第6節
路地裏の雑居ビルの狭い階段を昇ったところに雀荘「南風」はあった。『旅人』がその扉を開けると、そこには宇宙が広がっていた。
「あら、ごめなさい。貸し切りよ。」
雀荘の真ん中にあたるはずのところに麻雀卓が宇宙に浮かぶように置いてあり、四人が席についていた。その四人のうちの紅一点の黒い長い髪の女が、『旅人』に声をかけたのだ。
『旅人』は答える。
「いえ、あなたがたに用があってここに来たのです。しかし、何ですか、ここは。」
女が眼鏡を直しながら答える。
「だって、ここで宇宙創造が行なわれているのよ。それに似合ったいい景色でしょ。」
残りの三人のうち、白髪の髪の長い眼鏡をかけた若そうな男が、その言い方を制した。
「宇宙創造だなんて
牌をツモりながら、丸レンズのサングラスをかけた
「うるさい奴らね。この局で
牌を捨てたところを、黒い濃いストッキングを頭から被ったような覆面男が言った。
「ふぉふぉふぉふぉ、ロン。」
サングラスの男が嘆く。
「あちゃー、私の世界は運に見離さているね。小さくなるばかりよ。」
女が『旅人』に語りかける。
「さすが『旅人』ね。ちょうど半荘が終るときに来るなんて。」
「いや、偶然です。ゲームまで監視してやいませんよ。」
「でも、偶然って大事なことよ。神様の介入の隙を作ってるってことだから。やはりあなたがここに来たのは神様の強い導きってことね。一体、何がはじまるのかしら。」
「何、この世界、いや、この世界群がどんなものか観察しようとしているだけですよ。余計な介入をする権限は私にはありません。」
女は少し真剣な表情を作って言った。
「私、結構、今の世界に愛着があるのよ。これをどうにかされたら困るわ。」
『旅人』が言う。
「その、もし良かったら自己紹介していただけますか。ついでに、それぞれが管理している世界のことまで。」
白髪の若そうな男が言った。
「じゃあ、まず僕から行こうか。」
『旅人』がそこに割って入る。
「おお、あなたのことは知ってます。神の魔獣レヴィアタン。竜となったサタンに対し、あなたがレヴィアタンを召喚・同化することで、力を拮抗させ神を早くに勝利に導いたため、このような『地獄』の余裕が生まれたのだと聞きます。」
「もうずいぶん昔のことのような気がするな。僕のことはとりあえずレヴィと呼んでくれ。唯一神は最後の審判のあと、複雑な『地獄』を創られた。そこでは肉体が罰を受けたまま、別のところで霊を持ち、肉体を持ち、そこでチャンスが与えられることもあるという。それはまるで肉体を犠牲にした魔術ではないか、と僕はケチを付けた。このあたりはあいまいなのだが、このような『地獄』を創るという決定がなされたとき僕は魔術でレヴィアタンを召喚・同化できていた。そして、その功績をもって同志者を募り、魔法世界を認めていただけないかと唯一神にかけあったのだ。」
「おお、不思議なことです。それが認められたのですね。」
「そうだ。ただし、唯一神がないがしろにされないようにという条件付きで。魔術者が世界を統べるということになれば、その魔術者が一番偉いとされてしまう。そうならないようにする一つの方策が、この麻雀大会なわけだ。魔術ではなく、偶然こそが、根本のところを支配するというわけさ。少なくともウチの世界では、魔術者の誰が一番偉いかはわからないようになっている。その上で念には念を入れているのさ。」
「あなたの管理する世界は、どのような世界なのですか。」
「一口で言えば、テレビの中の世界さ。地獄は永遠の火に包まれるという言い伝えがあったね。テレビの映像というのは言ってみれば、火に映る姿なのさ。テレビに映っていることを前提にしないと全ての物が意味をなさない。そんな世界なんだよ。」
「難しいですね。そして、それが魔法の世界なんですか。」
