第85話 最強対最強
「フゥワハハハ!」
豪快な笑い声とともに振り下ろされた戦斧を、長剣で受け止め、逸らして受け流す。
振りぬかれた戦斧はそのまま片腕で振り上げられた。
振り上げられる斧の反対側は槌。
剣では受けられず、真咲はエグザガリュードの両腕を交差させ、戦槌を正面から受けた。
受ける前から、防ぎきれないことはわかっている。
力が違いすぎるのだ。
肘から肩にかけての関節を一息に連動させ、戦槌を腕に受けると同時にその衝撃を身体から後方に受け流し、受けきれない威力でエグザガリュードの巨体が腰部を軸に縦に回転した。
鬼獣の8本の巨脚が一つの巨大な塊となって鎧将機ガラードの顎を蹴り飛ばした。
自身の威力をそのまま撃ち返された形になるが、ガラードは微動だにしない。
反動でエグザガリュードの巨脚の内3本が潰れ、その身体ごと後方に吹き飛ばされた。
だが、それでも、ようやく離れられた。
「——
エグザガリュードの巨腕が唸る。
光速艦隊をも紙のように切り裂く愛居真咲の必殺拳。
だが、超光速の拳打の嵐にあってなお、鎧将機はびくともしなかった。
ガラードの装主席で、轟嵐鎧将ゴダート=ゴルヴァトノフ・ガルードがその髭を撫でた。甲殻に覆われた顔の中で、髭だけが唯一柔らかく揺れる。
『……ふぅむ。痒いな、小僧。ちゃんと殴らんかい』
ぞくりと、真咲の背を冷たい汗が流れた。
気が付けば、敵の鎧将機とエグザガリュードの視点が同じ高さにある。
宇宙空間だからではない。
600リッド以上あったエグザガリュードの巨体が200リッド近くまで縮んでいるのだ。
内側から吹き上がる力を抑えきれず膨張した巨体が、今やそれ以上の消費を迫られて萎んでいる。
敵が、強すぎるのだ。
「ただ奴の一撃を受けるのにこちらは全力か」
そして、真咲の全力攻撃は相手に何の痛打も与えられない。
修羅閃迅拳は超光速を誇る愛居真咲最大の拳。
だが、同じ超光速でも真咲をはるかに凌駕する次元領域に身を置くゴダートにとっては、ただの連打に過ぎないのだ。
真咲の眼が、エグザガリュードの提示する情報資料の一瞥する。
鬼獣形態は真咲とエグザガリュードの限界を超えた状態だ。
すでに、本来この形態を維持できる時間はとっくに過ぎていた。
当初こそ自身の活動限界を心待ちにしていたはずなのに、今やいつまでこの形態を保てるかどうかが不安要素になっていた。
「どうした小僧……攻めてこないなら、こちらから行くぞ」
ガラードが戦斧を構える。
200リッドを超えるガラードより長い柄を持つ巨大な斧と槌を備えた戦斧。
先ほどまでも真咲は防戦一方だったのだ。
だが、選択の余地はない。
敵は真咲とエグザガリュードより速く、そして重いのだ。
ガラードが前に出た。
合わせてエグザガリュードの巨体が後ろに撥ねた。
突進力で勝るガラードがあっという間に距離を詰めるも、相対速度で真咲にもわずかな猶予があった。
「——
「……芸が無いの」
同じ呼吸、同じ技。
ゴダートの嘆息は、しかし長くはなかった。
エグザガリュードが横っ飛びにガラードの振り下ろした戦斧から逃れ、その拳を放つ。
戦槌がそれを追って横に振るわれ、エグザガリュードが右手を宇宙空間についてさらに跳ぶ。入れ違いのように左腕から超光速拳が放たれ、ガラードを打ち据えた。
ガラードは止まらない。
さらに踏み込み、戦斧を振るう。
エグザガリュードが両手で剣を振るい、戦斧を受け流し、受け流した直後に右手を離し、ガラードの顔面を打ち据える。
右と左。右腕と左腕による超光速の連打。
左右で体を入れ替え、休むことなく放たれる超光速拳は、鎧将機には何の痛打も与えられないが、それでもその動きを僅かに鈍らせていた。
「……芸が、細かいの」
前言撤回。
放たれる拳はその軌道、速さ、重さを変えて無数に撃ちだされている。
