第295話・闘技場とのこと



 咄嗟に横へとビコウの攻撃を避け、体勢を立て直す。


「人が入ってきた途端に奇襲とかありなのか?」


 完全にオレがでてくるのを待ち構えての攻撃だったんだが。


「あり……なんじゃないかなぁ。戦闘開始のカウントダウンもなかったみたいだし」


 そんなことより、魔法盤――と、妖精に指示を受けたので、魔法盤を取り出し、魔法文字を展開させていく。


「あまぁい!」


 ゴッ……――ッと、ビコウの三節根が、オレのみぞおちに一撃を与える。


「……ッ!」


 胃の中のものが逆流するほどの衝撃を与えられ――ると同時に、


「オラオラオラオラッ!」


 連撃を打たれ、それこそ空中でコンボを食らわされる。


「オラァッ!」


 地面に叩きつけられ、オレの身体はバウンドした。



「よし、奇襲はこれくらいでいいかな」


 三節根をクルクルと回しながら、構えを取る心猿に、


「HTがありえないくらいに減ってるんですが?」


 と睨みを利かせる。おそらく攻撃力CWV上昇の魔法文字を使っていたのだろう。


「***ッ! 回復して」


 言われなくても――と、魔法盤のダイアルを回すが、


【KDCW】


 心猿が魔法文字を展開させ、ワンドをオレに向けるや、突風が吹き荒れ、オレの体勢を崩した。



「ちょっ? もしかしてビコウのやつ、冗談なしでやってない」


 観客席にいるナツカたちが、唖然とした声をあげている。


「ビコウさん、基本的に相手に攻撃の隙を与えないようにしますからね。それこそ隠れられる場所があったら、それを全部壊してから勝負しますし」


 つまりは、オレに魔法盤を使わせる気はないってことか。


「しかも四文字で強い魔法を使ってくるし」


「それは単純に攻撃力が上昇しているからかもしれないけど、でもそれもしばらくすれば効果が解けると思うよ」


 なら、できるかぎり間合いを――、


「――――ッ!」


 いま、ありえないくらいに背筋が凍った。

 身形はそれこそ姪っ子のセイエイよりも低いのに、存在感は義兄のボースさんよりも大きい美猴王が大きく口を開け、牙をむき出しにしたような気配――。


「……ッ!」


 うしろを振り向くが、そこにビコウの影はなかった。


「***ッ! 戦闘に集中してぇッ!」


 妖精の、叱咤した声にハッとし、オレはビコウがいたほうへと視線を向けたが、そこにはすでにビコウの姿はなかった。


「にゃぁろぉっ!」


 うしろを確認する暇なんてない。咄嗟に左うしろ上段,,廻し蹴りを仕掛ける。

 だが、相手がビコウであることが、オレの頭から抜けていた。

 どうして、あたりもしない攻撃をしたのだろうか――と。


「自分の身長が低いことがさいわいしましたよ」


 オレの一撃を悠々と避け、体勢を低くとっている心猿はオレの顔を、それこそ余裕綽々といった笑みで見上げていた。


「それと、あまりカカシにならないほうがいいですよ」


 ――しまっ!