「詳しい話が聞きたけりゃ、あとから僕のところに遊びに来ればいい。」
「では、お言葉に甘えましょう。」
女が口を開いた。
「レヴィはすごい自信ね。『旅人』を世界に迎え入れても怖いことが起こらないと考えているんですもの。」
レヴィが答える。
「神には何だってお見透しなんだから、隠したってしょうがないよ。」
「でも、隠そうという意志は尊重してくださるかもしれないわ。」
『旅人』が尋ねる。
「あなたは?」
「私はアシェラっていうの、よろしくね。私の世界では、地獄往きを増やさないような、それでいて魔法世界らしい世界を築いているわ。」
辮髪の男が口を挟む。
「その女は自分の師匠を殺して食ったヒドい女ね。」
「それは中傷だわ。無理に食べさせられたのよ。師匠が敵に負けたとき、その知識を当時の王様が惜しんで殺すのをやめさせようとしたんだけど、知識だけならその弟子に受け継がせますからって、師匠を殺してその脳を見習い魔法使いだった私に無理矢理食べさせたのよ。」
『旅人』が言った。
「むごい話です。」
「でも、それで魔術に必要な、知性・霊性・権威のうち権威が私のものとなり、偶然、霊性でも神秘的合一を果たして強い魔法力を得たの。」
「神秘的合一とは何ですか。」
「私の霊が転生してきた以前の世界、そこは戦争で、私は子供で、城壁都市の中にいた。食料がなくなって、まず私が教師だったおじいさんの肉を食べ、やがて、子供の私も食べられるという経験をしていたの。師匠を食べることで、その世界での記憶が呼び醒まされ、あのころの犠牲者達の
レヴィが口を挟んだ。
「しかし、それはうさんくさい話だな。自分の転生前の存在をそこに同定しただけじゃないのかな。」
「あら、この『地獄』の世界にはひどい戦争はないっていうの? その逆よ。そして霊が別の世界を経験している可能性があるのも事実だわ。」
「うーん、君と師匠の話にしてもそうだが、魔術における因果関係というのは微妙なもので、何が原因かを問うのは難しく、結果を見て判断するしかないことが多い。」
「あら、なら魔術のために人を食うのを許していいの? ちゃんと理由付けを行うのが知性よ。権威のために地獄を恐れない連中よりはよっぽどマシなはずよ。」
「まぁ、その微妙なところを神様がお認めになられたということなんだろうけどね。君の世界はどちらかと言えば『悪夢』のようなもののはずだったのに。」
『旅人』が質問を戻す。
「それで、アシェラさんの世界は魔法世界らしい世界ということでしたが、どういう世界なのですか。」
辮髪の男が口を挟む。
「女の管理する世界など決まってるね。美容整形の世界よ。」
「それも中傷だわ。権威は、男性は白髪に、女性は若い容貌に宿るというだけのことよ。選ばれた者だけが魔法使いになり、魔法に適した限られた物に魔法が使える。いくらお金持ちが望んだって、霊性に合う方法がなければ若さを保つことはできないわ。昔は、
「霊性判定装置ねぇ。霊性切断装置の間違いじゃないのかな。」
アシェラはレヴィを無視して続ける。
「若さを保つ魔法は植物を媒介にしてしか得ることはできないの。私が若さを保っているのも専用の果樹園を保ち続けているからよ。他にも私のクライアントで若さを保っている人がいるわ。でも、嫉妬が大敵ね。植物を焼かれたり、病気にされたり。魔法使いに対する攻撃もあって、権威を落とすために、中傷をしかけられることもあるわ。今、みたいにね。だから、私、権威があっても普段はとってもおとなしくしているのよ。」
『旅人』が尋ねる。
「黒魔術師とやらは根絶されたのですか。」
「彼らと戦うのも私の属するギルドの仕事のうちよ。地獄を恐れない連中だから、現世でむごい罰を受けさせないといけないのがイヤなところなんだけど、できるだけむごくない方法を使えるよう日々、進歩しているわ。」
