(II)
第6話
翌朝。
……といっても既に昼前になっていたのだが、俺の部屋に響く金属質のものがこすれ合う音を聞いて目が覚めた。
1Kのアパートの玄関のドアノブが、音と供に小刻みに震えている。
泥棒? こんな日中から??
そんな少しの恐怖感を抱きつつも、俺は厳戒態勢で玄関に近寄る。おそるおそる解錠するや否や、そのまま扉がバッと開け放たれる。
「ぉ兄ちゃんっ!!」
扉の向こうから飛び出してきたのは、あの、記憶の中の白い帽子であった。紫のリボンも、シミの形もあの時のまま、まごうこともなき祐佳里の帽子であった。
その帽子の角度が上を向くと、秘匿された容姿が露わになる。淡い水玉のワンピースを身につけた美少女。その彼女が、腕をこれでもかと言わんばかりに広げて俺の胸に飛び込んできた。
「浩一ぉ兄ちゃん、覚えている? 妹になった祐佳里だよっ!!」
確かに、耳元のほくろに見覚えはあるし、顔立ちにも確かに見覚えがある。しかし、髪型は背まで届くほど長くなり、幼児体型だったのがすっかり陰をひそめ、胸はそれほどないものの立派な女性の体つきに生まれ変わっていたのには予想だにしない驚きであった。
そして、それ以上の驚きが、懐かしい「お兄ちゃん」のフレーズ。
「祐佳里、大きくなったな。で、今日は何の用で来たの?」
ふと、玄関先に目をやると、学生には似つかわしくない大きな旅行用のトランクが残っていた。
「えっ、おばさんから聞いてないの? 祐佳里、今日からぉ兄ちゃんと一緒に同居するんだよ」
「えっ」
俺の疑問なんぞなかったかのように、新生活に胸を膨らませ、俺に笑顔を振りまく祐佳里。
しかし、困った。
従妹とはいえ、男女二人っきり。ワンルームに同居ってどうなのよ。
「あのさ、ここワンルームしかないから……」
そういう俺の言葉を遮って
「いいじゃない。兄妹みたいなものなんだし。ぉ兄ちゃんのこと大好きだから、祐佳里、今日から一緒に暮らすのずっと楽しみにしてきた。だから、一緒の学校を受験して、合格したんだよ」
以前と同じ屈託のない笑顔を俺に向けてくる。その笑顔に、俺は何も言い返せなくなった。
「わかったわかった。取り敢えず中に入れよ。荷物は後で俺が入れとくからさ」
「じゃ、おじゃまします」
そう言って靴を脱ごうとするも、ふと何か思い出したかのように、玄関の外に置いたままのトランクの所まで戻る。
そして再び扉をくぐる時、祐佳里はこう宣言した。
「ただいま、ぉ兄ちゃんっ!!」
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