第27話 魔女の親友



 中等部時代、ヨーリにはひとりの親友がいた。

 その親友は正統な魔女の家の生まれではあったが、他の魔女の子とは違い、一般庶民のヨーリとも分け隔てなく接してくれる気さくな娘だったという。

 

 彼女は〝魔女〟という呼び名に相応しからぬ明朗快活な少女だった。

 整った顔立ち。

 健康的で血色のよい肌。

 誰もがうらやむ長く美しい黒髪。

 好奇心に満ちた大きな瞳は彼女の放つ魔法の炎と同じ紅蓮の色。

 魔女の身分を示す漆黒のマントを身にまとい、胸元にはいつも赤いペンダントをきらめかせている。


 名を、シロリー・カーノック。

 第四十番勇者。

 手にするは聖剣〈コルスコルピイ〉、突き刺した対象を灼き滅ぼす毒炎の剣。

 彼女は、俗に〝魔女っ子勇者〟と呼ばれる上位八十八英雄のひとりだった——。




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 いまから四年前。

 ヨーリとシロリー、彼女たちふたりが出会ったのは聖護せいご魔術女学校の始業式の日だった。

 きっかけは些細なことだったそうだ。

 中等部登校初日。

 まわりは魔女や名門魔術師の家のお嬢様ばかり。

 ヨーリがひとりでおろおろしているところにシロリーが声をかけた。


「やあ、大丈夫? わたしはシロリー・カーノックっていうの。よろしくねっ」


 その頃からひと見知りだったヨーリは何故自分が声をかけられたのか分からず戸惑ったらしい。


 ——庶民の自分にどうして高名な魔女の家の子が。


 魔術貴族カーノック家の名前はヨーリも聞いたことがあった。

 しかし、シロリーのほうはそんなことを気にする素振りもなかった。


「あんなに挙動不審にフラフラしてたらいやでも目立つって! 見てたらなんか心配になっちゃってね、あはははっ」


 そう言って笑い飛ばすシロリーの陽気に気おされ、そのままなんとなく彼女を受け入れてしまった。

 最初は戸惑ったヨーリだったが、シロリーの裏表のない人柄にほどなく魅了されるようになった。ふたりはすぐに仲良くなった。




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 入学前から危惧していた通り、ヨーリはなかなか自分からクラスに馴染むことができないでいた。 

 生まれついての魔女の子たちに囲まれてどうしたらいいのか分からなかった。

 まず話題に着いていけない。

 彼女たちの世界では日常的に魔術や呪術があることが当たり前なのだ。

 ヨーリにはせいぜい苦笑いを返すので精いっぱいだった。


 そんなヨーリがかろうじて学校生活を続けることができていたのは、ひとえにシロリーのおかげだった。

 

 シロリーは明るく、強く、美しかった。

 線の細い美人というのとは違ったが、豪胆で、正義感に溢れ、醜いものを寄せ付けない夏の太陽のような少女だった。

 名門貴族でありながらそれを笠に着ることはなく、それでいて上流階級特有の気品があった。魔術の技能にも長け、実技の授業ではつねに他者を圧倒していた。

 

 シロリーの明るさに感化されてヨーリも少しずつではあるがクラスメイトの輪に溶け込んでいった。

 彼女が背中を押してくれなければいまのヨーリはなかっただろう。


 ひと見知りの自分にはシロリーの存在はあまりにまぶしすぎる。

 そう思うこともあったが、実際に彼女を目の前にするとそんなうじうじとした悩みは吹き飛んでしまった。




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 ふたりがすっかり打ち解けたある日のこと——。


「いい? ヨーリ、見ていてね」


 シロリーが長い髪を掻き上げると、彼女の髪はまるで揺らめく炎のように鮮やかな赤に色味を変化させた。


「えええっ! すごいです! どうやったの!?」

「ふっふーん。これはカーノック家に伝わる秘伝の薬を調合した染液を髪にふりかけたのだよ!」

「えーっ、いいなあ、すごいなあ!」

「この薬の秘密はそう簡単には教えられないけど、実は市販の既製品を使っても組み合わせ次第では再現できないこともない」

「えっ、本当ですか!? ……私にもシロリーみたいにできるかな?」

「はははっ。ヨーリならきっとできるよ」


 彼女がもう一度髪を掻き上げるとそれはもとの深い黒髪に戻っていた。

 自在に髪の色を操るシロリーをヨーリは羨望の眼差しで見つめていた。




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「ねえ、シロリーはどうして私なんかの相手をしてくれるの? こんな魔女でも貴族でもない私と……」


