短編集ごった煮
栖坂月
驚異の新人
今日、新人が来た。
何というか、驚異の新人だった。あれが『ゆとり』なのだろうか。正直怖い。
「ちーす。おはよーございまーす」
「おう、来たな、新人」
「よろしくっす」
曲がった背筋に眠そうな顔、そして極め付けに酷い寝癖、起きてすぐに来たというよりも、すぐそこで起きましたという出で立ちだ。
「……格好も何だが、もう少し早く来いよ。もう五分前じゃないか」
「え、遅刻っすか?」
「いや、遅刻じゃないけど、準備とか色々あるんだから」
「自分、時間にはうるさいんで、公私はキッチリ分けるタイプっすから」
「あ、そう」
まぁいいや。オレも新人の時は先輩に迷惑かけたしな。
「じゃあ、早速着替えてこい」
「着替え? このままじゃダメっすか?」
「ダメっていうか……」
そもそも仕事をするようには見えないんだが。
「とりあえずサンダルはマズいだろ」
普通に靴履いてこいや。近所のゴミ出しかっ。
「えっ、サンダルはダメっすか。これ楽なんすけど」
知ってるよ。
「ウチは確かに軽作業だけど、それなりに重い物を運んだりするからな。一応安全靴推奨だ。面接の時に聞かなかったか?」
「聞いてないっす」
ちゃんと話しとけよ、あのジジイ。
「じゃあこれ履け。予備のスニーカーだ」
言いつつ自分のロッカーから軽いジョギングシューズを取り出す。事務仕事メインの日はこっちの方が圧倒的に楽だ。安全靴は何だかんだ重いからな。
「どうもっす」
受け取った新人は、まじまじと靴を見ている。
「どうした?」
「いや、あの……」
「あ、サイズ合わなかったか?」
「それは大丈夫っす」
「じゃあ何だ?」
「これ履いて、水虫うつらないっすかね?」
「うつらねぇよっ」
勝手に水虫にするな。
「じゃあ履くっす」
「失礼な奴だな……それと、お前手ぶらだけど、帽子はどうした?」
「帽子?」
「指定のヤツ貰っただろ?」
「あー……忘れたっす」
初日から忘れてくるとか、態度以前の話である。
しかし、ここで頭ごなしに怒ってはいけない。失敗で怒るのは愚かなことだ。ミスは誰にでもある。
「しょーがねーな。ホレ、こいつを使え」
そう言って同じロッカーから予備の帽子を取り出して渡す。
「どうもっす」
受け取った新人は、またもまじまじと帽子を見つめた。
「どうした? シラミとかいないぞ」
「いやあの……」
「髪型とか気にする必要ないだろ」
その寝癖がわざとセットしたものだとしたら逆に笑う。
「これは寝癖なんで別にいいっすけど、これ被ったらハゲがうつらないっすかね?」
「うつらねぇよ! というかハゲてねぇよっ」
人をカツラ愛用者みたいに言うんじゃねぇよ。ただでさえちょっと怪しまれているんだからよ。
「……そっすか。とりあえず今日は被っとくっす」
そう言いつつ新人は帽子を浅く被る、というより頭の上にチョコンと載せた。
くそ、コイツ信じてないな。
「とりあえず一通りの説明始めるけど、メモはとっとけよ」
「メモ?」
まぁ持ってきているハズがないよな。
「そこのメモ帳使っていいから」
「どうもっす。ところで――」
「ん?」
「ペンとかないっすか?」
「お前なっ、ボールペンの一本くらい持ってこなかったのかよっ」
「財布も忘れたっす」
「何もかも忘れてやがる」
「スマホは持ってるっす」
「ゆとりかっ!」
勢いよく突っ込んで少し気が晴れたオレは、胸元に刺したボールペンを一本引き抜いて差し出した。
「メモはともかく、仕事する時にも筆記具がないと困るだろ。一本やるから使え」
「どうもっす」
受け取った新人は、やはりと言うべきかボールペンをまじまじと見つめている。
「今度は何だ?」
「いやあの……」
「とりあえず言ってみ?」
怒るだろうけど。
「これ、エイズうつったりしないっすよね?」
「何でだよっ!」
「だってホラ、ア〇ルに入れたボールペンじゃないっすか」
「入れてねぇよっ!」
酷い言いがかりである。
「……まぁ、綺麗に洗ってあるなら使うっす」
「だーかーらー」
ホント、とんでもない新人が入ってきたものだ。
今までは出世なんて全く考えてもいなかったけど、何かの間違いでコイツが出世して、オレの上司になんて話になったらたまらない。
コイツの部下だけはゴメンだ。
その日からオレは、出世のために勉強を始めることにした。
20年後、オレは社長になりました。
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