第319話・妄執とのこと


 以前、ビコウに言われたことなのだが、どんなに強力なスキルでも、かならず看破される仕組みではあるようだ。

 星天遊戯において、オレの個人ユニークスキルである[ライティング・ブラスト]も、ファーストアタックの時に、敵に与えるダメージ計算でクリティカルが発生しなければ、そもそも宝の持ち腐れであるし、仮に発生したとして、ダメージ計算がない限り、[0]をどれだけ二条しても[0]でしかない。

 炎の渦に飲み込まれている麗華を見据えている歌姫ルシファーとてそれは同じことだ。

 今のところ、運よくダイスがいいほうに転がっているからいいとして……、


「……そういえば、あなた自身は攻撃しないのね?」


 こちらの不安を見透かしたかのように、炎で身を焦がされながら、魔女はオレを指差す。


「いや、そんな凡人が扱うことすらおこがましい召喚獣を使っているから、ステータスが足りないのかしら?」


 ケラケラと頤を解く麗華は、右手に持ったスタッフの石突を地面に叩きつけた。


「だったら、動けないうちに殺すのが鉄則よねぇ?」


 その石突を中心として、クモの巣を張ったかのように地面が割れだした。


「[ダイス・ロール]っ!」


 サイコロを天高く放り投げ、ルシファーのスキルを発動させる。

 ここで[土]の目が出てくれれば、おそらくやつが放った魔法の属性であろう[土]と一致して、ダメージを相手に与えられる。


「きゃはははっ! そうやって上に放り投げるってのはちょっと感心しないわね?」


 魔女が、左手を、それこそ人差し指を空中にほうられたダイスに向けるや、


「そのスキルは、ダイスが落ちて賽の目を出さないと効果が発動されない」


 指先から光線を発射し、ダイスをワザと掠めた。

 ダイスが地面に落ち、賽は[水]の目を出す。


「くぅっ?」


 それと同時に、オレに襲い掛かろうとしていた土属性の魔法が激しく震え上がり、オレやルシファーを空中へと叩き上げ、そのまま地面へと叩きつけた。

 それこそ、天と地がひっくり返したかのような衝撃。


「がはぁっ!」


『きゃああああああああああああっ!』


 オレとルシファーは、その衝撃で全身の骨が粉砕されたように、意識を朦朧とさせる。


「シャミセンさんっ?」


 近くにいるはずのビコウたちの声ですら、遠い場所にあるかのよう。


「ぐぅふぅっ!」


 むりやりにでも体を起き上がらせ、魔女を見据える。


「きゃはははははっ! やっぱりねぇ。自分で作ったやつだからわかってるつもりだけど……、どうやら、運は私のほうに媚売っているみたいね」


「ど、どういう……」


 セイエイが青褪めた声で麗華にたずねる。


「あぁ、ルシファーのスキルは強力だけど、失敗すると一時的に賽の目で出た目の属性に変化するのよ。それこそ召喚主の属性もまるごとね」


 麗華はグルグルと指を回しながら、セイエイの問いかけに答えていく。


「しかも、これがちょっと厄介ものでね。その属性の弱点ダメージが通常の1.5倍ではなく3倍のダメージを食らうわけ……」


「ちょ、ちょっと待って? それじゃぁ今のダメージ計算だと煌兄ちゃんの属性が[水]になるから、その弱点となる[土]のダメージが通常の三倍になるってこと?」


 ハウルが唖然とした声を上げる。


「そこの凡人の魔法使いとしての属性は[無属性]。まぁ職業欄では[魔獣使い]ってことになっているけど、ダメージ計算では[無属性]に位置している」


「そうなると、今のシャミセンさんの――」


 ビコウの言葉をかき消すように、


「そう……今のこいつらは――[水]属性に強い[土]属性の魔法を叩きつければいいだけの話よ」


 麗華はスタッフを高々と上げ、周りの石飛礫を、それこそ竜巻のように巻き上げながら、オレに向かって放った。


「シャミセンッ! ダイスを振ってっ!」


「ムダよ、ムダァッ! 一時的にダイスが触れないように設定されているからね。そのあいだに殺してしまえばいいだけの話よ」


 カラカラと嗤う魔女を、ひざまずきながら見据えていたオレの頭は、まるで血の気が引いたかのように冷静だった。


『煌くん、なんでこんな目に遭っているのに、妙に気分がいいじゃない?』


 歌姫が、ちいさく笑みを浮かべるようにたずねてきた。

 自分だって、石飛礫にやられ、きれいな顔や、華奢な身体に傷を負わされているにも関わらずだ。


「さぁな……でもよぉ――相手はやっぱりお前を見てねぇよ」


 ダイスをグッと握り締める。


「――タイミングは一瞬。合わせろよ――歌姫」