レヴィがチャチャを出す。
「おお、ギルドとは、陰謀の匂いがするね。生ぬるいんだよなぁ、そういうところ。ちなみに麻雀に負けると君の世界はどうなるんだったけ。」
「植物に病気が広まるのよ。」
『旅人』は次に辮髪の男に自己紹介を促した。
「私の名前は鯤ね。私の世界は、前の二人みたいに複雑なものじゃなくて、生き物を切って、札を貼って、つなげればくっつく、それだけの魔法ね。」
「それで何ができるのですか。」
「腕を失った男が、貧しい男の腕を買って替わりにくっつける。それぐらいね。」
「ヒドい話です。」
「科学はそんなに発達させてないね。医者は薬じゃなかったらお札しかやらないね。病気についても、他の生物にくっつけてみれば治るとか言ってる医者もいるが、そんなのは嘘ね。ただの実験よ。私はそんなの効かないと知ってるから言ってあげるんだけど、聞かないね。」
「あなたは尊敬されていないんですか。」
「ときどき、不老不死を疑われたり、お札を売って貯めた金を狙われて、襲われることがあるよ。八つ裂きにされたり、食われたこともある。そういうときは、そこの二人、レヴィとアシェラの二人のお世話になって復活するのよ。死んでは生きかえってるおかげで、年くってるヒマもないね。」
アシェラが口を挟む。
「何度か介入させてもらってるわ。鯤さんの世界の連中は、なかなか金払いがいいのよ。鯤さん以外の方々の相談にも時々乗ってるってわけ。」
「ヒドいやつらね。次の半荘で痛い目見せてやるね。」
『旅人』が哀れむ。
「いつも大変な目に会われて、イヤになりませんか。二人のように、もっと力が欲しいと思ったりはしませんか。」
「弱くても生き残る。これ大事よ。」
しょぼんとした鯤を見て、レヴィが口を挟む。
「鯤さんの実力はおそらく我々以上だよ。謙遜していらっしゃる。僕達は何だかんだ言って若いんだな。」
アシェラが口を挟む。
「でも、鯤さん、あなたの世界で、若さを得るための移殖手術が横行してるわ。あれはなんとかしないとダメよ。」
「ダメだったら、病気でも、はやらせるつもりかね。ほっといてくれよ。そういうときは魔法は効かないように、すでにしてあるね。迷信はほっとくよりしかたないね。」
『旅人』が聞く。
「鯤さんの場合、麻雀で負けたらどうなるのですか。」
「お札の値が下がるね。大損よ。普段、お金使って面倒みてるのを減らさないとだめになるから困るね。」
『旅人』は覆面男のほうを向いた。
「そして、あなただ。あなたは一体、何者なんです。」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ。」
アシェラが説明する。
「この方は、ヌルさん。麻雀で必要な用語は話すけど、それ以外はただ笑うだけよ。お話をなさらないわ。」
「それでどんな世界が管理できるというんです?」
「ヌルさんの世界は、黒い泥でできた沼ばかりが広がる世界、そこに魚みたいな人が
『旅人』は半ば怒った顔でつぶやく。
「なぜあなたがこういうところに現れたのか、あなたの世界をなぜ神がお認めになられたのか、私にはわからない。」
「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ。」
「ヌルさんが麻雀に負けたときは、沼が陸と海によって侵食されるということだったはずよ。」
「ふぉふぉふぉ。」
鯤が『旅人』に言った。
「私らはもう少し麻雀打つよ。見ててもいいけどやりにくいね。」
『旅人』が答える。
「では、私は席をはずしていましょう。終ったら大声で呼んでください。」
『旅人』は部屋にある宇宙の片隅をぐいと持ち、そこから身を乗り出してどこかに消えてしまった。
アシェラがつぶやく。
