第57話 二人の将軍

 時間は少し戻り、大岩のすぐ傍で二人の半妖魔が激しく戦いを繰り広げていたころ。ランディは随分と離れたところに陣を張り、あっという間に兄の半妖魔にやられてしまった魔法使いたちとの圧倒的な力の差を呆然と見ていた。一回は弟のほうだけでも捕まえることに成功したのに、兄が魔法使いたちを倒したせいでせっかくの檻も解けてしまっている。


(これではこの作戦は大失敗に終わる……!!)


 あせる思考を何とか落ち着かせながら、手の内のこ何とか体制を整えられないか模索する。まずは虫の息の魔法使いたちを陣中へ連れ戻さなければ、立て直すものも立て直せない。しかし、激戦が繰り広げられている中に魔法使いでない兵士をいたずらに突っ込ませても、被害が拡大するだけだった。


「どうすれば……」


 気持ちばかりあせり、こぶしをぐっと握りしめる。ただ遠くのほうで繰り広げられる戦いを傍観することしか出来ないでいるのがひどくもどかしい。そう感じていた最中、ランディがふと感じとったのは転送魔法の魔力だった。


 一つ、二つ、三つ――こちらへ送られてくる魔力はどんどん数を増していく。いったい何が起こるのかと警戒したが、見慣れた転送魔法の魔方陣と共に現れたのはほっそりとした女性の身体だった。紅の魔法使い、セレナだ。続いてパートナーのルディオ、白銀の魔法使いの二人、というふうに、どんどん倒れていたはずの魔法使いたちが現れ始めた。


「なんだ……?!」


 目の前で起こっている事実がうまく頭の中で結びつかず、戦いが起こっている場所に目をこらす。戦っている半妖魔二人の脇に、魔法を発動するときに出る特有の光──魔法光を放つ一組の魔法使いが見えた。誰かが彼女たちを転送してくれているらしい。二人が味方なのか敵なのか、いったいどんな意図があって彼らを転送してきたのかはわからなかったが、そんなことは関係ない。魔法使いたちがこちらに戻ってきた今、これから打てる手はぐんと増えた。


「大方、セレスの味方なのだろうが……礼を言おう、名も知らぬ二人」


 少しだけ口端を吊り上げて、ランディは遠くに見える二人に向けてつぶやく。戦局はどうなるだろうか。自分の読みが正しければセレスはリリスを目覚めさせ、魔法使いの契約を結ぼうとするはずだ。二人が契約さえ結べば、力はカイヤと互角かそれ以上になる。相打ちになるか、カイヤが負けるか――どちらにしろ、自分にとってはやりやすくなるにちがいない。


 何にせよ、行動は慎重に起こすべきだ。たとえ卑怯な手でも、自分の願いさえ叶えることが出来るならそれでいい。これからの手を頭の中で組み立てながら、ランディは足早に陣の中心へと戻っていったのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ほぅ……あいつら、うまくやったみてぇだな」


 時を同じくして、大岩付近での戦いを少し離れた高台で見守るもうひとつの人影があった。飴色の瞳を輝かせて、アルは手の中にある薄紅の宝石をもてあそびつつ大岩付近の気配を探る。莫大な魔力と妖気が二つ――そこには感じなれた愛弟子二人の気配も加わっていた。街中を地道に探索していたのでは埒が明かないから、セレスと接触してリリスを助ける手助けをする。二人がそう言い出したときにはどうなることかと思ったが、頭の回る弟子たちは存外うまくやっているらしい。


 もっともセレスの気配が希薄になり、あわや命を落とすかという間際はどうなるかと肝を冷やした。だがどうにか間に合ったリリスの力で最後の一線で踏みとどまったようだ。なかなかどうして肝の据わったお嬢さんだ、とアルは友人の顔を思い出しながら笑う。半死人相手に魔法使いの契約を吹っかけ、力技で魂をとどめるなど、常人技ではない。おそらく意識してやったことではないだろうが、そこに彼女の強みはあるのだ。


 ただ、戦いは終わったわけではなかった。状況こそ好転したものの、まだどうなるかわからない戦いが続く。アルの一番の気がかりは、兄弟対決とは別のところにあった。


「……あいつらが気になるな。性悪のランディがこれで引き下がるとは思えねぇ。次は何を仕掛けてくるか……」


 腕組みをしてうなるアルの視線の先には、先ほど転送されてきた魔法使いたちを回復させるために人が入り乱れている陣営があった。どうして敵に塩を送るようなまねをしでかしたのか、まったくもって不可解だ。あの二人は止めただろうが、大方セレスがそうしろと言ったのだろう。リリスの身内を混ぜて送り込んだのさえランディの策略のひとつだというのに、弟妖魔は甘い。


「む……」


 莫大な量の魔力のぶつかり合いを感じて、アルは兄弟の命をかけた戦いが始まったことを悟る。戦いの火蓋は切って落とされた。この戦いがどう終わるのかは神のみぞ知るといったところか。自分にはどう考えても似つかわしい思考をめぐらせながら、アルは手の中でリリスの魔力に反応して薄い燐光を放つ宝石を見る。


 戦いの結果は神が決めるものではない、自分の手で切り開くものだ。そういいきることが出来るアルでさえ神にすがりたくなってしまうほど、この戦いはリリスやセレスたちに不利な戦いだった。本当なら彼らの手助けをしてやりたいが、あいにくと自分はその力を持っていない。そんな自分が危険を犯してここまできたのは、旧友から託されたこれを必要な時が来たらリリスに届けるためだった。


 宝石がリリスに必要なとき――それはすなわち彼女の身に危険が迫っているときを意味する。魔法使いの契約を結んでいない者には何の効果もない代物だが、リリスは無事その条件を満たした。今はまだ彼女はこれを必要としていない。だからこそ、アルはこうして来る時期を見計らうために潜んでいるのだが。


「これを渡すような事態が来なければいいがな……」


 出来るだけ、穏便な形でこの戦いが終わってくれれば――どうあってもそうならないだろう戦いを目の前にして、アルはそう願う。決して叶わぬ願いだと、わかってはいたけれど。

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