第39話

 突然に、莉紗は俺の手を握る。やや高い脈が、俺に伝わってくる。

「ねえ、お昼にしましょ。ちょっと早いけど」

「えっ、ここで?」

 まだまだ朝早い時刻。飲食店も周囲に無い状況に俺は戸惑う。

「前に言ってくれたよね。弁当作ってくれるって」

「ごめん、まだ一度も作ってあげてなかった」

 莉紗は部活や補習授業なんかで割と朝早く家を空けてばかりで、一度も用意したことがなかったのだった。

「今日ぐらいは用意してくれたんでしょ」

 莉紗が楽しそうにこちらを向くのにも、俺は怖さを感じていた。

「俺、朝から手ぶらなんだけど」

「ダメね。愛夫弁当も用意できないなんて。計画が総崩れだ」

 そう言うと莉紗は立ち上がり、早足で市街地方向に歩いて行く。怒ってる? 取り敢えず彼女を追いかけて行くと、信号待ちで追いつく。

「莉紗、ごめん」

「自覚があるんだったら、今日一日、私をしっかり楽しませて、私を虜にしてみなさいね」

 もしかしたら、今日が莉紗との関係の最後になるのかもしれない。信号が変わり、先へ進む彼女を、俺は追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る