「噂に聞いていたけど『旅人』さんもわりと正体不明なのよね。」
四人による麻雀大会が終り、『旅人』はレヴィと同行することになった。
「この街は、好きな街じゃないけど、治安が良くて便利だからね。住まいというよりアジトを用意してある。そこに行こう。」
「歩いてですか。」
「地下鉄がある。」
明らかにこの街の風景に似合わない二人が連れ立って地下鉄の駅に降りて行く。
「この世界は基礎世界にかぶさるように魔霊層という魔法世界が広がっている。基礎世界に実生活があるのだが、魔法世界の人間はいつも魔霊層を重ねて物を見ている。だから、魔法世界から見れば立派な見なりなのに、基礎世界では病人がジャージを着ているだけでしかないような服装もある。流行なのかもしれないが、私は感心しない。逆に魔霊層から基礎世界に働きかけがないわけでもない。現に我々が目立つ格好なのに注目されないのは魔法がかかっているためさ。」
「どうして基礎世界の服装が気にならないのでしょう。」
「ギャップがあるほうが魔力が強いという自己顕示さ。あとテレビ映りを悪いようにしておけば、勝手にテレビに映されて難にあうこともないという計算もあるのかもね。」
「この世界はカメラがたくさんありますね。」
「気になるかい。この街は基礎世界にある姿を曝してるカメラが多いが、魔霊層に属する目立たないカメラも多い。逆に屋内にはテレビだらけさ。必ずといっていいほど家にはテレビがある。テレビの形をしてない魔霊層のテレビもあるしね。」
地下鉄が来て乗った。地下鉄内ではしゃべらないのがレヴィのマナーらしい。改札を出て階段を昇り、ほんの少し行ったところに、レヴィのアジトのあるマンションがあった。
「どうも良い家具がないと落ち着かなくってね。良い家具を置こうとすると多少、広い部屋が必要になる。でも、いかにも高級マンションというのは住んでる人間がいけすかなくて好きになれない。そうして探し当てたのがここさ。本当は外見にもこだわりたいのだけれど、内装だけで満足している。みすぼらしくって恥ずかしいが、まぁ、中に入ってくれ。」
「家に魔法はかけないのですか。」
「防犯も兼ねて目立たないようにはしてあるさ。それとも何かい、ツタをはわせるなりネオンサインがあったほうがよかったかい。悪趣味なのは嫌いじゃないが、自分の寝床にそういうことはしたくないね。」
部屋に入るとアンティーク家具に囲まれて大きなテレビがあった。
「ソファに腰かけて……おっとテレビはまだ着けないでくれよ。先に説明がある。」
レヴィが紅茶を持ってきて、二人はソファに並んで座った。
「レヴィさんの世界は、確か、テレビの中の世界……でしたね。」
「ああ、基礎世界と魔霊層では見た目が違うという話をしたが、基礎世界にまったく根拠なく魔霊層に何かが存在することはとても難しい。不可能ではないが魔力が大量に必要なので、根拠がないように見える場合には、何か種が仕込んであるのが普通だ。」
「基礎世界とギャップがあるほうが魔力が強いということでしたね。」
「しかし、魔力を使わなくても派手に魔法を使った演出ができるところが、この世界にある。」
「それが、テレビ……というわけですね。」
「この魔法世界には四つの大きな流派がある。動物派、ロボット派、電影派、霊性派。動物派は、わかりやすく言えば、動物がタレントに化けてテレビに出たりする奴らだ。動物派のテリトリーの中には細菌類も含まれると言えば、その広がりがわかるだろう。ロボット派も似たようなもの、中身がロボットなだけさ。自動車なんかはロボット派のテリトリーだね。電影派は、ディスプレイだけでなく眼鏡や目のレンズに像だけを結ぶ魔術存在だね。ロボット派の亜流とも言えるが、テレビの世界では大きな存在だ。霊性派は、霊的に人の思考に直接、像を見せる。魔力がいるわりには、効果に個人差が大きく、この派が出てくるところには古い霊格が潜んでいることが多い。」
