第83話 当たりの日
「急げぇぇぇ!」
「離脱、離脱だ!」
第13分艦隊旗艦グライゼル艦橋にて分艦隊司令ヴォルツ、グライゼル艦長クラーケンがお互いにお互いの叫びを喰いあうように怒号を上げる。
その声に背中を押されるように、艦橋正面に座した航海士たちが必死に艦を先行させる。
「し、司令。エーテリア解析ではまだ何も検知していません」
上官二人の狂態に怯えながら進言した戦術予報士ルシェル=ルクセーラ・アロン・シャッテは、同時に二人の視線を受けて身をすくませた。
「計器なんぞに頼ってられるか!」
「文句は生き延びてから言え!」
それでも、これは優しい対応なのだ。
彼女は実戦経験の浅い新人で、軍将の戦いを近くで見たこともないのだから。
「レーダーに感!何か、え?」
グライゼルの探知機能がそれを認識してから一秒もない。
ルクセーラには報告の間も与えられなかった。
轟音。そして震動。
宇宙が割れた衝撃がグライゼルに襲い掛かった。
「そ、そんな……」
「超光速だぞ!感知器が使えると思うな!」
動揺するルクセーラをクラーケンが怒鳴りつける。
続いて何度も襲いかかる重力衝撃波の中をグライゼルは何とか泳ぎ回っていた。
光速を超える超光速騎の探知は簡単ではない。
光学探知ではその光が届く前に超光速騎の方が先に来るのだ。
しかし、それを補うのがルクセーラたち戦術予報士が行う
「この艦だって超光速艦です。探知性能では……」
「超光速なんて言ってもせいぜい光速の3~4倍。上級騎士だって10倍程度。
……だがな。軍将ってのは100倍以上を優に超えてくる連中だ。まして上級軍将となりゃ1000倍にも手が届く」
揺れる艦橋の中、クラーケン艦長は外部映像に目をやり、艦上の装機部隊がかろうじて甲板にしがみ付いているのを確認する。
「超光速というのは、単に早いというだけではない。光速という物理上限を超えた次元領域にあるということだ。彼らには我々の感知する未来も過去も関係ない。我々の認知も予知も通用すると思わんことだ」
クラーケンの言葉をヴォルツ司令が引き継いだ。
「超光速領域とは、我々の感知領域以上の全てだ。同じ超光速域といっても彼らの間にも超えられない壁、力の差というものがある」
超望遠機能によって鎧将機ガラードと獅鬼王機エグザガリュードの戦いはかろうじて観測されている。
その投影映像の中で、それまで無敵にも思えていたエグザガリュードは一方的に翻弄されていた。
「……やはり、鎧将相手では荷が重いか」
「とにかく逃げろ!奴がゴダート将軍の相手をしているうちに、超戦闘領域から離脱する」
ヴォルツとクラーケンの二人は先代鎧将の戦力を熟知している。
彼らにしてみれば愛居真咲が鎧将ゴダート=ゴルヴァトノフ・ガルードに勝てないのは確認するまでもない事実でしかなかった。
「ルシェル君。戦術予知を再開しろ。超戦闘領域の拡大範囲を重点的に、だ」
「しかし、予知は……」
「通用しないとは言ったが、我々が生き延びるためには使えるものは何でも使う。君も協力したまえ」
戸惑うルクセーラが左右を見回すと、自分以外の戦術予報士たちは自分たちの会話などわき目もふらず艦の
ルクセーラも彼らに習い、
まして多数の人間が関わる戦場で、時間と空間が断続する星海の戦においては未来予知の精度は格段に低下していく。
それを予知能力者の数と思考結晶の情報処理速度で補うのだ。
彼らはその持てる力全てを費やして、ただ重力衝撃波の威力と速度だけを予測する。
グライゼルの防護障壁は、その予知に従って展開し、衝撃波をやり過ごすのだ。
この戦場に残るすべての艦が、そのエーテルを防壁と速度だけに注力して、この場からの離脱を図っていた。
「なんでこんな日に当たりを引いちまったんだ」
クラーケンの嘆きの声が、背後からルクセーラの耳を打った。
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