第29話

「おおおおおおおおおお……」

「どうかしら、浩一」

 その場で見ていた全員が、嬌声を上げざるをえない状況を目にし、実際に嬌声を上げてしまった。アニメーションというのは妄想の産物といっても過言ではないが、そんな妄想すらを超越したサキちゃん。

 このキャラクター、佐々木先輩が見ているのを何度も覗いていたので、見た目だけは知っているが、されにしても莉紗が仮装すると、アニメにそれほど興味の無い俺でもはまってしまいそうなほどの強い印象を与える。

 殆どヒモのよう……それが莉紗の身体にかかると、それが皮膚を食い込ませて余計にエロい。本当にギリギリ、隠すべき所を隠している、といったレベルなのである。本当にこれ、女の子が見るようなアニメーションのキャラクターなの、ねぇ、佐々木先輩?

「ゆ、祐佳里が着る悩殺コスチュームはないの?」

「無いであります」

「さすがに、あれに対抗するのは無理があるだろ」

 先輩方も、あまりのセクシーさに度肝を抜かれているのか、目が釘付けになっている。

「それにしても七星の肌、綺麗だな。色白で。黒いコスチュームとの対比が」

「金平先輩みたいに運動ばかりしてないので。インドア派なんです」

「かわいすぎるであります。はぁ、ちょっと触らせて……」

「オタクって、なんでも『カワイイ』で済ませようとするところが気に入らないのよね。もっと、適切かつ瑞々しい描写ができないものなのかしら、こーいち」

 俺は思わず、ふい、と目を逸らしてしまった。

「ねー、こーいち。私、こーいちの為にサキちゃん、とかいうキャラクターに変身したんだよ。何か言ってよ」

「……」

 なんて言えばいいのだろうか。頭をぐるぐる掻き回しても、小生、そんな国語力を問うようなプレッシャーをかけられても句が告げないのですけど。

「えーっとさ、このキャラクター、あー、なんてったっけ、お約束のシーンというか、なんか、こういう格好して、いつも同じ事いうの、あれ、何だったっけ?」

 記憶の中に押しとどめられていたテレビ映像をたぐり寄せて、その真似をやってみる。あ、佐々木先輩が怪訝な表情を浮かべている。

「違うであります。こう、こう!」

 俺が前に組んだ腕の、立てた指先が上の方を向いていたのだが、先輩は正面を指差していた。俺はあわてて、その通りに直す。

 莉紗も、同じポーズを取り始めたのだが……。

「こう、かしら?」

「莉紗殿、このキャラクターのターゲットは大友、すなわち大きなお友達。恥ずかしそうに胸元を隠して何の意味があるでありますか。腕を少し下げて、胸のラインを下支えするように見せることこそ、このキャラクターの萌えの神髄ですぞ!」

 そう言って、先輩は腕を上下させる。

「これでいいの?」

 莉紗は、その指示どおり腕を下げる。

「も、萌え~~」

 佐々木先輩が、オタクとしてはたぶん最上級に相当するであろう、そんな奇声を上げる。

「あと、……このキャラクターって何と言えば、こーいちがも、萌えるのかな?」

「いや、見た目だけで充分……ってか、俺、その台詞、実は知らないし」

「七星殿、『サキの真の姿を見たからには、下僕になりなさい』ですぞ。いいですか、七星殿。このサキというキャラクターは、実は相当の恥ずかしがり屋で、学校ではおとなしい優等生として振る舞っているのでありますが、正体は、エッチな淫魔なのであります。でも、よいでありますか、恥ずかしがり屋さんなのであります。従って、エロ恥ずかしそうに言うのがポイントなのであります」

「エロ恥ずかしい、って?」

 莉紗が疑問を呈すると、先輩は即座に行動に移った。リモコンを手に取ると、せわしくボタンを操作する。

「よいですか、浩一殿、七星殿。この作品の人気は主人公がかわいいから、とかいう浅はかな輩が多いのありますが、本作の人気の本質は、サキを演じる声優、倉橋女史の名演技……ネットではエロゆる、なんて表現がなされていますが、計算し尽くされた感情の変化に基づくイントネーションと発声により、絶妙なエロさ具合がオタクの心に突き刺さるのであります。しかしながら、倉橋女史はプライドの高さ故、歌や写真露出といったアイドル的な活動を嫌うこと、またオタクには耳の痛い本音……毒舌ですな、それ故に正当な評価を得られない不遇の、名声優でありますぞ。出ますぞ!」

 俺たちは耳をそばだて、一挙手一投足をも聞き逃すまいと画面に釘付けになる。カットが変わり、制服姿のサキがサキュバスに変身して、決めポーズ。画面いっぱいにサキの顔が大写しになったかと思うと、

『サっ、サキの真の姿を見たからには、げっ、下僕になりな……さいっ!』

「も、萌え~、萌え~~」

 佐々木先輩がオタク特有とおぼしき歓声を上げる。確かに、最後のひと言の前にある特有の間、上擦った喋り方を最後に正す表現力、最後に言い切る時の言葉の凄み。確かに、佐々木先輩が言うように、並々ならぬ表現を、わずかな台詞から読み取らせる声優の表現力に感服した、といいたいのだが、それよりも気になるのが……。

「佐々木の真の姿……に聞こえた」

「十七歳です!」

「おいおい、それはリアル年齢だろ」

 どう見ても三十歳超えてない女性がそれを言うと、余計に痛い。佐々木先輩にお約束のツッコミを入れていると、金平先輩が耳元で囁く。

「おい、浩一。彼女!」

 俺は、莉紗の方へとこうべを巡らす。未だに恥ずかしそうに顔を赤らめ、うつむく莉紗。しかし、俺が自分を見ていることに気がついたのか、変なポーズ……サキの変身バンクのダンス(?)みたいなのを一通りやったあと、

「さ、サキの真の姿を見たからには、こ、こーいち、私の下僕になって……くれるかな?」

「もちろん、下僕です」

 俺は、疑問すら持たずに即答した。

「浩一、あたしの主夫じゃなかったのか?」

 そう金平先輩が茶々を入れるが、俺は声を大にして言おう。

「いいえ、サキさま、じゃなかった、莉紗の下僕で間違いありませんっ!!」

 冷静になれよ、俺。

「あのさ、こーいち」

「どうしたの、下僕だよ。なんでも言うことを聞くから命令して、サキュバスの莉紗さま」

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