「その四つの流派がテレビとどう関係しているのですか。」
「権威を争っている。つまり、自分の派に有利なようにテレビの情報を操ろうとしている。ただ、基礎世界、さらにそのテレビ番組を共有する以上、ある程度は協力関係も必要なわけだ。」
「うーん、複雑ですね。」
「いや、実際、どんなことをやってるか見たほうが早い。この時間ならBSのチャンネルでショッピング番組があるだろう。わかりやすいから、その番組を見てみよう。」
レヴィがリモコンを操作すると、ちょうど腕時計が売られていた。
「何の変哲もない腕時計なわけだが……。ちょっと値段のところを手で
「おや、画面全体が暗くなりましたよ。」
「まぁ、たいていのショッピング番組は値段のところに仕掛けがあって、本物と
「規制はあまり役に立ってないということですね。」
「もう少し説明するためにこの眼鏡をかけてくれ。」
フチに青・赤・緑・黄の四色のボタンがある眼鏡を『旅人』はかけた。
「あっ、いろいろ表示が変わりましたよ。ところどころ色がドギツクなったり、浮いているように見える項目があります。時計の輝きも変わりました。」
「見るということは見られるということでもある。テレビを着けるとこちらの映像も向こうがアクセスできるようになる。ただ、プライバシーのためにモザイクがかかるよう魔法がかかっている。そしてついでにテレビから魔法的視聴覚を鈍磨させるようなノイズが出るようになっている。そのノイズをなくすのがこの眼鏡なわけだ。」
「テレビを遠くから見ていたほうが良い物に見えることがあるというのはそういうわけですか。」
「他の世界ではどうだか知らんが、この世界では大いにありうることだね。この眼鏡も本物を買おうとすれば、いろいろ手続きが大変なんだよ。しかも、四色ボタン付きなんて、かなりレアなんだからね。」
「この四色ボタンというのは何なのですか。」
「例えば赤いボタンを押してごらん。動物派の視聴覚要素が強調されることになる。彼らは霊性に敏感だが、数字や文字に弱い。アナウンサーが動物である場合は、そこから特殊な符丁を受け取ることもある。動物に対しては、簡単な電話番号でアクセスできるようにしているが、霊性の正しい声や正しい符丁で注文しないと本物へのアクセスへ得られなかったりする。」
「なるほど。」
「青いボタンはロボット派だね。彼らはマイナスの時間を生きたことがあるという伝説があって、特殊な価値観を持っており、
「ふむ。」
「黄色いボタンは霊性派で、赤ボタンに近いが複雑な数値も扱える。緑のボタンは電影派で、青いボタンに近いが本物もかなりわかるような表示になっている。」
「他の者はこれをボタンなく見ているということですか。」
「そうなるね。あっ、今、アナウンサーが表示されたね。目を見てごらん。隈がかかってて、霊的にこちらをにらんでいるような気がしないかい。」
「そういえば、そうですね。」
「僕達が本物の四色ボタン付き眼鏡を持っているらしいことをつかんで、こちらを観察しだしたんだよ。うっとうしいからチャンネルを変えよう。」
急にうらめしそうになったアナウンサーの視線を横に、チャンネルが切り替わり、戦争ドキュメンタリーが映った。
「何ということだ。この戦争の映像は本物だ。今、人が殺そうとされている。」
「基礎世界では戦争再現のセットに過ぎないが、魔霊層ではリアリティを持たせるため、実際の戦争状況に介入して、そこから霊性派や効果強調の電影派が活躍して伝えている。本物をこういうところでも求めるのがこの世界の悪い癖だ。」
「私は目の前に人が殺されるのを見てほっておくわけにはいきません。」
「おい、ちょっと。」
