act.3-1
朝、家をでると、昨日のように風見はいなかった。途中の通学路の電柱の陰にも、彼女の姿はなかった。うれしいかうっとうしいかといえば、もちろんうれしい。が、あるべきところにものがないような、おさまりの悪さもどこかで抱いていた。
校門を抜けると、通路の真ん中に男女が立ちどまっていた。風見と荒田だった。ちょうど昨日、おれと風見が立っていた場所と同じだったので、未来の死体についてのことだろうと思った。
やってくるおれに、風見が先に気がついた。
「おはよう凪野くん。ごめんね、家に向かおうと思っていたんだけど、荒田くんに一緒に行こうって誘われたの」
「なんで謝るんだよ。未来の死体の検証か?」
「風見さんと一緒に相談できればと思ってね」言いながら、荒田が割りこんでくる。
今日も女子には評判の笑顔をかたどっていた。この顔で、風見と並んで登校していたのだとしたら、それを見た何人の女子に、風見は恨まれることになるのだろう。
「荒田くんに、死体の状況を教えてた」風見が言った。
「意味はあったか?」
正直、あまり期待していない。そんな態度が露骨にでてしまったのか、荒田の顔がわずかに曇ったのがわかった。なぜか少し、スカッとしている自分がいることに驚いた。
荒田が口を開く。
「刺激的な話をきけたよ。水に濡れ、焦げた体。どんな原因で僕が死ぬことになるのかはさっぱりだったが、それもすぐに解けそうだ」
「なんだって?」
荒田はおもむろに携帯を操作しはじめる。
「風見さん。僕の体にできている焼け跡って、こんな感じかな?」言って、携帯の画面を風見に見せる。おれも横に並んでそれを見る。
いくつもの画像が並んでいて、画像のなかの腕や脚には、枝分かれした赤い筋が這っている。古傷なようで、木のタトゥーを彫っているのではないかとすら思える痕だった。
「似ているかもしれない」風見がうなずく。
「これは雷に打たれた痕だ」
「雷?」声をあげたのはおれだった。
「絶対にありえないという話でもないさ。日本では年間に二十人が落雷で死んでいる。ちなみに雷が人に当たる確率は、宝くじで一等を当選するのと同じともよくいわれるね。まだ死因だと断定するわけじゃないけど、落雷した場合の死亡率は八十パーセントだ。ひとが眠って夢を見る確率とほぼ同じ。ちなみに落雷事故が起きた季節が一番多いのは七月で、二番目が六月だ。つまり六月末のいまは、ど真ん中ということ。来週には七月だ」
暑さのなかで、汗ひとつかかず、荒田はひょうひょうと語っていった。
「お前、なんでそこまで詳しんだ?」
「僕は世の中の七割のことを知っている」
「残りの三割は?」
「数字に意味はない。知らなかったときの逃げ道さ」
とにかく、と彼は指をたてる。自分の存在を誇示するように、しぐさの一つひとつを大きく見せて、演者のようですらあった。それは普通の人間が見せればくさくなるようなしぐさで、彼がやるからこそ映えて見えるのだろう。心のどこかで、ただのいけすかないやつなのではないのかと決めつけていたが、実は知識もあり、頭がかなり回るらしい。
「僕の体が濡れていたのは雨が降っていたから。そして死因は落雷。ひとまずはここまでの答えを導きだしてみたけど、どうかな凪野くん、何か意味はあったかな?」
「…………」
やっぱり、いけすかないやつだった。
同じクラスで隣の席にいる佐藤いわく、イケメンには二種類のタイプがいるという。
「性格がダメなかわりに顔がいいやつと、顔がダメなかわりに性格がいいやつ。そして顔も性格もいいやつ」
「三種類じゃないか」
「最後のやつは現実には存在しない」
佐藤は手元のゲーム機を操作したまま応える。のぞきこむと、彼の動かしているプレイヤーが、町中で敵を次々と撃っていた。金髪の外人が彼に右目のあたりを撃たれて倒れた。イケメンだった。彼が最近やっているゲームは、町中でイケメンだけを撃つというゲームである。
さっきの金髪の外人男性を撃ったことでミッションが終わったらしく、最後、画面にクリアの文字があらわれた。ゲーム機から顔をあげて、佐藤がさらに言ってくる。
「そもそも性格が良し悪しとか、個人によって感想も違ってくる。顔の良し悪しも同様だ」
「元も子もないな……」
「だけど、誰もが認めるイケメンっていうのは確かにいる。そういうのは」
「そういうのは?」
「注意したほうがいい。本人もそうだが、まわりも惑わされる」
佐藤がにやりと笑う。荒田のあの笑顔のあとで彼の笑みを見ると、少し目をそらしたくなってしまった。
「世界的に女性のほうが男性よりも多いのに、それでも男性に交際経験がないやつがたくさんいる。イケメンが何人も女性を囲ってしまうからだ」
「おれたちはなにもできないのか?」
佐藤はゲーム機の画面をつついて答えた。
「だからこうして、イケメンを殺している」
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