 支えが片足しか残っておらず、ビコウはそれを狙って、足払いを仕掛ける。

 グラッとオレの体がうしろへとかたむくが――、うしろ廻し蹴りで仕掛けていた左足を地面に叩きつけ、その勢いのままローリングソバットを食らわせる。


「よっと」


 それを流すように、ビコウは跳び箱の要領で受け流した。


「曲芸してる場合じゃないんだけどなぁ」


 その一連を見ていた妖精が苦笑を浮かべるように言う。


「こっちも好きでやってるわけじゃないんだけど」


「まぁ、準備運動はここまでにして――そろそろ始めましょうか」


 心猿は大きく笑みを浮かべる。準備運動って、結構疲れているんですけどね。


「あ、先ほどの奇襲でダメージを受けていますから、回復する時間くらいは与えますよ」


 油断させて攻撃をしてくるんじゃないだろうかうたがっていたが、ビコウはオレのHTが全回復するまで、手を出してはこなかった。

 こういうところは律儀なんだよなぁ。



「それじゃぁ、あらためて――」


 ビコウが構えを取り、


「魔法盤展開ッ!」


 魔法盤を取り出すと、うしろへと跳び離れ、オレとの間合いを広げてる。


【FYVWHSDYEF】


 魔法文字が展開されたとたん、地面が隆起するほどの地震が起き、魔法文字を展開しようとしたのを強制的にキャンセルさせられた。


「魔法盤展開ッ!」


【CHZWKDQ】


 ビコウはワンドを拳銃に変化させるや、銃口をオレに向け打ちはなった。

 バンと、破裂音がなり、無数の火の玉がオレに放たれる。


「ッ!」


 避ける間もなく、それらをまともにくらってしまった。


散乱銃ショットガンか……」


「魔法文字を解読するあたりそうだろうね」


 魔法文字は英単語が認識されれば、なんでもできるのがNODの売りだからなぁ。


「そっちがそれでくるなら、こっちも……魔法盤展開」


 体勢を立て直しつつ、魔法文字を展開させていく。


【FYVWH MYVW】


 ビコウは火属性の魔法使いだから、土属性のダメージは食らうはずだ。

 しかも今は、自分が仕出かしたことで、バランスを取れないでいる。

 狙いを定め、ダーツをビコウに向けて投擲する。

 ビコウは避けようとしたが、ダーツの針がビコウの左目蓋を掠った。

 ジワリ――と、垂れ落ちている血がビコウの左目を覆っていく。


「……ッ」


 オレは、いくらゲームの中とはいえ、狙ったわけでもないのですこしばかり申し訳ない表情で彼女を見据えるや、


「あぁ、大丈夫ですよ。ちょっと血が目の中に入ったくらいですし、独眼かためになったところでひるんだりしませんから」


「それならいいんだけど……」


「それに――偶然そうなっただけなんですから、シャミセンさんが気にすることじゃないんですよ」


 ビコウはちいさく笑みを浮かべる。


「もちろん、現実でこういうことが起きた時点で訴えはしますけどね」


 そういいながら、ビコウはオレから間合いを開けるどころか、つめてきた。



「あ、そういえば、シャミセンさんって火眼金睛かがんきんせいは覚えてませんでしたよね?」


 いきなり、星天遊戯の話をしてきたビコウに、オレはちいさくうなずいてみせる。


「それじゃぁ、取得方法を教えますけど、これって至極簡単で、まっくらな状態でダンジョンのクエストを五回クリアするんですよ」


「ムリじゃね?」


 どこが簡単にだよ?


「いや、別にクエストの難易度は関係ないんですよ。あくまで暗闇状態のダンジョンの中で五回クエストをクリアすれば良いだけなんですから」


「まぁ、出てくるモンスターがわかっていればそんなに難しくないよね?」


 妖精が心猿の言葉に同意するのを見て、


「お前らは簡単でも、オレには敷居が高いわぁっ!」


 と嘆いてみせる。


「「それ使い方間違ってますけどね」」


 二人から同じ言葉で突っ込まれた。


「わかってるけどね、同時に言わなくてもいいでしょうに」


 本当の意味は、相手に不義理なことをして、その人の家にいくのが難しくなることって意味だけど、いいじゃん意味合い的に合ってれば。


「まぁ、気が向いたらわたしがお勧めの場所を教えますよ」


 それよりも、会話をしている中でも魔法盤のダイアルを回していたビコウは魔法文字を展開させていく。


【LXYJF EZQ】


 ビコウはワンズが炎をまとった根へと変化させると、グルグルと振り回し、いきおいをつけて振り下ろす。

 それをうしろへと跳び退くが、石突が地面に叩きつけられた瞬間、火走りが地面を駆け巡った。


「くそぉっ!」


 予想していなかった追加攻撃に、オレは避けることができず、ダメージを受けてしまう。


「やべぇ。やっぱりデスペナとかが関係していないとはいえ、ダメージくらい過ぎだろ」


 しかも、相手に直接ダメージを与えていないせいか、本来はワンドに戻っているはずの、炎をまとった根は、今もビコウが曲芸をするかのように振り回している。


「ここは無理せず、HTを回復させて。時期を見て大技を食らわせよう」


 妖精の助言を素直に聞き入れる。

 しかも、ビコウはビコウで、オレが回復するのを待っているかのように攻撃を仕掛けてこない。

 普通なら、相手に回復を与えないだろうけど――。


「たぶん、もうすこし永くやりたいんじゃないかな」


「ある意味、ビコウの悪い癖でもあるけどな」


 ビコウの行動に警戒を向けながらも、


【HFYX】


 回復HEALの魔法文字を展開させ、すこしばかりHTを回復させる。



「あのぉ、属性魔法使いになってからはじめてというか、ひさしぶりに対人戦をやっているようなものなんですけどね、やっぱりシャミセンさんの属性って卑怯だと思いますよ」


 突然なにをいうかね、この娘っこは。


「なんでそんなことを?」


「そりゃぁ文句も言いたくなりますよ。第三フィールドに行ける人ってケツバさんのところで、今までの戦闘から適した属性の魔法使いになるのは知ってますよね? それって要するにダメージを与えやすい反面、ダメージをくらいやすくなっているわけですからね」


 どういうこと? と、妖精を一瞥する。


「属性があるってことは、得手不得手ができるってことなんだよね。つまり同属性の魔法は強くなるし、ダメージは半減されたり、場合によっては無効化されたりするんだけど、逆に弱点属性だとダメージの量が二倍になってしまう」


「それはわかるのだけども」


 なんでビコウはそれに納得してないのだろうか?