レヴィが止める間もなく、『旅人』は空間の枠を使んでテレビの中に入っていった。
テレビに『旅人』らしき人物が赤十字の旗を持って停戦を呼びかけている。
場面が切り換わり、『旅人』がインタビューに登場した。
「赤軍の暴挙は知っていましたが、停戦の呼びかけには応じるかもしれないと……。」
レヴィが「見ちゃいられない。」と次の場面に移るところで、テレビの裏から『旅人』を引っ張り上げた。
「君は無茶をするなぁ。」
「しかし、これで何人かが救われたはずです。いずれ亡くなる命だとしても今救えるその機会に出会ったなら、救うべきなのです。そういう場面に立ち会うことができるとは、この魔法世界は無限の可能性を持っていますね。なお、その後のインタビューは私の意志ではありません。私の意志に反したことをしゃべらされました。」
「放送作家の魔力さ。テレビの中で彼らに逆らうのは難しいんだよ。元の意志に反するインタビューを流すなんてお手のものさ。」
レヴィが「参った」という顔をして、しかし、笑いながら言う。
「この番組は僕達には刺激が強そうだから、チャンネルを変えよう。おっ、ちょうど、原発震災からの復興のニュースがあるね。」
「あれはヒドい震災でした。」
「原発事故は、基礎世界にも大きな影響があったけど、この魔霊層を含むテレビの世界ではとんでもなく大きな影響があったんだ。」
「放射能を持つ原子が散らばったんでしたね。」
「もちろん、それ自体の毒性も問題だったのだが、同時に物質的にまたは霊的に毒性のある他の物も大量に散らばった。むしろ、放射性原子にはそれらの毒がどれくらいどこにあるかの示標としての側面があったぐらいだ。」
「でも、除染は放射性物質を対象にしていましたよ。」
「そこでうまく立ち回って毒性を少なくするのに金を使わせるのに成功したところもあれば失敗したところもあった。基礎世界では問題が少なかったとの報道だが、魔霊層では電影派など遺伝子に強い影響を受け子に奇形が生じたり、ロボット派などではその財産価値が減るなどの影響が出たらしい。」
「奇形ですか。人間の奇形に関してしか関心がなかったので、そのあたりは知りませんでした。」
「陰謀論も盛んだ。震災の時期は、ちょうど、ブラウン管テレビが主流だったアナログ放送から、パネルディスプレイが主流のデジタル放送へ切り替えが進んでいるときだった。ブラウン管テレビでは霊性派がもっと力を持っていたから、彼らには不満がまだ残っているという。霊性派に言わせれば電影派の陰謀だし、電影派に言わせれば霊性派の逆恨みだという。」
「今、このニュースでは二人の子供が玉入れの競技で争ってますね。」
「あれは、電影派の奇形が生じた子をロボット派が補うか、動物派が補うか、どっちがうまくやれるかで競っているんだ。こういう競技をもっと盛大にやって技術発展を促そうというのがオリンピックということさ。」
レヴィはさらにチャンネルを替えた。今度は討論ショーのようだ。
「このチャンネルの番組は見ものだよ。今日、僕が麻雀に負けたから、この地域ではこのチャンネルの基礎世界と魔霊層とのリンクが切れるんだ。リンクが切れる前にこのチャンネルから逃げださないと魔法的には死ぬことになる。」
そうレヴィが言い終るうちにテレビでパネラーの一人が発言した。
「原爆こそ、最後の審判のラッパの音ではなかったか。」
別のパネラーがたしなめる。
「死後の裁きはそんなあいまいなものじゃありません。」
しかし、四色ボタン付き眼鏡で見るとその二人のパネラーは雑霊を遺して魔法的にはそこから立ち去ったようだった。
レヴィが説明する。
「あの二人は安全策を取って、他のパネラーに暗に警告しながら、チャンネル全体から逃げ出したのだろうね。さっきも言ったように、モザイク付きだけどここも見られてるから、僕の発言に反応したのさ。でも、他のパネラーは、正体の知れない者の発言によってでは、チャンネルごと撤退するようなコストのかかるマネができない。今、ここがどこか、僕達は何者か慎重に探っているところさ。」
