第655話「三滅鎌『ワカツ』」

 このフロアに上がってこれるのは、この宿の人間と俺達フロアの宿泊者のみだ。

 そして、チャイムでなく扉をたたく人間なんて一人しかいないだろう。

 もちろん、何らかの方法で扉の前まで侵入した部外者である線が無いわけではないが、それはいくらなんでも無いお思いたい。

 

 これだけ頑丈な建造物に隙の無い従業員が闊歩している、不動の要塞と言われても過言ではない場所へ来てもなお扉をたたく輩がいたら指を指して笑ってやりたい。

 しかし、そうではないというならば笑顔で応対してやりたい。

 そして労いの言葉と共に感謝の言葉を述べたい。


「待っていた」


「待たせたが」


 バニティーは差し出す。

 そこには、俺の知る限り初めて見る武器の姿があった。

 否、武器と言えるのだろうか。


 刃の無い青龍刀と言えばいいのか

 それにしてはずいぶんと小柄で、剣の類に分類されるには刃先が太く指程の厚さがある。

 本体も折れることも違わぬほどしっかりとしている。


 ここまで言ってもフォルムは武器と呼べる物々しさはある。

 手触りは金属特有の冷たさと鍛え抜かれた硬質な質感に裏打ちされた一品ものの気質がある。

 まさに芸術品。


 これが飾りであってたまるわけがない。

 誰が為の業物か判断がつかない。

 そこに迷いなくルナがバニティーからそれを奪い取る。


「これボクにくれるよね? ダーリン」


 俺は打ち取った得物をルナに渡していたが、軽々と扱っていたのを思い出す。

 脇差として使うのであればこのくらいが手ごろなのだろうか。

 ならば迷う事も無いと一言返事をするべく声を上げようとしたが、それは適わなかった。


「魔力を込めるが」


「こんな感じかな……っと!!」

 

 先程までと打って変わって、柄はルナの身長程伸び切っ先からは継ぎ目のない刃が一気に飛び出す。

 それはまるで死神の鎌のように見えた。

 しかし、その刃三つある。


 一つは敵の心臓を貫くがごとく真っ直ぐに。

 一つは敵の胴体を両断せしめし歪曲に。

 一つは敵の魂を刈り取る半色透明に。


 両手に獲物を持たせれば一騎当千となるだろう。

 

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