「それじゃ、これはどうですかね?」


 パッとビコウはうしろへと間合いを広げる。


【FIXNTCF】


 禍々しいエフェクトが、ビコウのワンドから放たれ、オレを蝕んでいく。


「***ッ!」


「――っ? ダメージはないみたいだけど、いったいなにを」


 ガクンと足が覚束なくなり、オレはその場に跪いた。


「ビ、ビコウ……お前いったいなにを――」


「あぁ、できるかなぁって思ってやってみましたけど、成功しましたね」


 ビコウは申し訳ないといった表情で肩をすくめるが、声色にまったくそんな雰囲気はない。


「ま、まさか……今の魔法文字って――蝕むエクリプス?」


「な、なにそれ――」


 魔法の効果なのか、さっきからじわりじわりと体力を蝕まれているような気がするんだが。


「相手のHTを徐々に削っていくやつ。いちおうランダムで消えるけど」


「見た目ほど、回復していなかったみたいなので、じわりじわりと倒すのもいいもんですよ――といっても、運がよければワンターンで消えますけどね」


 それなら大丈夫か……、残りHTがやばいけど。


「なんだろう……、すごく不安というか、フラグにしか聞こえないんだけど」


 妖精がなんか言ってますが、気にしないでおこう。



「それからひとつ聞いていいですかね?」


 ビコウがけげんな表情で――というよりは、嘆息をつくように聞いてきた。


「どうかした?」


「いや、今しがた観客席のほうを見たらですね、ナツカたちがいたんですけど、なんでその中に恋華がいるんですかね?」


 ビコウは指差すように、観客席でオレたちの決闘を見ているセイエイを示した。


「わたし、ログインする前に、寝なさいって言っておいたはずなんですけどね」


「いや、オレもいちおう叱ったんだけどね、ログインした理由を聞いたら、その矛先は完全にお前に向けなきゃいけないと思ったんだが」


「はて、なんでそうなるんですかね?」


 心猿は、はてなと首をかしげる。


「心当たりはないの?」


「いや、心当たりというか、わたしは別に――シャミセンさんと決闘するからって云っただけで――…………あっ」


 自分が仕出かしたことを理解したからなのか、ビコウはだらだらだらと冷や汗をかきはじめる。


「いやさぁ、ビコウもビコウで自分の言動には注意しなさいよね。あんなことをセイエイに言ってみなさいな、ただでさえ二人が好きなこの子の眠気なんて吹き飛ぶくらいなんだから」


 観客席でオレたちの会話を聞いていたらしいナツカが、そうツッコミをいれた。


「恋華、これが終わったらちゃんと寝なさいよ」


 自分が仕出かしたことだからなのか、そもそもセイエイの好奇心を甘く見ていたからなのか、ビコウは怒るに怒れず、やんわりとした声で猟犬を諭す。


「これが終わったらログアウトして寝るつもりだけど、そんなことよりおねえちゃん――今決闘中じゃないの?」


 セイエイから注意を受けたビコウは、


「ふぇっ?」


 キョトンとした声でうしろ――オレのほうへと振り返った。


【KDCW】


 ビコウがセイエイと会話をしているあいだ、突風GUSTの魔法文字を展開させ、ビコウを吹き飛ばす。


「注意一秒、怪我一生ってな」


「まぁ、油断してくれてたからいいけど、相手がビコウさんだとなんか最悪な気がするんだけど」


 妖精が憐憫とした声で言う。

 オレの攻撃を受け、吹き飛ばされていくなか、オレを一瞥していた心猿は、おどろきを隠せないなか中、満面の笑みを浮かべていた,,,,,,,,,,,,


「ッ!」


 ビコウは吹き飛ばされていくいきおいで、決闘場の壁を利用して飛び上がった。

 落下を利用した攻撃をしかけてくるか――、そう身を構える。


「魔法盤展開ッ!」


【XYQIF】


 ビコウは落下していくなか、魔法文字を展開させ、ワンズをランスへと変化させ、切っ先をオレに向ける。


「っ!」


 それを食らってしまい、いよいよ、オレのHTが残りわずかとなった。


「とどめぇっ!」


 ビコウは体勢を整え、連撃を食らわせる。

 HTが蝕まれている影響か、判断が覚束なくなり、それらすべてを食らってしまう。



【ゲーム・ウォン・バイ・[ビコウ]】



 オレのHTは全壊し、勝者をたたえるアナウンスが響きわたった。


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