『旅人』がけわしい顔で言った。
「子供も出てるじゃないですか。ここがどこかはっきり伝えるべきです。」
「プライバシーに関する音声は自動的にカットされるようになっている。」
「ならばこうするまでです。」
そう言っていきなり『旅人』は服を脱ぎ、眼鏡を外し、全裸になった。
「おい、注目を集め過ぎだ。が、それでも、ここがどこかは伝わらないぞ。」
「外はカメラだらけだと言いましたね。こうするのです。」
そう言って、『旅人』は玄関を出て全裸のまま外に飛び出してしまった。
『旅人』はそこら辺を全裸で走り回ってレヴィの家まで戻って来ると、レヴィの家では「放送警察」が待ち構えていた。
レヴィが謝る。
「すまない。そこまでしては、この世界では警察のやっかいになる他ない。必ず助けに行くからひとまず捕まって欲しい。」
『旅人』は、警察の護送車に乗せられ留置所に行き、そこから精神病院に転送された。その精神病院にレヴィはやって来た。
「やあ、身元引受けに来たよ。書類上は、君の兄ということになっている。」
「お世話になります。ところで、子供達は助かりましたか。」
「ああ、皆、必死に逃げ出したよ。僕は逃げ遅れた者が魔法的に死ぬのは運命のように考えていた……。」
「魔法的に死ぬと一部はここに送られてくるようですね。そういう人と何人か会いました。」
「そうだな。基礎世界で、実際に死ぬ者もいるが、精神に異常を来たすだけで済む者もいる。」
「私はすぐに出られるのですか。」
「なんとか交渉してみたんだが一週間は、いてもらうことになる。」
「そうですか。それぐらいなんでもありませんよ。しばらくこの世界のここに留まることにします。」
「せめてものつぐないにDVDを持って来た。これを上映してもらうようにも頼んである。あとでそれを見て欲しい。宇宙の物語だ。」
「わかりました。何が描かれているのか楽しみです。」
DVDでは、宇宙創世の物語にことよせて、ファンタジーとして魔霊層のことまで基礎世界のフォーマットでキチンと説明されていた。
最後の場面で、おじいさんの博士が出てきた。それは霊性においてレヴィその人であることが『旅人』にもわかった。博士は宇宙を自転車に乗って旅をする。
博士が地球に残った人々に声をかける。
「私は世界を管理するのに疲れてしまった。でもまだ死ぬわけにはいかない。眠ることにするよ。グーグーグー。」
すると、DVDを見ている『旅人』以外の人達が騒ぎだした。
「やった。俺達の自由だ。あいつは邪魔だったんだ。」
博士が目を醒ましてつぶやく。
「あら、少し眠っている間に地球は混乱しちゃったな。誰か私を次ぐ人は出て来ないのかな。もう少し眠ってみよう。グーグーグー。」
「おい、あいつが目を醒ましても何も言えないようにしてしまおう。俺にいい考えがある。」
博士の自転車がだんだん小さくなって遠くに行ったことを示していた。そこで目を醒ましてつぶやく。
「ア…ア…、電波ガ…トドカナイ…オヤ、ロボット達ガ騒ガシイゾ…世界ノオワリ…世界ノオワリ…。私ガ逃ゲテシマッタ……。」
『旅人』は皆に語りかけた。
「どうしてあの方の気持ちをわからないのです。この世界などあの方の一暴れで崩壊してしまうのですよ。魔法世界なんてものが認められるのが奇跡に近いのだから、その根本をひっこ抜かれても文句は言えません。あなた方は、放射能やテレビの技術を間違って使用しているのにどうしてそんなに浮かれていられるのですか。」
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