちは不快そうに顔をゆがめた。
「なんだこの女、ラリってやがんのか?」
「おいネーチャンら、なにしに入ってきたか知らねえが、ここは俺らのアジトだ。はやくそっから降りたほうが身のためだぜ」
アシと名乗ったブレザーの娘は、答えるかわりにガムを風船のように膨らませ顔のまえでパチンと弾けさせた。ガリヤ人のリーダーらしき背の高い男が、床にぺッと唾を吐く。
「こんな時間にウロチョロしてるのは、どうせエンコーが目的なんだろ? なら俺らが相手してやっからこっち来なよ。てっとり早く金の交渉といこうぜ」
「もちろん俺らが払うんじゃなくて、お前たちから巻きあげるんだけどな。ククク、心配すんな、帰りの電車賃くらい残しておいてやっから」
アシは、横にいるもうひとりの娘の肩をつついた。
「ねえねえルーダーベ、こいつら全員撃ち殺しちゃってもいいかな?」
ルーダーベと呼ばれたワンピースの娘は、不機嫌そうに自分の髪の毛をいじりながら言った。
「ダメよ、私が一人残らず刺し殺してからにしなさい」
「はァーい。てか、アレ? それじゃアシちゃん、もうだれも殺せなくなっちゃうじゃない」
ガリア人の太った男が、幼児を手招きするようにおいでおいでしながら、猫なで声を出した。
「はいはい、お嬢ちゃんたち、お遊びはそれまでよ。どーせ逃げ道ないんだし、はやくこっちへ降りてらっしゃい。だいじょうぶ、素直に言うこときけば乱暴はしないからさ」
そうしておきながら、べつのひとりが足音を忍ばせコンテナの背後へまわり込んだ。コンテナは船に積む冷凍コンテナとおなじ寸法で、高さが約二メートル半ある。男は背伸びしてそのてっぺんに手をかけると、懸垂の要領でそっと身を持ちあげた。仲良くならんだ華奢な背中が見える。闇のなかでほくそ笑んだ男は、苦労してコンテナへよじ登りはじめた。
その瞬間だった。アシが仰向けにひっくり返った。ツーサイドアップに結った髪の房が、錆びた鉄板のうえに投げ出される。逆さまになった彼女の顔が、男を見てニーッと笑った。そのまっすぐに伸ばした両手には、大口径のリボルバーが握られていた。
せまい室内に轟音が響いた。
棒で叩き割ったスイカのように男の頭蓋から赤い脳漿が飛び散った。
銃声を聞いて残りの男たちはパニックに陥った。暗闇のなかを懐中電灯の光が右往左往しはじめる。ルーダーベは不機嫌そのものの顔でアシをなじった。
「あんたバカじゃないの? なんでそうやっていつも後先考えずに発砲するのよ」
「ごっめーん、アシちゃんのコルトパイソン、ソーローなの。すぐに弾が出ちゃうのよ」
「ラゴス兵が銃声を聞きつけてここへやって来るわ。さっさとこいつら始末しましょう」
「アイアイサー」
出口へ殺到する男たちを、アシが笑いながら狙い撃った。腹に響く発砲音が連続して起こり、三八スペシャル弾があやまたず男たちの頭部を撃ち抜いてゆく。クリーム色をした鉄の扉にアバンギャルドな抽象芸術が塗られ、その下に無残な死体が折り重なっていった。難を逃れたリーダーの男だけが悲鳴をあげながらドラム缶の陰にかくれた。
「待てやめろ、う、撃つなっ」
キャハハハハッ、と愉快そうに笑いながらアシはわざと男から照準を外し、ドラム缶へボコボコと穴を開けた。男の白いスラックスに小便の染みがひろがってゆく。
「そ、そうか、近ごろガリヤ人狩りと称して俺らの仲間がつぎつぎと殺されているが、あれはお前たちの仕業だったんだな?」
「……アタリ」
男のすぐ後ろで囁くような声がした。
「ひっ」
驚いて振り返ると、いつの間に忍び寄ったのかルーダーベがうっそりとたたずんでいた。その手には、宝石で豪華に装飾されたレイピアが握られている。細身の刺突剣だ。その鋭い先端をまっすぐ男の喉元へ突きつけ、面白くもなさそうにフンと鼻を鳴らした。
「正確に言うと、ガリア人の強姦魔どもを始末してるだけなのだけど」
メリッと肉の裂ける音がした。レイピアが深々と男の喉をつらぬいたのだ。面白いほど血が噴き出し、ルーダーベの顔を汚した。彼女は、それを瞬きひとつせず浴びつづける。やがて男は全身を痙攣させ、だらしなくその場に四肢を投げ出した。
アシはコンテナから飛び降りると、床に転がされた女へ駆け寄った。スカートのベルトに吊ってあったコンバットナイフを取り出し、それで手足を拘束している縄を切ってゆく。猿ぐつわを外された女は、泣きながら礼を述べた。
「あの……ありがとうございます」
アシがのん気な声で言った。
「ガム食べる?」
入り口の扉を少し開いて外の様子をうかがっていたルーダーベが、アシたちを振り返って言った。
「ラゴス兵に気づかれたみたい。はやくここから出ましょう」
アシはよろけて立ちあがろうとする女に肩を貸しながら、にっこりと笑いかけた。
「心配しなくてもだいじょうぶよ。アシちゃんたちが、ちゃんと家まで送りとどけてあげるから」
「……本当になんとお礼を言ってよいやら」
「お礼なんていいよ。だって国民の安全を守るのもあたしたち騎士の仕事だもん」
女は驚いた様子でアシの顔をまじまじと見た。
「えっ、あなたたち王国騎士団のかたなんですか?」
「そうだよ、近衛騎士の生き残りなの。ほらほら、急がないとまたドンパチが始まっちゃうよ」
監視小屋を抜け出すと、遠くにヘッドライトの明かりが揺れているのが見えた。ラゴス軍のジープがこちらへ近づいているのだ。三人は身をかがめ、雑草の生い茂る河川敷を明かりとは反対方向へ走りだした。
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