第55話「脱ぐ癖も慣れてきた今日この頃」
俺は布団をどかして起き上がろうとして、ユイナの視線の先にこのタイミングで見てはいけない物を見てしまった。
というよりもしみじみと思いにふけっていたのにぶち壊すかのような光景。
寝ているのはわかっていたのだが、それ以上は敢えて触れずにいた。
「むにゃむにゃ」
気持ちよさそうに眠っている猫耳少女がそこにはいた。
今まで布団に全身を覆われていた為気が付かなかった。
想像できなくもないが普通は全裸で寝ている少女をそうぞうしたりしないだろう。
「昨日はちゃんとバスローブを着させたんだけど……。なんで脱いでるの!?」
それは、ユイナも意図的に俺のベッドで眠ったことを意味しているわけだが趣旨は違う。
寝る前にユイナチェックが入ったのにいつの間にか素っ裸になっていたという事。
「やっぱりか……」
ユイナはベッドの傍ら、脱ぎ捨てられたバスローブを発見すると拾い上げ俺から引きはがすとスペラに着させる。
此れだけ騒がしくしていれば流石に起きるようだ。
「どうしたのにゃ!? そんな顔して?」
昨日風呂に入った時と同様に素っ裸に猫耳少女がそこにいた。
モフモフした感触は尻尾だったようだ。
バスローブには尻尾を通す穴など無いのだから、気が付いてもよさそうなものだが案外気が付かないものだ。
「誰のせいだよ!! ったく服くらいちゃんと着るようにしろよな」
そういえば、普段の装備も限りなく裸に近い為申し訳程度に着ている節がある。
「家の中では着なくてもいいのにゃ」
自慢げに胸を張る猫耳少女だが、バスローブは前がはだけている為谷間のない胸から足元まで曝け出してしまっている。
「そんなルールはない!!」
俺は両手で襟元を掴むと手を勢いよく交差させ、前を塞ぐ。
「そうだよ。女の子なんだから、いろいろ気をつけなくちゃ」
「いろいろってなんだにゃ?」
ユイナはそっと俺の方を見て顔を紅くする。
その恥ずかしそうな表情は何度見ても、可愛いと呟きそうになる。
本人には気恥ずかしくてなかなか言えないが、心の中では時たまドキッとしてしまっている。
いろいろなんて含みを持たされれば俺だって気になる。
(毎度飽きないよなぁ。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……〉
「この世界だったら結構当たり前だったりするとか?」
「そんなわけないでしょ」
場を和ませるというか、単純にスペラの考えが実は一般常識だったりするのか確かめる意味合いで発言したというのに、帰ってきた言葉は尤もな答えだった。
ユイナに冷めた目で一瞥された。
スペラは当たり前だと主張しているが、あてにならないので却下。
「冗談だって……俺はこの世界の常識について確認しておきたかっただけで……」
素直に言ったつもりが信じてもらえなかったようだ。
「どうーだか」
「あーわかった。俺が悪かったって。俺は隣の部屋で着替えてくる、みんなが着替え終わる頃には朝食の時間になってるだろうし、戻ってくるまでに機嫌治しておいてくれ」
「ミャーも行くにゃ」
さも当たりまえのように付いて来ようとするのも、もう慣れてきた。
「いや、来るなよ」
ユイナに羽交い絞めされるスペラ。
「ミャーも行くにゃ、一緒に着替えるのにゃ」
「駄目に決まってるでしょ!」
この話題を引っ張ると後が怖いのでベッドから起き上がると、隣の部屋に逃げ込むことにした。
スペラが足止めされてるうちにさっさと着替えなくてはならない。
装備の類は隣の部屋にまとめてあったので、交代で着替えを済ませればいいと思っていた。
流石に三人一緒ってわけにはいかないだろうと良心が訴えてくるからだ。
もたもたしていると乱入されそうだったので、着慣れた装備を素早く着用し寝室へと戻る。
「俺は準備できたから、二人とも着替えてきなよ。それまでもうちょっとゆっくりさせてもらうからさ」
「わかった。スペラ行こう」
「了解にゃ」
二人は隣の部屋へと行くとなんだか慌ただしい声が聞こえてくる。
移動してからまだ全然時間が過ぎていないというのに、勢いよく扉が開かれる。
「着替えてきたにゃ!!」
スペラは完璧に装備を整えて今すぐにでも、外出可能な状態なのは見ればわかるのだが……。
「おっ、ユイナよりもはや……」
俺はユイナと目が合ったまま開いた口が塞がらなかった。
下着姿で立ち尽くす、少女にくぎ付けになってしまった。
それ以上を見ておいて下着姿位で動揺するなと言われても、それはぞんざい無理な話だ。
「ちょっ!! まだ……」
「とりあえず閉めるから!!」
俺は慌てて扉を閉めた。
「スペラ……空気読もうぜ」
「空気って読めるのかにゃ?」
スペラは割と賢いのだけど、知識や見聞が乏しい。
ライラ村という限られた場所で今まで生きてきた以上これから知識を身につけさえすれば、いいのだけどこの場面で素直に聞くのが得策ではないだろう。
「ユイナに気を遣えってことだよ。それくらいわかるだろ?」
「アーニャになら見られてもいいにゃ」
なぜにこういう発想に行きつくのか理解できない。
「スペラは……だろ? 他の人はそうは思わないんだよ」
「ユーニャもアーニャになら見られてもいいと思ってるにゃ」
それは絶対にないと思うのだが。
案の定、着替え終えたユイナがバンッと凄い音がなるほど激しく扉を開けてスペラの口を塞ぐ。
「いい加減にし、な、さ、い」
スペラはむぐむぐと頷いている。
朝からどっと疲れた。
この平凡なやり取りだけをしていられるのなら異世界も悪くはないかなどと思っても、周りがそうはさせてくれない。
これから先場合によっては、俺達の誰かが命を落とすことがあるかもしれない。
蘇生魔法に頼ることがないように俺も強くならなければならない。
例えそれで、誰かが犠牲になるとしても守れる命を救い損ねたとしても仲間は失わないようにしないといけない。
仲間の死を受け入れられるほど俺は強くなどないのだから。
それを忘れてはいけない。
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