 一度だけそう訊いたことがあった。

 冬の日の放課後のことだった。


「どうしってって……。うーん、なんか放っておけないから、かな……?」

「え、それだけ!?」

「それだけって何よ。友達と付き合うのに何か特別な理由が必要なの?」

「そんなことは……ないけど……」


 不安げなヨーリを見てシロリーは少し思案顔をしていたが、


「ねえヨーリ、わたしの——このシロリー・カーノックの『特別』になりたい?」

「え?」

「わたしの特別。ずっとわたしの隣にいられる『特別な存在』」

「特別な存在……」

「どうなのさ?」


 シロリーはにやにやしながらヨーリの返事を待っていた。


「……なりたいです。私、シロリーの特別になりたいです。シロリーの隣にずっといたい……!」

「……そう」


 ヨーリにはシロリーの言いたいことが読めなかった。


「それじゃあもう、自分のことを〝私なんか〟なんて言わないことね」

「えっ」


 ドキッとした。

 もしかしてシロリーの気に障ることを言ってしまっただろうか。

 にわかに焦りが沸き起こった。


「え。あ、あの、シロリー……」

「あのね、ヨーリ。わたしが好きなのはいまのヨーリなの」

「はへ!?」

「不器用だけど一生懸命ないまのヨーリが好き。そこに特別な理由なんか要らない」


 シロリーの声には涙声が混じっていた。


「シロリー……?」

「魔女も貴族も勇者も関係ない。ヨーリはヨーリでいいんだよ」

「…………」

「ははっ。ごめんね。こんなこと突然言われても、困るよね……」

「そ、そんなことないです! シロリーの気持ち、とても嬉しいです!」

「ほんとう……?」

「はいっ!」

「……そっか。よかった」


 そう言ってシロリーはヨーリにもたれかかってきた。


「はへっ! あ、あの、シロリー、これは……」

「じゃあさ、ずっとわたしの隣にいて、ヨーリ」


 シロリーは目をつむって静かにヨーリに語りかけた。


「……はい。私もシロリーとずっと一緒です」


 それからふたりはじっと肩を寄せ合った。

 そのまま日が沈むまでお互いの体温を感じながら過ごした。



 飛び抜けて魔法が得意なわけでもなく、ひと付き合いも苦手なヨーリ。

 名門魔術貴族の長子で、いつでも誰にでも明るく振る舞うシロリー。

 一見して対照的なふたりは、いつしか親友と呼べる間柄になっていた。



 しかし幸せな時間は長くは続かなかった。





 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 シロリーに八十八英雄としての出征命令が下されたのは中等部一年も終わりに差しかかった七月初旬。もうすぐ本格的に夏が始まろうかという季節だった。

 放課後の教室でふたりは向かい合っていた。


「ヨーリ、ごめんね。でもわたし、きっと帰ってくるから」

「うん……」


 ヨーリもシロリーが勇者なのは知っていた。

 だからいつかこのときが来ることも分かっていた。

 分かっていたはずだった。

 だが、分かっていても心が現実を拒んでいた。


「これはヨーリが持ってて」


 そう言ってシロリーが差し出したのは、彼女が片時も肌身離さず持っていたペンダント。ペンダントには紅い光を宿した琥珀色の宝石が嵌め込まれていた。


「見てみて、ヨーリ。このペンダント、宝石の中心が光ってるでしょ。これはカーノック家の魔女の力の象徴なの。この輝きがある限り、わたしは魔女として戦える」

「え、そんな大事なもの、受け取れないよ」

「いいから」


 シロリーはヨーリの手を引き寄せるとその手にペンダントをぎゅっと握らせた。


「もしわたしがいなくてさびしくなったら、ペンダントの光を見て。そのときはきっとわたしもヨーリのことを思い出してるから」

「シロリー……」

「たとえどれだけ離れていてもわたしたちの想いはつながってる。このペンダントはその証明みたいなものかな。だからこれは、ヨーリが持っていて。ねっ」

「……うん。分かったよ、シロリー」

「…………分かってくれてうれしい」

「でも、やっぱりただじゃ受け取れない」

「え?」

「シロリーがここに帰ってきたときには、私が『おかえり』って言ってこのペンダントを返すから。だからシロリーも絶対ここに帰ってきて。それが、受け取る条件」

「……それは、約束?」

「うん。約束」

「……分かった」

「やぶったら怒るからね」

「ははっ、ヨーリが怒ってもこわくないからなー」

「ええーっ。そんなことないよう!」

「あはははっ。ごめんごめん!」


 ヨーリとシロリーはいつものようにじゃれ合って笑った。

 そうしてひと通り笑いあったあと、まっすぐにお互いを見つめた。

 ふたりの目には涙が浮かんでいたが、それは哀しみの涙ではなかった。


「……必ず帰ってきてよ」

「うん」

「約束だからね」

「うん。約束だね」





 そしてその日を最後に、シロリー・カーノックが帰ってくることはなかった。





 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 シロリーが出征してしばらくの間は、ヨーリも彼女の帰還を信じていた。