『了解……』


 スッと、ルシファーは相貌を閉じ、六枚の羽を閉じた。

 ……それを見て、


「きゃははははっ! あらあらなんということでしょう? 歌姫はこんな凡人についたばかりに、もうあきらめの境地に陥ってしまったようで?」


 麗華がゆがんだ笑みを浮かべ、オレとルシファーをにらみつけ、


「さぁ、雑魚はさっさと死んでしまえやぁっ! こぉらぁぁぁああああっ!」


 そしてオレに向かって、スタッフを突き出した。


「ワンシアッ! [化魂の経]・解除っ!」


 そう叫ぶや、ルシファーに変化していたワンシアは、元の仔狐へと退化していく。


「……っ? なぁっ?」


 ギョッと、目をカッと開く魔女に対して、


「ハウルッ! スイッチッ!」


 オレはうしろで事を見ていたハウルに大声で指示を仰ぐ。


「えっ?」


「ハウルッ! チルルに[咆哮ハウリング]ッ!」


 オレの行動に虚を衝かれたせいか、行動を起こせなかったハウルを、セイエイがなかばキレ気味の声色でそう命じた。


「……そうか――、チルルッ! [咆哮ハウリング]ッ!」


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!」


 主の命令をきいたチルルが、部屋中を反響させるほどの高い咆哮をとどろかせる。


「くぅっ? しかしいったいなんの役に立つと――」


 けげんな表情を見せる魔女にたいして――。


「さっき言ったはずだぜ? ワンシアだからこそ、勝つ意味があるってな」


 オレは、小さく笑みを浮かべる。


「[化魂の経]・[スィームルグ]ッ!」



 【CNJDVKH】



 ワンシアの頭上に魔法文字が展開されていく。

 それと同時に、ワンシアの身体が点滅しだし、美しい光輪を身にまとった神鳥へと変化させていく。


「[力气雨リチユイ]・[暴風雨バオフェオンユイ]っ!」


 羽を大きく羽ばたかせるスィームルグを中心に、それこそ洗濯機のドラムのごとく、部屋の中で暴風が巻き起こった。

 それこそまさに局地的な台風といっていいほどで、オプジェが強風に煽られて飛ばされていく。


「な、なぜ? 一回の戦闘で変化ができるにしても限度というものが――」


 ハッと麗華は口を開き、わなわなと口元を震わせた。


「ま、まさか……歌姫の仕業かぁ?」


 そう叫ぶように、オレの右肩を睨み付けた。

 そこには、妖精の姿として現れているジンリンの姿があり、彼女は魔法盤を取り出していた。



 【MC】



 妖精の頭上に展開されている魔法文字の数は、たった二文字。


「麗華さん……、あなたも[サイレント・ノーツ]をやっていたのなら、ボクが展開した魔法文字の意味がわかるはずですよ?」


 ジンリンがそう言い返す。


「あはは……、さ、さすがにそれは反則というか……、ちょっとチートすぎませんかね?」


 魔法文字の意味に気付いたらしいビコウが、苦笑を通り越してなんとやら。


「えっと……、どういう?」


 セイエイがそうたずねると、


「ジンリンが展開した魔法文字は[ds]。これって普通は認識されないのだけど、もし仮に認識される単語があるとすれば――」


「――ダル・セーニョ(D.S.)」


 ビコウの言葉をかき消すかのごとく、魔女が苦痛の笑みを浮かべた。


楽譜スコアにおいて、演奏した後、指定された小節の位置に戻る合図として使用されている音楽記号……。だけどそう易々と使える代物ではないし、MPの消費も――そもそもいったいどの部分までもどって……」


 麗華は、ギョッとした顔つきで、うしろへと後退りし……、


「ま、まさかぁっ!」


 天上へと視線を仰いだ。

 そこには、ダイスが振り上げられている。


「ならば、もう一度っ! その賽の目をお前の思っている目に出させなければいいだけのことぉっ!」


 パッと、麗華はてのひらから小さな炎を放ち、ダイスを掠めた。


「きゃははははっ! これでお前の属性は別の何かに変化した。そこにつけこめば――」


「テメェで作ったゲームなのに、なんで気付かないんだよ?」


 オレが不適な笑みをこぼすや、魔女は呆然とした顔で、うしろにいるオレへと視線を向けなおした。

 その顔は、どうしてそこにいるのかといったものだった。


「な、なぜ……? お前は私の目の前にいるはずなのに――? いやいなければおかしい……! だってッ! [D.S.ダル・セーニョ]の効果は、一日に一度だけ……失敗した時系列を一度だけ、ほんの昔の五分前まではなかったことに――」


