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ある程度の関係を築きあげた友人同士であれば幾度となく交わすであろう平凡だがあたたかい会話と、その間隙を埋めるこころよい沈黙をくりかえしているあいだに、夕刻と呼ぶにふさわしい風景が国立公園をつつみはじめていた。水平線に限りない接近を果たした太陽が、
その侵略の度合いに比例して、それなりに深い関係にある、もしくは深い関係になろうとしている男女の組み合わせの比率が高くなっていることに、ベンチに腰掛けているふたりの女性は気がついた。
シルバーブレイト国立公園の
十分〝若い女〟の射程距離におさまるであろう親友同士のふたりは、しかし、その聖地の
シュティ・ルナス・ダンデライオンもアイリィ・アーヴィッド・アーライルも、宇宙にあまた存在する男性の大多数が合格点を与えるであろう外見的魅力を有しており、家庭的才能や人格も十分すぎるほどの水準にあった。無論、ふたりのそれぞれをある一面において、あるいはその未来のすべてを独占したいという男性もそれなりの数が存在してきた。にもかかわらず、他人から見れば奇妙な独身主義を貫いていることに、シュティは自分に限ってだが、その原因をはっきりと自覚している。彼女の親友の存在が、シュティの目の前に立つ男性に合格点を与えることを、きわめて高い
アイリィ・アーヴィッド・アーライルというその人物は、シュティ・ルナス・ダンデライオンにとって、まさに理想の恋人像をなしていた。彼女に比べれば、ある男性は優しさこそあるものの勇敢さに欠け、ある男は腕力に比して知性が欠如し、またある男は精神的習熟度が不足していた。シュティの前に彼女の精神の花園を独占する意志をもって現れた男性は軽く二桁を数えるが、彼女は結果的にそのすべてを落選させていった。一度などさすがに自分の青春的色彩の味気なさに不安をおぼえて関係をはじめさせたのだが、相手の熱度が上昇するのをよそに勝手に距離を置きはじめ、ついには相手の連絡を無視するようになり、関係を深めるかなり手前の段階で自然消滅させてしまったのだ。こまめな連絡というのを彼女がもともと得意としなかったという事情もあるが、やはり相手が彼女にとって精神的に興味を
だが、彼女の〝理想の恋人〟は、ある一点のみにおいて、しかし決定的に、恋人たる資格を欠いていた。彼女はアイリィが男であれば楽だったのに、と思うことが再三におさまらない。もし事実がそうであれば、彼女は自分が確かなものを持っている(と思っている)〝男を見る目〟によってアイリィ・アーヴィッド・アーライルを人生の伴侶として選び、夫の人生を家庭と仕事の両面から支え、その対価として比類なき愛情を一身に浴びて、一生を多彩かつ幸福な色彩によって塗り尽くしたであろう。
もっとも、仮に事実がそうであった場合、彼女はきわめて倍率の高い競争に身を投じることになっていたかもしれないが…。
そのアイリィ・アーヴィッド・アーライルは、シュティ以上にこういった類の話題に無縁であった。別に男を嫌っているわけではないのだろうが、まるで無恋愛主義者のステッカーを胸と背中に付けているかのように、そういった意味で男性を相手にしない。男性と交流しないわけではないのに、どういうわけか
シュティには、その理由がなんとなくわかる。アイリィが男性を相手にしないのは単に面倒なだけだろうが、それだけならば、男性が積極的意思を有していさえすれば、アイリィがその熱意にほだされて愛情を受け入れることもあっただろう。シュティはある女性が自慢げに話すのを聞いたことがあった――男を手に入れるためには完璧ではダメ。スキを見せる女にこそ、男は本能をくすぐられるものなのよ、と。
アイリィは男性にとって、おそらく完璧すぎるのだろう、と彼女を最大限にひいきしている親友は思う。その容姿、身体能力、知性、包容力すべてに穴のない彼女に対して、男性の側がある種の劣等感をいだいてしまい、あえて過大な労力を注ぎ込んで彼女の精神世界を征服したいという食欲をおこさせないのだ、と。友人のためにシュティが惜しむ欠点があったとするならば、まさに〝欠点がない〟というその点であった。もっとも、男性の興味を引くことにまったく興味のない親友は、世の女性がそうしているように、自分を着飾ることにまったく努力と金銭を払っていなかったから、案外それが原因なのかもしれないが、彼女に近づいてくる男が皆それを理由に興味を失うというのもおかしな話であった。だいたい、彼女の外見的魅力からすれば、わざわざ時間と金を費やしてみずからを飾りたてることなど必要ないのである。
むろん、これらはシュティの勝手な見立てであって、本人にはまたちがった事情があるのかもしれない。不思議なことに、このふたりは、女性の友人同士であれば必ずといってもいいほど高頻度に出現するはずのこういった話題を、語り合うことがきわめてすくなかった。才覚と友人に恵まれたふたりにとって、恋愛というのは、必要不可欠な養分ではなかったのだろう。いずれにせよ、互いに心のなかのそういった部分に土足で踏み上がることをしていなかったことは確かである。
ふたりは顔を見合わせると、どちらが先にというわけでもなくベンチから立ち上がり、臨海区域をあとにした。それまでの間にさらなる増援が到着して勢力を拡大した男女の
ふたりにその気があれば、彼らと半ば同じ、半ば違うかたちで聖地の賓客たることができたかもしれない。宇宙には、その障害を軽々と、もしくは苦悩の末に乗り越えてしまう人々も多く存在する。ふたりはどちらかというと、友人に対してそうであるように同性の魅力に敏感に反応するほうではあったが、結局のところ、今一歩のところで、しかし決定的に、同性愛者としての資質を欠いているようであった。それがはたしてふたりにとって幸福なことであるかどうかは、本人たちにもよくわからなかった。
シュティ・ルナス・ダンデライオンは、〝欠点のない〟ことが欠点である親友と、その十分の一ほどの体長の飼い鳥にはさまれて帰路をたどっていた。彼女は、肩を並べて歩く親友が、外見や才気だけでなく、精神的な部分においても完璧であると思っていた。このとき、親友に、シュティにとっては些細な、しかし本人にとっては深刻な心のひび割れが存在していることに、彼女はまだ気付いていない。
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