第82話「余波余韻~少女の夢を叶える為に」

 異空間に閉じ込められて孤立するユイナ。

 結果的にスペラ、ユイナ、アマトと皆分断さえた事になる。その事実を唯一理解していたのはユイナだけである。

 一刻と迫るタイムリミットを前になすすべなく世界の中心へと向かう。


 崩れゆく境界線へと向かうのならばこの混沌とした世界から最短で解放されるが、それは脱出ではない。即ち魂の解放と言うわけだ。

 だが、苦しみから解放されるのが目的ではないのだから少しでも考える時間を確保する為にも異空間の中心に向かうのが定石。


 もちろん、多数派がとる行動が正しいとは言えないがセオリーに従うことでデメリットがないのならばひとまずの安全策に手を伸ばしたくなるというもの。

 その場で動かずに助けを求めることも一般的な行動と言えるが、その判断は時間制限がある以上ここでは悪手となる。


「何でこんなことを? 返事をして!」


 ユイナは先程まで看病していた少年が今の状況を作り出した張本人だとあたりをつけていた。

 その場にいたからではない。怪しんでいたわけでもない。

 この世界を取り巻く生命力の余波が少年の者であったからだ。 


『余波余韻取得』


 脳裏に響く声が新たな能力の会得を伝える。これこそが、今までの勘管区を確かな物へと変えた力。普段からアマトの考えていることがなんとなくわかるのだが、それを確かな能力として会得したのだ。

 余波というのは即ち生命の発する固有の情報。余韻というのは感性に与える情報の事である。この能力の前では隠し立てなどできはしない……とはいかなくともある程度見抜くことは可能なのである。


(いや、この余波は男の子のものではないような……まさか、女の子? やっぱりアマトには女の子をひきつける能力でもあるんじゃないのかなぁ」


 そんな事を思ってしまう。心配事は増えるのだが、ここでは安心感を得るための良いスパイスとして役に立つのだった。

 ふと気持ちを切り替えて余韻を辿る。


 人間には声帯、指紋、静脈など固有のものがあるが生命力の余波と呼ばれるものも二つとない唯一無二の確認材料となる。

 それを読み取る力を会得したのはこの世界に閉じこめられて間もなくのことでよかったと思う。

 そして、ここが異世界でないこともわかった。


 肌には雨に打たれる感触が先程から続いていたのだ。この世界では雨は打っていないのだから体に伝う水の感覚というのがおかしな点として、脳がここは異世界などではないと結論づけた。


 となるとここは雑木林の中であり、少年のすぐ横にいるという事である。

 自分を取り巻く生命力の余波と少年から読み取った生命力の余波は全く同じである。

 そして、この世界が異世界であったのならこの近くにいるはずのない少年の大本の生命力の余波を読み取ることは出来なかった。


 これだけ判断材料がそろっているのだから結論を出すには十分であった。

 そして、アマトでも見抜けないほどの隠蔽スキルがあるというのならそれ相応の能力の持ち主であるのは確定している。

 しかし、どういうわけか未だに危害を加えられている自覚というものは一切ないのである。


 生かされている理由もわからなければ、情報を聞き出すそぶりもない。

 それなのに、世界は崩壊を続けている。恐怖させてからこの世界と共に消滅させようというのか。

 もうすでにここが異世界ではないことはわかっているのだから、タイムリミットまで耐えてしまえばそれでいいとさえ思える。


 意識のみがこの世界で死ぬことで元の肉体を置き去りにして、死んでしまうというのだろうか。わからない。

 わかっているのはじわじわと地平線から徐々に世界が終わりに向けて突き進んでいるという事だけ。

 もうすでに中心地手にて待機しているのだが、まだ余裕はある。


 体感ではもうすでに数時間は経過したように感じるのだが、さすがにそれだけの時間アマトが離れていることは考えずらい。

 となると、現実とここでは時間の流れに差異があるということが予想できる。皆目わからないのは目的だけといってもいい。


 考えれば考える程わからなくなる。どうすればいいのか誰も教えてくれはしない。

 窮地に追い込まれることで新しい力が身に付く。

 それは相手にとっては不利になるのではないか。

 獲物を前に舌なめずりをするなど生きるか死ぬかの命のやり取りをする場では、これ以上ない愚かなふるまいだ。


 そこであることに気づく。

 最初から直接命のやり取りなどしていないということを。

 これは持久戦えあるという言う事を。


「まさか……」


 思っていることはいたってシンプル、少年が何者でもわかる。

 この世界の崩壊と共に死ぬことなどありえないのだから。

 ただの我慢比べをすることが目的なのだ。

 これはあくまでも少女の幻想を叶えるためのなのだから。

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