第8節
『旅人』は病院の一室らしきある部屋に一人の男を連れて来た。部屋には旧世代のゲーム機があった。
『旅人』が男に言う。
「さあ、あなたのやりたかった鎧を脱がせられる対戦ゲームがあります。これで遊びたかったのですね。」
男が答える。
「私は通信対戦とかには興味がありません。対戦ゲームを遊ぶ友人もいません。でも、幸いにこのゲームには鎧の着せ換えや着色でキャラクター(キャラ)を作る機能があります。これで遊びたいと思います。」
何日かしたあと、『旅人』は男のもとを訪れた。
「何かできましたか。」
「世界を創造しました。世界を二次創作したのです。」
「狂ってる。着せ換えで遊んでいたのにどうして世界を創造できるのです。」
「神は多神教の神々を救うその依り代を求めていらっしゃるのです。その物語を二次創作したのです。」
「そんなわけありません。しかし、とにかく説明してもらいましょう。」
「アニメ・ゲーム・特撮をモチーフとしたコスプレで二十五のキャラを創りました。しかし、特定のキャラの二次創作だから『二次創作』と述べているのではありません。ユダヤ教のカバラの神話やキャラに託された象徴をベースに、二十五のキャラの並びや色の属性が物語をなしているのです。」
「アニメ・ゲーム・特撮ですか。ちょっと私の頭の中を調べてみましたが、似たキャラもいれば、抽象的に似ているだけのキャラもあるようですね。それに私には色気がありすぎて刺激が強いものも多く見えます。これは……ダメでしょう。」
「私が二次創作することで元の作品が後世に残りやすくなるかもしれません。だから、許してください。」
「損か得かで二次創作が許されることはありません。まぁ、それに仮にここでの会話がどこかに記録されているものとして、それが配慮ある記述になっていれば、二次創作としての言及の意味はなくなっていることでしょう。」
「それは……残念です。」
「では、説明を続けてください。」
「二十五のキャラは五キャラずつ五つの世代に分けられます。第二世代は、第一世代の生殖的にできた子供ではありません。ただ、霊的に前の世代との交流・交配の結果、次の世代に子のように生まれていると考えます。第三世代、第四世代、第五世代も同様です。」
「その世代というのに大きな意味があるのですか。5×5にキャラクターを並べたところで、何も伝わりませんよ。」
「例えば、男か女かに注目してください。第一世代から第四世代までは各世代で男女のバランスが取れています。そこまではまた男女同数になってます。二十五のキャラの数は奇数なので一人、男か女かが余ります。男一人または女一人余るよりも、女三人余ったほうが力を合わせやすいだろうと、第五世代は男一人に女四人になっています。各世代の各キャラクターを左から右に、世代を縦に並べたときの縦の列にも注目してください。第二列は女のみになっています。第三列は最初のみ女で他は男となっています。第四列は、最後のみ女で他は男となっています。第五列は、真ん中のみ男で他は女になっています。これは意識してこうなったわけではありません。順に作りながら男女の数は意識しましたが、縦の列は、偶然そうなっていたのです。」
「でも、それが何を意味するかはよくわからないのですよね。」
「そうです。」
「カバラなどの昔の神秘にもとづくのでもなく……ですね。」
「そうです。」
「うーん。あなたの中には何か意味が、物語が生まれたのかもしれない。でも、あなたはそれを表現できなかった。そんなものは依り代にはなれないでしょう。」
「このキャラを使って対戦することを神事としていって欲しいのです。」
「誰がそんなことをしてくれるというのです。目を醒ましなさい。あなたは時間をかけさえすれば、優れた物をいつか創れると思っていました。ですが、できたのはせいぜいこの程度のものです。これではあなたが心の底では夢見ていた特別な注目を浴びることなどできません。」
「じゃあ、私がこのゲームにかけた時間は無駄だったというのですか。」
「すべての努力が報われるわけではありません。神の救いというのも、努力に対してなされるというのとは少し違うのです。あなたは怠惰でした。怠惰を責める地獄は特にありませんが、今後、もっと他人に対して何か勤勉な行いをして、怠惰を埋め合わせようとしなければ、あなたは見捨てられたままでしょう。あなたには他人への実践的な愛が欠けていたのです。」
「ゲームをしているうちは狐独を忘れられましたが、私はまた狐独に戻るのですか。集団の中にいて、私は狐独なのです。」
「あなたに対する救いは今のところこの程度なのです。すみません。しかし、あなたがこの『地獄』で変わる必要があるのです。今回、私はむしろ甘やかしてしまったのかもしれませんね。」
男はゲーム機の置かれた個室から追い出され、集団生活の大部屋に移された。
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