 いつか必ず帰ってくると信じて疑わなかった。

 シロリーのいない教室はやはりどうしても居づらくて、クラスメイトとは距離を感じる一方だった。話を合わせるために彼女たちの魔女トークに積極的に交ざる気にもなれず、クラスでも浮きがちになっていった。ときにいじめに近い仕打ちを受けることもあったという。

 それでも親友を笑顔で迎える日を夢見て孤独な日々を耐えた。


 政府発表や新聞報道は各地での勇者たちの華々しい活躍を報じていた。

 八十八英雄はみな、遠い戦地で今日も無事に戦っている、と。

 対魔国戦争の開戦からおよそ八年。

 戦況は長引いているがそれも近く終わりを迎え、出征していた勇者や兵士たちもいずれ戻ってくる。

 帝国臣民の多くがそう信じていた。ヨーリもその多くのなかのひとりだった。


 中等部二年の学期末。

 シロリーが帝都を去ってちょうど一年が経った頃のことだった。

 それは突然起こった。


 彼女が残していったペンダントの宝石が、まっぷたつに割れた。


 コアの紅い光は失われ、宝石はみるみるうちにただの灰色の石と化していった。

 それが何を意味しているのか、ヨーリにはすぐに分かった。

 

 ——ああ、シロリーはもう帰ってこないんだ。


 カーノック家に伝えられてきた高濃度の魔力結晶。

 そう簡単に壊れるものではない。

 それが割れたということはつまり、元の持ち主の身に『何か』ただならぬ事態が起こっているということだった。

 その『何か』が、果たしてどの程度の危機なのかは分からない。

 ただそのときのヨーリの心には、親友が自分のもとに現れることはこのさき二度とないのだという、拭い難い直感だけが突き刺さっていた。





 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇





「それから数日は何も手に着きませんでした」


 ヨーリの表情は憂鬱そうだった。

 失われてしまった親友の面影を記憶のなかに思い返しているのだろう。


 っていうか、ヨーリに妙なお洒落術吹き込んだのそいつかよ……!!

 ……とはさすがにツッコめなかったが。


「——でも、何のためにシロリーは旅立っていったのかということを考えるうちに、あるとき思ったんです。このままじゃいけないって。私が立ち止まってるところを見たら、シロリーはどう思うだろうって」

「ヨーリ……」

「そのことに気づいてから、私は勇者養成学校であるホーリーハック魔導魔術学院に入るために必死に勉強しました。シロリーに少しでも近づきたくて。ホーリーハックに入って優秀な成績を修めれば、どこかの勇者のパーティーに所属できる。戦場に立つことができる」


 そう。シロリーが戦っていた、あの戦場に——。

 ヨーリは自分を変えようと努力をし、ホーリーハックにやって来たのだった。


「それと同時に、帝国が掲げる戦争の在り方そのものにも疑問を持つようになりました。……それまでの私はお父さんが言ってることがよく理解できなかったんです。それどころか、教会と異なる主張を繰り返す父を恥ずかしくも思っていました」


 まあ、実の父親が世間から名指しで非難されているのは嫌だし、恥ずかしいよな。

 やめてくれよ! って思う。

 その気持ちはよく分かる。実際、俺の親父もそうだったしなあ。


「だけど本当はそうじゃないのかもしれない。父の言っていることは正しいのかもしれない。そう思い始めました。間違っているのは帝国のほうなんじゃないか。むしろ勇者対魔王という戦争の構図自体に誤りがあるんじゃないか、と」

「……そこまで考えて、その、勇者を憎んだりはしなかったのか?」


 勇者なんて制度がなければ、シロリーも戦場に出ることはなかっただろうに——。


「いいえ。勇者はシロリーが選んだ道でしたから。シロリーは勇者という立場に誇りを持っていました。それを否定することは、私にはできません……」


 親友を奪った勇者の在り方に疑問は持っても、親友が選んだ勇者という生き方を憎んだり否定したりはしない。

 やっぱりめっちゃいい子だよなあ、ヨーリは。


「八十八英雄のかたがたひとりひとりに罪はありません。みなさんそれぞれの信念を抱いて戦っています。問題があるとすれば、勇者の聖性を過剰に絶対視し、旧態依然とした戦争の方法を変えられない政府や教会のほうではないか。そう思うんです」

「——それで〝戦争が悪い〟、か」



 ……なるほどね。

 勇者の親友を失い、父親を教会から敵視され、戦争の在り方に疑問を持つ。

 ただの優等生にはできない考え方だ。

 それで結果的に、こうして魔王城まで来てるんだから大したものである。

 俺なんか勇者に選ばれてぶつくさ文句を言うばかりだったのになあ……。

 もうヨーリが主人公でいいんじゃないかな、いやマジで。



「正直なこと言うとさ、俺もちょっとおかしいなとは思ってたんだ」

「……え?」

「ホーリーハック魔導魔術学院——あそこは公立の勇者養成学校だ。聖剣に選ばれた当代の勇者や前代勇者の子孫、もしくは勇者出征の際にパーティーのメンバーになって武勲を立てようというような高いこころざしや野望を持ったやつらばかりが集まっていた」