 呆然と、オレが、本来ならば魔女の目の前で、しかもワンシアがルシファーの状態でなければいけないということに理解できず、呆然としているのを、


「そんな……炎上待ったなしのクソスキルなどあるわけがなかろう……」


 やれやれと、あきれた老婆のような声をするもう一人の魔女。

 魔女はゆっくりとその主をにらみつけた。


「ケツバ……あんた、それってどういうこと?」


 魔女はけげんな顔で、ケツバを見据える。


「お前さんも、あっちらと一緒に、あのゲームを作ったスタッフじゃろ? 音楽用語を魔法として採用したのは面白かったがな、そもそも時間を戻すようなスキルなんぞあるわけがない――いや、あってはならない」


「あははは、な、なにを言ってるの? ゲームの中の失敗を魔法ひとつでなにこともなかったかのようにできるのよ? すばらしいスキルじゃない」


 悲痛の笑みを浮かべる麗華にたいして、ケツバは両手を腰に回し、ひとつため息をつくや、


「そのスキルをあろうことかRMT(リアル・マネー・トレード)で高値で売買し、さらには本当にやばいところから金をけしかけようとしたものがなにを云う」


 キッと睨み付けた。


「ケ、ケツバさん……、それって本当ですか?」


 ビコウが茫然とした声でそうたずねる。ケツバは応えるようにうなずいてみせた。


「あれ? オレの知っているプレイヤーも似たようなことをしていたような気がするんだが」


 たしか以前、白水さんからそういったことを聞いたことを思い出す。


「いや、RMTというのは、その名のとおり、ゲーム内のアイテムを実際のお金を使って取引をしているから違反なんですよ」


 ビコウの言葉に、オレはちいさく肯定する。


「そもそもイベントに参加していない人が一位しか手に入れることのできないレアアイテムを持っていたら、不審に思うのは至極当たり前ですよね?」


「だから、星天遊戯の話になるけど、ゲームの中で手に入れたアイテムの取引にRMTがされていれば規約違反だけど、マスターや白水みたいな生産系プレイヤーのオリジナルアイテムをRMTするかどうかは作者の判断に任されている」