撃ち続ければいつかはその防御を抜けるというかのように。
だがいくらガラードに拳を撃ち込まれても、装主席のゴダートは身動ぎ一つしていない。未だに有効打は与えられないのだ。
ゴダートは止まることなくエグザガリュードを追い、その度に真咲はその攻撃を紙一重で潜り抜け、止まることなく拳を討ち続けていた。
「エグザガリュード!」
真咲の叫びに、機体が応える。
それまで撃ち続けてきた超光速拳の感覚。
真咲自身の手ごたえと機体が得た経験の解析結果が提示される。
無数の拳が得た、敵機の情報。
超光速拳の軌道が変わる。
敵への有効打を求めた数か所への集中打だ。
鉄壁にも思える敵の巨体にも全身すべてが同じではない。
今は無理でも、攻撃を続ければ撃ち抜ける。そう見込める部位が数か所存在していた。
それまで撃ち込んだ無数の拳を踏み台に、真咲はただ一撃を通すことに集中していた。
「見かけによらず守りが固いうえに辛抱強いときたか」
ガラードに撃ち込まれた拳を悠然と受けながら、装主席のゴダートは静かにつぶやく。
格下とはいえ、敵もまた軍将級。
万が一を許せば、そこから逆転される可能性はあった。
「悪さをするのはこの腕かの」
ガラードが無造作に、撃ち込まれた拳を捌き、その二の腕を掴んだ。
反応すら許さず、そのまま掴んだ右腕を握りつぶす。
直後、エグザガリュードの左拳がガラードの顔面に撃ち込まれた。
それまでの超光速拳をはるかに超えた威力。速さと重さを備えた一撃。
ガラードの首がわずかに傾げ、ゴダートに衝撃が伝わる。
――
だがそれだけだ。
ガラードには傷一つつけられてはいない。
それでも、ゴダートは笑った。
「……よくやるの」
「まず、一撃」
呟いた喉から血が漏れた。
機体も、真咲自身も限界が近い。
しかも――潰された右腕は再生する素振りすらなかった。
それまでなら望まずとも生えてきた腕が、まるで最初からなかったかのように失われている。
だが、真咲は顔色一つ変えなかった。
エグザガリュードの、鬼獣の背中から生えていた巨腕がその左腕を引き千切り、潰された右腕の付け根に接続する。
直後にちぎられた左腕は肩の根本から再生し、右に付け替えたものと合わせて左右に左腕が一本ずつ、そして巨腕と副腕を合わせての六本腕を取り戻した。
ただ通常の腕が左腕が二本になったのだ。
「
その姿にゴダートはその髭を撫でた。
失われた右腕はそうそう直るものではないが、左腕を二本使うという感覚さえ補えるのなら、自身の再生能力を活かした解決策であった。
「辺境惑星の出と聞いたが……。
あの若さであの強さとなれば、故郷ではまず生まれた時からまともな敵などいなかったはずだが、なかなかどうして格上との戦い方を心得ておる」
守りが固く、受け流しの技術に長け、慎重。
そして一か八かではなく、手数をもって確実に通る有効打を探る辛抱強さ。
短いやり取りの中で見せた振舞いは老人を満足させるものだった。
「よほど良き師、良き戦に恵まれたのであろうよ」
拳は通ることは確信できた。
全く歯が立たない相手ではない。
それはわかった。
だが、それ以上の手立てを真咲は見つけられずにいた。
敵は自分を侮りも見下しもしていない。
それ故に油断も隙もない。
ただ悠然と眼前に立ちはだかっていた。
――時間がない。
鬼獣形態はもう数秒と維持していられない。
そして、限界を迎えてしまえば、もはや先ほどの一撃の威力を再び繰り出すことも難しくなる。
「——あと、一撃だ」
確実に、核心への一刀をもって敵を討つ。
エグザガリュードが剣を構える。
ただ一撃に残る全力を注ぎ込む構えだった。
再び敵の動きを待つ。
そして、ゆらりとガラードが動いた。
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