 現にミリアドだってそうだ。

 ミリアドの場合は、俺が勇者としてホーリーハックに行くことになったのを機会に一緒に故郷を出てきたというのもあったが、何より奴には戦争で名を上げて実家の剣術流派を復興させるという大きな目標がある。


「何かしらの愛国心や功名心等々のもろもろの意識高い系が寄り集まって互いに牽制しあっている。そういう学校だった。そんななかで俺は八十八番目の勇者だったもんだからさ、まあいろいろ言われたよ。それこそツェーネみたいな輩はめずらしくなかったんだ」


 自分でも卑屈な言い分だと思うが、事実そうだったのだ。


「でも、ヨーリはそういうギスギスした感じがなくてさ。かと言って圧倒的に強い魔力や剣術を持っているわけでもないみたいだし、なんか違うなって」

「……それって褒めてるんですか?」

「ほめてるほめてる。なんていい子なんだ! 心の底からそう思ったよ」


 はじめて会ったときはかなり当惑させられたけどな。

 主に、髪の色の問題で。

 あれだけド派手で奇抜だったヨーリのおさげ髪も、いまは落ち着いた茶色っぽい髪を丁寧に編み込んだものになっている。

 ……あれをほどくとくせ毛がぶわりと広がるんだろうか?


「ヨーリちゃんもいろいろ苦労したんだな……」


 ミリアドがしんみりとつぶやいた。


「それで人間関係こじらせて思い悩んだ結果があのインパクトのあるヘアカラーだったってわけか。何事もそれなりの理由があるもんだなあ」


 っておい! 

 なにずけずけと口走ってんだよ、そこはセンシティブなとこだろうが!

 ……と思って彼女を見ると「も、もう! それは言わないでくださいよ!」と抗議の弁を口にしながらも本気で嫌がっているふうはなかった。

 あれ、やっぱり俺とミリアドじゃ態度違くないですかね……。

 この差はなに?


「まあなんにせよ、ヨーリちゃんのパパさんの言ってることは正しかったわけだな」

「ええ……。結局なんの対処をすることもできませんでしたけど……」


 再び声のトーンを落とすミリアドとヨーリ。

 いちゃつくのかシリアスやるのかどっちかにしてほしい。


 ともかく——。

 帝都はすでに陥落した。

 戦場に出ていた精鋭軍も、もはや負けたも同然。

 ハハルル博士によれば頼みの四聖獣も魔王の敵ではないらしい。

 勇者を主戦力に据えた神聖帝国は、兵站を整え物量で押し迫る魔国軍を前に成すすべもなく壊滅しようとしている。


「……だけどまだ、やれることはある」


 俺はさきほどくじかれかけた決意を思い起こす。


「そう。やれることはあるんだ。勇者として、俺にしかできないことが」

「おおっ、どうしたよショア。お前がそんなこと言うなんて」

「ショア君、大丈夫ですか? 熱でもあるんじゃ……」

「……おまえらなあ」


 茶化すなと反論したかったが、自分でもらしくないことを言っていると思う。


「たしかに魔国軍と帝国軍の戦力差は歴然だ。それは兵の数の話じゃない。それ以前のところで帝国は負けていたんだと思う。それこそ十年前のあの日から」


 そして長きに渡る戦いはいままさに終止符が打たれようとしている。

 だが、それを打つのは魔王じゃない。

 俺たちだ。


「勇者に頼り過ぎていては戦争には勝てない。いや、勝てなかった。だけど、ひとりの勇者がひとりの魔王を討ち倒せるかどうかとなれば話は別だ。そうだろ?」

「ああそうだな」とミリアドが頷く

「えっと、ヨーリ……。こんな俺で申し訳ないんだけど、勇者の力っていうのをもう一度だけ信じてみてもらえないかな」

「ショア君……」


 ヨーリは胸元で両手を軽く重ねた。

 それはそこにあるはずの何かを確かめるしぐさのように見えた。


「はい。こちらこそ、あらためてよろしくお願いします!」

「……っ」


 やばい。

 なんか俺、泣きそう。


「あ、ええと、それでミリアドは……」

「……しょうがねえなあ、俺たちの勇者様は」


 ミリアドが俺の肩に腕を回す。


「そんなお願いされなくたって、ここまで来たんだ。最後まで付き合ってやんよ」

「ミリアド……」


 俺たち三人は顔を見合わせる。

 そこにはもう絶望の色はない。


「行こう、玉座の間に——!」



 お? なんか今回いつになくマジメじゃね?




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