 叔母の説明を補足するような形で、セイエイがそう説明してくれた。


「つまり、白水さんたちの場合だと、そもそも作れる人が限られているし、手に入れられないこともありえるからってことか……?」


 オレがそう得心すると、心猿と猟犬はともにうなずいてみせた。


「つまり、麗華さんが言っているその時間遡行のスキルは……存在していない?」


「いや、ケツバさんの話が本当なら、実際にそのスキルでRMTがおこなれていたんでしょうね。ただし……とんでもない金額で」


 ビコウがにらみつけるように云う。


「あはははっ? なにを云ってるの? たかだか10万レベルのゴミスキルよ」


 麗華が、なにか間違ったことを云っているのだろうかといった、キョトンとした顔で云う。それこそまさに、イカれた数字だった。


「ジュッ、10万円? そんな高い金額で取引がされていたのか?」


 オレがギョッとした声を上げるのを尻目に、


「ゲームをやっている身としては、一度失敗したことをなかったことにできるスキルってのは、正直喉から手が出るくらいほしいものですけど――」


 ビコウは苦笑を見せていた。たしかに、ビコウの云うとおり、本当にそんなスキルを手に入れていれば……ゲームが楽になっていたかもしれない。


「でも……、また失敗したらもう一度そのスキルを使うんでしょ? そんなの――ただ逃げているだけじゃない」


 妖精が、それこそつっけんどんな態度で口を開いた。


「あぁ? その魔法スキルを使っておいてなにを云っている?」


 麗華が、ジンリンを眇めるようにして糾弾する。


「あれ? もしかして本当にスキルが使えていると思った。もし仮に使えたとしたらさぁ――なんでボクはルシファーに戻っていないのかな?」


 ちいさく笑みを浮かべる妖精に、麗華は目を瞬かせる。


「そんな都合のいいスキルがあるわけないでしょ? ゲームの中でも……もちろん現実でもさ――」


 ジンリンはゆっくりとオレの右肩へと腰を下ろし、


「仮に彼の悪いところを見つけようとしてもさ、それって[毛を吹いてきずを求む]っていうんじゃないかな? あなたの今ここにある状況を見るとさ」


 カラカラと、妖艶な笑みで麗華を眇めた。


「えっと、どういう……意味?」


 ジンリンの言葉がわからなかったのか、セイエイとハウルが小首をひねる。


「相手の悪いところを暴こうとして、かえって自分の欠点をさらけ出してしまうってこと」


 ビコウの言葉に、納得したのかセイエイがポンと手を叩いた。


「あんた、どんだけ人に迷惑をかけてるんだよ」


「迷惑? はっ! 今もなお迷惑をかけ続けている人に言われたくはないわね」


 おれの言葉にそう返す。というか開き直りやがった。


「それに、実際そのスキルを使ってゲームをよりやりやすくなったのは事実よ」


「なにを云っておるっ! そのスキルのせいでどれだけゲームバランスが崩れたと思っておるんじゃ? さいわい、あっちがいたからこそ、サイレント・ノーツのサービスが終了したあと、NODの企画段階のときから参加できておったんじゃろうが」


 ケツバがそう口を挟む。


「第一、お前さん……どうして歌姫なんぞに固執する? 彼女とてリアルでの付き合いがあることくらい……、シャミセンと一緒にいるジンリンの様子からして気付いておったはずじゃろ?」


「うるさいわよ――」


 ケツバの言葉を否定するように、いや――拒絶するかのように麗華は彼女をにらみつけた。


「あんたに……、私の人生を滅茶苦茶にしたあんたになにができるって云うのよ?」


「麗華……、おまえさん……なにを云って」


「知ってるのよ。あんたが私の見ていないところで、私の彼氏を寝取っていたことくらい」


「そ、それは誤解じゃっ! そもそもお前も知っておるじゃろうが、あっちにもちゃんと彼氏はおったっ! 第一お前さんの彼氏とふたりだけで会話したことなんぞ片手で余るくらいじゃよ」


「あははははぁ、人の気も知らないでよくもそんなことが言えたものね。彼は私なんかよりも、あんたと一緒にいるときのほうが楽しいって云ってたけど、あれは全部うそなのかしら?」


 麗華は、それこそ目の焦点を合わせていなかった。

 どこを見ているのか、オレなんかには皆目見当がつかない。


「だから壊してあげるのよ。このすばらしい悪夢の中でね」


 麗華は、ゆっくりと魔法のスタッフを天上に突き上げ、


「さぁ、あんたたちもこんな悪夢のような現実から、うつくしい|夢の世界へと旅立ちなさい……永遠と目覚めることのない――」


 薄い紫の霧を部屋中に噴出した。



 【CWZVJ】



 突然、轟っと激しい雷雨が部屋の中に吹き荒れ、麗華が放った紫の霧を掻き消した。


「なッ!」


 その光景に、唖然とした麗華は、その雷雨の中心を見据えた。


「な、なぜ? どうしてここに?」


「とりあえず、間一髪ってところかしら」


「ナ、ナツカ? それにテンポウとコクラン……も?」


 オレの問いかけに答える形で、


「シャミセンさん、ちょっと面白いものがあるんですけど、見てみます?」


 と、木母が笑みを浮かべながらたずねてきた。


「面白いものって、この状況でよくそんなことが言えるな」


 そうオレがあきれたような声で言い返すや、


「まぁ、私からしてみれば……面白いもへったくれもないんですけどね」


 テンポウは視線をオレから麗華へと向けた。


「麗華さん……でしたよね? さっきムッカさんにお願いして、あなたが今使用しているPCにハッキングしてもらいました」


 オレは咄嗟にケツバのほうへと視線を向けなおした。

 麗華とケツバは、運営スタッフとしてNPCにまぎれてゲームを監視している。

 つまり、そのときに使用されているのはスタッフルームに設置されているPCだということになる。


「それでわかったんですけどね、そのPCの中にある掲示板の書き込みログがあったんですよ」


「ちょ、ちょっと待ってテンポウ……、あんたそれってまさか」


 ビコウがカッと目を見開き、戦いたようにテンポウを見据えた。


「彼女ですよ。ジンリンの自殺を面白おかしくでっちあげて書き込みをしたのは」


 その言葉が引き金になったのかはわからない。

 ただひとつ言えることは……、


「ふぅざけんなぁこらぁぁああああっ!」


 気付いたときには、麗華の顔面を殴っていた。


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